第27話 休憩中に
ヒルネが聖女になって半年が過ぎた。
最近、ジャンヌの機嫌がいい。
「南方の魔物討伐がうまくいっているみたいです。凄腕の聖女さまも配属になっているそうで、人の流れが戻っているみたいですよ!」
南方生まれのジャンヌが鳶色の瞳を輝かせた。
今日もメイド服にポニーテールが似合っている。
ジャンヌの育ての親である叔母と叔父は、村の人々を守るため盾となり犠牲となった。ジャンヌにとって南方地域の解放は気になるニュースだ。
「ヒルネさまとホリーさまが浄化した武器が大評判で、私はメイドとして鼻が高いです」
えっへんと可愛らしく両手を腰に当てるジャンヌ。
そんな可愛いメイドさんを見て、ヒルネが楽しげに目を細くした。
「ジャンヌが嬉しそうで私も嬉しいです。浄化を頑張ったかいがありましたね」
浄化後はだいたい居眠りしていたのだが、本人としては頑張ったつもりであった。
武器を枕代わりにするのはいかがなものでしょうか、とジャンヌに小言を言われたので、あれ以降は自分の腕を枕にしている。第二のヒノキボルグ誕生とはならなかった。
「そういえば、今日はホリーと一緒に兵士さんたちの前で朗読会でしたね?」
「そうですよ」
「ホリーと会うのも久しぶりですね」
「つい一昨日、ヒルネさまがベッドに引き込んで一緒に寝たばかりですよ」
「そうでしたっけ?」
「そうですよ」
くすくすとジャンヌが笑う。
ホリーが「私は自分の部屋で寝るわ。聖女になってまで千枚廊下の掃除をさせられてはたまらないもの」と頑なに拒んでいたくせに、いざ布団に入ると秒で寝ていた。ジャンヌはそれを思い出して可笑しくなったらしい。
「三人で寝ると気持ちいいですもんね」
ヒルネと一緒に寝ることが当たり前になっているジャンヌは、うんうんとうなずいた。
ヒルネも小刻みにうなずいている。
「ぬくぬくです。ホリーは体温がちょっと高いので最高の抱き枕です。筆頭聖女枕ですね」
よくわからないことを言って、ヒルネが満足げにうなずいた。
「ホリーさまに言ったら怒られますよ」
ジャンヌが微笑みながら、ベッドに寝転んでいるヒルネの腕を引いた。
「さあヒルネさま。お支度をしましょうね。皆さんが待っていますよ」
「仕方ありません。兵士さんたちを思えば、着替えないわけにはいかないですね」
くっ、無念、と言いたげな表情でヒルネはベッドから下りて万歳降参のポーズを取った。
ジャンヌがてきぱきとヒルネの身支度を済ませていった。
(さて、行きますか)
「おはようヒルネ。今日も眠そうね」
「おはようございます、ホリー」
聖女専用談話室でホリーと合流し、礼拝堂へ向かった。
すでに準備は整っているらしい。
「あなた朗読中に寝ないでよね。寝そうになったらお尻つねるからね」
準備をしつつ、ホリーが小声で言った。
ヒルネが素直にうなずいた。
「お願いします。今にも寝そうです」
「こらこら」
ホリーが小さくため息をついた。
荘厳で静謐な雰囲気が漂う礼拝堂には千人ほど兵士が並んでいる。
王国の精鋭たちは直立不動だ。息遣いが聞こえてきそうなほど、静かであった。
十歳の聖女二人が女神像の前へ立つと、ザッ、と音が響いて一斉に兵士がひざまずいた。
(おお、すごい。壮観だね)
ヒルネは眠たげな瞳を開いて礼拝堂を眺めた。
精緻な作りのステンドグラスからは淡い光がこぼれ、兵士たちを照らしている。
「女神ソフィアさまに加護を賜るべく、朗読会を行います――」
進行役の司教が厳かに告げた。
◯
ホリーに何度かお尻をつねられたが、無事に朗読会は終わった。
次は兵士宿舎を見回ることになっている。
瘴気が入り込んでいないか確認するというのが建前だが、本音は兵士の士気向上が狙いだ。聖女が見回ることで、兵士たちはまた頑張ろうという気持ちになる。
実際、見目麗しいヒルネとホリーは大人気だった。
純白で精緻な作りをしている聖女服の二人を見ると、守らねば、という気持ちと、女神の加護で守られている、という両方の気持ちが湧いてくる。
メフィスト星教最年少聖女の効果はてきめんだ。
特にヒルネの神秘性が琴線に触れるようで、兵士たちが「尊い」とか「美しい」などつぶやいて、ありがたそうに聖印を切っている。
(地元の有名人になった気分だよ……女神さまにいただいた身体だから、私が美少女なのは間違いないんだけど……いかんせん中身が……。あまり考えるのはやめよう)
いまだに自分の顔を鏡で見て驚くことがある。整いすぎているからだ。
ヒルネはどこでも居眠りする自分を思い返して明らかに見た目負けしていると思うも、すぐに眠くなってきてどうでもよくなった。
(眠いなぁ……)
あっふと大きなあくびを一つ。
兵士宿舎の見回りも終わって休憩時間だ。
このあと、もう一つの宿舎を回って本教会に帰宅する流れになっている。
ふと待機室の窓を見上げると、煙突が見えた。
白い煙がそよ風に吹かれて形を変えている。
「ジャンヌ、あの煙突はなんでしょう?」
王都は広い。ヒルネは初めて見る煙突を指さした。
一緒に休憩していたジャンヌとホリーも煙突を見上げた。
「あちらは湯屋ですよ。王都では結構見かけるのですが、ヒルネさまは初めて見ますか?」
「湯屋? いま湯屋と言いましたか?」
「あ、はい……言いましたけど」
ジャンヌが目をぱちくりさせると、ヒルネがめずらしく機敏な動きで立ち上がった。
それを見てジャンヌとホリーが驚いた。
「行きましょう。こうしてはいられません。お風呂ですよお風呂。私がどれだけ入りたかったか知っていますよね?」
ヒルネがズビシと煙突を指さした。
イヤな予感がしてきたホリーがあわてて口を開いた。
「あなたまさか湯屋に行こうとしているの? 冗談よね?」
「冗談なものですか」
星海のような碧眼をこれでもかとキラキラさせ、ヒルネがホリーに顔を近づけた。
うっ、と唸ってホリーがのけぞった。
「お風呂に入ったあと寝ると大変寝付きがよくなります。最高なんです。お風呂毎日入りたいです」
「あなたいつでも寝付きいいじゃない」
「違いますよホリー。お風呂に入ったと入っていないじゃあ食後のデザートがあるとないくらいの差があります」
うんとうなずいて、ヒルネが素早い動きで窓を開けた。
「ちょっとちょっと! 何するつもりなの?!」
「湯屋に行きます。レッツゴーです」
ホリーが窓枠に手をかけたヒルネの腰をつかんだ。
「ジャンヌ! ヒルネをどうにかして! 聖女が湯屋に行くなんてとんでもないことだわ!」
メフィスト星教ができてから約千年、仕事の休憩中に聖女服のまま湯屋に行った聖女は一人もいない。
ジャンヌがどうしたものかとあわあわ腕を振っている。こんなに嬉しそうなヒルネを止めるのはなんだかかわいそうだった。
「ホリーも行くんです。ジャンヌもですよ」
ヒルネが嬉しそうに振り返った。
「私も?!」
「私もですか?」
「さっと入ってささっと出てくれば大丈夫です。ああ、タオルの心配ですか? 問題ありません。聖魔法で解決です」
「タオルは心配してないわよ!」
ホリーが言っているうちに、ヒルネが浮遊の聖魔法を唱えた。
星屑がキラキラと舞って、ヒルネ、ホリー、ジャンヌの身体が浮いた。
「わっ、浮いてます!」
「ヒルネ! ちょっと勝手にやめて!」
ジャンヌが目を丸くして、ホリーが聖女服のスカート部分を押さえる。ホリーの聖女服は丈が短い。
「出発です〜」
のんびり口調でヒルネが言うと、星屑が嬉しそうに舞いながら三人を窓の外へと運んでいった。
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