第13話 大神殿を改築しよう


 イクセンダール辺境都市に来て二日目の朝――。


 ヒルネは食堂で朝食を食べていた。


(むう……質素なご飯だよ。お芋に野菜がちょんちょんと乗っているだけ……スープは味がめちゃ薄い。これは食料事情も改善しないといけないなぁ。朝からパンなしってことは小麦も少ないみたいだし……)


 むーんと唸りながら、長いまつ毛を伏せてスプーンを動かすヒルネ。

 ジャンヌが後ろで給仕をしてくれている。


 食堂を使っている一般聖職者たちがヒルネの神々しい姿を見て、聖印を切っていた。


 大聖女の立場であるのに、皆と一緒に食事をする姿勢にも感動しているようだ。


(小麦が少ないんじゃあ、ピピィさんのパン屋さんも開店が難しくなりそうだよ。お腹ぽんぽんに食べて寝たいなぁ……)


 ヒルネは美味しいものをたくさん食べて寝る自分を夢想した。

 考えるだけで幸せな気持ちになれる。


「ハァ……」


 ため息をついて食堂の天井を見上げ、苺パンやまだ見ぬ食材を妄想した。

 ついでにふかふかの布団と枕も想像する。


「ヒルネさま……」「あのお歳で世界を憂いておられる」「我々も精進せねば……」


 いささか勘違いしている聖職者たちが、何度も聖印を切り、食事もほどほどに業務へと戻っていった。彼らがヒルネの頭の中を覗いたらずっこけそうである。何にせよ、やる気が出たのは素晴らしいことだった。


「ジャンヌ」

「なんでしょう、ヒルネさま」


 水をコップに注いでいたジャンヌが顔を上げた。


「南方地域の食糧事情はどうなのでしょう?」

「瘴気のせいであまりよくないみたいです。土地も汚染されているので、聖女さまが少しずつ浄化して、場所を拡大しているとのことです」

「そうですか。それは私も手伝わねばなりませんね」

「ヒルネさまがやる気に……!」


 ジャンヌが感動したように両手を組んだ。


「ヒルネさまがお力を貸してくだされば、南方はもっとよくなると思います」

「そうでしょうか?」

「はい! 昨日の結界も、市民全員が喜んでいたみたいですよ。なんでも、ヒルネさまが着任した日を記念日にして毎年お祭りをやることになったそうです」

「それは大げさですね……私の力は女神さまからお借りしたものですのに」


 ヒルネは美しい女神ソフィアの相貌を思い出した。


 広大な街全体に結界を張って、寝る余力があるのは女神の作ったボディのおかげだろう。


 大聖女になってから、より聖魔法の精度が上がった気がする。


「そういえばホリーはいないのですか?」


 ヒルネが食堂を見回した。

 広い食堂に、青い髪の少女はいない。


「ホリーさまは朝から瘴気を払いにお出かけになりました。ワンダさまと相談し、畑や農地に力を入れるそうです」

「まあ、ホリーらしいですね」

「パンが食べられないのは困りますし、ホリーさまは市民みんなで美味しいものが食べたいとおっしゃっていましたから」

「本当に優しい子です。ホリー大好きです」

「ふふっ、その言葉、ご本人に言ってあげてください」

「そうですね。そうします」


 ヒルネはこくりとうなずき、食事を再開すべくスープへ視線を戻した。

 そこでまた顔を上げ、ジャンヌを見つめた。


「もちろん、ジャンヌも大好きです」


 ヒルネは曇りのない瞳をジャンヌへ向けた。

 ジャンヌはいきなり言われたので頬を赤くし、メイドエプロンを握りしめて顔を伏せた。


「あ……ありがとうございます。その、私もです……ヒルネさま」

「ジャンヌが一緒にいてくれて、私は幸せです」


 ヒルネはしみじみと言い、笑みを浮かべた。



      ◯



 朝食後、礼拝堂での祈り(居眠り)を終わらせ、南方に赴任している聖女との顔合わせをした。


 聖女たちはヒルネを受け入れ、称賛した。

 街全体を覆う、広域結界を展開できる聖女はいない。


 夜の巡回がなくなれば、空いた時間を別の地域にさけると喜んでいた。


 次は兵士たちと一緒にイクセンダールの商業地区への巡回し、貴族院での聖書朗読を三十分、さらに大広場での聖句詠唱――。スケジュール通りの予定をこなしていく。


 大広場にはほぼ全市民が集まって兵士や聖職者が大変そうであったが、ヒルネが詠唱を始めると嘘みたいに静かになった。


「――すべての者に祝福あれ」


 長い聖句を詠唱し、持たされていた杖を振ると、大広場にキラキラと星屑が降り注いだ。


 拍手は鳴り止まず、人々は皆笑顔になった。

 そんなこんなで多忙な一日を半分消化し、どうしてもと駄々をこねて三十分の昼寝をしてから、大神殿を改築する職人との顔合わせとなった。


 ヒルネはジャンヌに起こされ、仕方なく相棒からもそもそと這い出た。


「ではジャンヌ、行きましょう」


 ヒルネは自然な足運びで人をダメにする椅子にもさりと座り、両腕をだらんと外側に出して全身を預けた。だらしないことこの上ない。


「このまま行きましょう」

「流れるような動きでダメ椅子に座らないください」


 ジャンヌは最近ダメ椅子と略して呼ぶ。


「いいではないですか。押していってください」

「そんなことできませんよ」

「どのようなスタイルで働くかは労働者の自由ですよジャンヌ。これで効率が上がれば私も嬉しい、向こうも嬉しい。お互いに利のある関係です。ええ」


 ジャンヌはそうかもしれないと一瞬思い、ヒルネの背中を押そうと手を添えたが、やはり違うよねと顔を上げた。


「ダメに決まってるじゃないですか。それっぽいことを言って煙に巻こうとしないでください」

「残念でした。私はもう椅子です。ダメ椅子なのです。ほら見てくださいこの一体感を……!」

「ヒルネさまとダメ椅子が一心同体に見えます!」

「でしょう? さ、ジャンヌ、このまま行きましょう」

「でも引っ張っちゃいます」

「あ、あ、ジャンヌ! やめてください――ああああっ、二足歩行になってしまいました」


 ヒルネはジャンヌに両手を引っ張られて立ち上がった。


「立ってるのつらみ。ねむみ」

「シャキっとしてください。お水を飲んで、ほら」

「はい」


 ヒルネはコップを手渡され、水を飲んだ。

 ジャンヌが日に日に用意周到になっている。


「ぷはぁ。お水、うまし」

「よくできました。では皆さまがお待ちです。まいりましょうね?」


 くりっとしたジャンヌの瞳に見つめられると、イヤとは言えなかった。


「ジャンヌの頼みなら仕方ありませんね」


 ヒルネはジャンヌに大聖女服を綺麗に整えてもらい、部屋から出て廊下を進んだ。


 すれ違う聖職者やメイドが嬉しそうに聖印を切って一礼する。

 ヒルネは意識していないが、一晩でイクセンダールの中心人物になっていた。


「あちらでお待ちです」


 神殿前の広場には、大勢の人がずらりと並んでいた。


 大工らしき道具を持った集団から、お針子さんの女性たち、外壁を塗装する職人、建築士、家具屋、石職人、その他様々な職人が集結している。ざっと見ただけでも百人ほどいた。教育係のワンダと、司祭も数名いる。


「ワンダさまが指揮をして、これでも十分の一まで減っていただいたんです。こちらにいるのは代表者の皆さまです」


 職人たちはヒルネが神殿から現れると、まるで子どものように目を輝かせてヒルネを見つめた。


(こんなに集まってくれたのか。ありがたいね……。大神殿のためにも気合いを入れないとね)


 ヒルネは皆の前に立って、ゆっくりと聖印を切った。

 眠くてちょっと動作が遅い。


 ヒルネが聖印を切り始めると、皆が一斉に神妙な顔つきになった。


「皆さん、本日はお集まりいただき誠にありがとうございます。あちらをご覧ください」


 ヒルネは崩れた大神殿へ手を向けた。皆も顔を向ける。


「大神殿が復活すれば、きっとこの地に平和が訪れます。市民の皆さまの心も安らぐことでしょう。かつてこの街に大神殿があり、大聖女がいた、あのときの平和を取り戻しましょう」


(そしてみんなでお昼寝をするホワイトな街にしましょう)


 ヒルネは心の中でそう付け加えて、集まった職人たちを見つめた。

 全員がやる気を全身にみなぎらせてこくこくとうなずいている。

 どうやら簡単な演説は成功らしい。


「では、左の方から簡単な自己紹介をお願いいたします」


 ジャンヌが言うと、一人ずつ職業と名前を言っていく。


(覚えられない……あ、トーマスさん)


 寝具店ヴァルハラのトーマスもいる。ヒルネにとって超重要人物だ。

 一通り名乗りが終わると、監督していたワンダが前へ出た。


「大神殿の改築にあたって問題が山積みです。まずは物資が大いに不足しております。石職人のポンペイさまより発言がございます」


 紹介されたポンペイという老人が、一歩前へ出た。


 背は低いが腕が太い。右腕のほうが太いのはハンマーを振り続けたからだろうか。


 偏屈そうな頑固ジジイと言った印象を受ける、白い髭と、落ち窪んだ目が特徴的であった。


「西にある採石場。大聖女さまの大神殿にはあそこの聖水晶セントクォーツを使いたい」


 ポンペイのしゃがれ声が広場に響く。


聖水晶セントクォーツ? なんだかファンタジーな石っぽいけど……)


 ヒルネが想像していると、ポンペイの横にいた黒ひげの中年が手を挙げた。


「石職人バルディックさま。どうぞ」


 ワンダが手を差し伸べ、大男のバルディックがひげをなでつけながら、むっつり不機嫌な顔つきでしゃべり始めた。


「西の採石場は瘴気による汚染が進みすぎている。大聖女さまが同行してくださるとしても危険だ。聖水晶セントクォーツではなく、南西に散らばる十字石スタウロスを中心にして外壁を組む方法を提案する」

「大聖女さまの大神殿は聖水晶セントクォーツを使う。死ぬのが怖いなら貴様んとこの連中は採掘場に来なくていい。俺たちだけでやる」

「ふざけたことを抜かすなポンペイジジイ。ムリだからムリだと言ってるんだ。大聖女さまの前で死ぬとか言うな」

「ダメだ。先々代は大神殿の外壁をすべて聖水晶セントクォーツにしなかったことを後悔している。大聖女ヒルネさまにふさわしい大神殿にする。普通の石じゃ話にならん」

「じゃあどうやって採掘するってんだ」

「死ぬ気で削る。それだけだ」

「ジジイ! 聞く耳を持て!」


 石職人ポンペイとバルディックが言い合いを始めてしまった。


 ワンダが何度か咳払いをして、ようやく二人は静かになった。だが、まだ睨み合っている。


 集まっている人たちはハラハラした様子で見ていた。

 約一名だけ、ぼんやりした顔で別のことを考えていた。


聖水晶セントクォーツ十字石スタウロス。どんな石なんだろう)


 ヒルネが手を挙げた。

 一斉に皆がヒルネを見つめる。


「大聖女ヒルネ、どうぞ」


 ワンダが平等にヒルネを扱い、手を差し伸べた。


聖水晶セントクォーツ十字石スタウロスとはどのような石なのでしょう?」


 ポンペイが口を開く前に、バルディックが機先を制した。


十字石スタウロスは固くて頑丈な鉱石で、聖なる力を秘めております。他の石材と組み合わせて使うと強度が増し、聖なる加護もつくので瘴気が寄りつきづらくなります。見た目も非常に美しいです」

「なるほど。ポンペイさま、聖水晶セントクォーツはどのような石ですか」


 ヒルネの眠たげな目が頑固ジジイへと向けられる。

 ポンペイはしゃがれ声でこう言った。


聖水晶セントクォーツは虹色の光彩を放ち、魔力を溜め、夏は涼しく、冬は暖かい。最高級の石材だ」


 ヒルネはくわと両目を見開いた。






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