第26話 聖なる武器
いつまで経っても武器庫から出てこないので、ジャンヌと兵士が入ると、部屋の隅でヒルネが寝ていた。
しかも枕代わりにひのきの棒を使っている。
本当にすぐ寝てしまうんだなと、兵士二人は感心していた。
「ヒルネさま、起きてください」
ジャンヌが優しく肩をゆすると、「んむぅ」とつぶやきながら、ヒルネが目を覚ました。
「ふああっ……首が痛いです」
「ひのきの棒で寝ているからですよ。大丈夫ですか?」
「大丈夫です――聖魔法、自己治癒」
パッと光が輝いて星屑が舞うと、ヒルネの首が軽くなった。
「これで問題ないでしょう」
「よかったです。さあ、帰りの馬車が来ていますよ。行きましょう」
ジャンヌの手を取り、目をこすりながらヒルネが立ち上がった。
兵士たちに挨拶をして武器庫から出て、馬車で本教会に帰った。
(馬車の揺れ……眠くなる……)
ジャンヌの肩に頭を乗せ、ヒルネはまた眠った。
◯
それから一週間後、ヒルネが浄化と付与をした武器を使って、魔物討伐隊が組まれた。
南方から瘴気が王都方面へと流れ込んでいるため、王国が出兵に踏み切った。
第一陣として百人規模の部隊が十隊編成され、各々が指定の場所へと遠征する。
そんな十あるうちの一つの部隊で、とある出来事が起きていた。
「誰だ、こんな使えない武器持ってきたのは」
武器管理の兵士がひのきの棒を持ち上げた。
棒は長さ七十cmで警棒のような形をしている。実はこの武器、王都の警ら隊が所持していたもので、武器の入れ替えをしたときに武器庫に残ってしまったものであった。
「――これ、えらい使いづらいぞ」
ブンと男が棒を振る。
不可思議な力に邪魔され、うまく振れない。
水の中で振っているみたいだ。
「なんだこりゃ、おかしいぞ」
もう一度振るも、やけに重く感じる。
「これじゃうちのかみさんも倒せねえな」
武器管理の兵士が言うと、周囲にいた兵たちが笑った。
士気は上々。これから魔物との戦闘があるため、皆気分が高揚している。
「おい、ポンテ」
「は、はい!」
急に呼ばれた若い兵士があわてて駆けてきた。
小柄な青年は大きめの兜がズレるため、何度も位置を直している。
「ポンテ。おまえ剣も槍も苦手だったよな?」
「はい。お恥ずかしながら、うまく使いこなせておりません」
「おまえ、優しすぎるんだよなぁ……人一倍努力してんのはここにいる全員が知ってるんだが……」
武器管理の男は、ポンテに目をかけていた。
ポンテは住んでいた村が魔物に襲われ、それがきっかけで兵に志願した。これ以上犠牲者を出さないため、自分の手で魔物を討伐する。そういった崇高な思いがあった。
しかし彼は心根が優しすぎた。
訓練中は相手を叩けず、模擬戦ではいつも相手を軽く叩いて、返り討ちにあってしまう。
訓練と言えど仲間を打ち据えるなど彼にはできなかった。
また、大のお人好しだった。困っている人がいれば手を差し伸べ、自己犠牲もいとわない。それで何度か痛い目にあっているくせにやめようとしない。
そんな理由で武器管理の男はポンテを気に入っていた。
単純にいいヤツなのだ。
「おまえが死んだら皆が悲しむ。魔物を斬れるか?」
男がポンテの装備している剣を指さした。
ポンテは逡巡し、ゆっくりとうなずいた。
「できると思い、ます」
「かぁ〜歯切れが悪いなぁ」
男がバシバシと自分の太ももを叩き、持っていたひのきの棒をポンテに差し出した。
「剣がダメならこいつでぶっ叩け。いざとなったら投擲してもいい」
兵士に余計な武器を持たせるなどしない。特別であった。
「はい。ありがとうございます」
律儀に礼をし、ポンテがひのきの棒に触れた。
そのときだった。
ひのきの棒からまばゆい光が立ち昇った。
星屑が躍るように跳ね、ひのきの棒にまとわりつく。
「……な、なんでしょうか?」
「こいつぁ……」
ポンテがズリ下がった兜を直し、口を開けてひのきの棒を見ている。
棒の回りで星屑が躍っている。まるで聖女の聖魔法のようだ。
「俺が持ったときはこんなこと起きなかったぞ……。ちょっと貸してみろ」
武器管理の男がポンテからひのきの棒を受け取ると、途端に星屑が消えた。
周囲にいる兵全員で試したが、星屑が出るのはポンテが持ったときだけだった。
その後、ひのきの棒はポンテ専用の武器になった。
その性能たるや驚きのもので、軽く叩けば魔物が消滅する。一閃で魔物がはじけ飛ぶ。対魔物戦に特化した聖なる武器であった。
ポンテの戦闘スタイルにもぴったり合致した。
ポンテの名前のごとく、ポンと叩けば魔物が消滅する。心置きなく戦うことができた。
第一陣、魔物討伐隊の作戦は成功に終わった。
ヒルネが浄化した武器のおかげで各部隊は大戦果を上げるのだが、十ある部隊のうち、一番活躍したのはポンテの在籍する部隊であった。
心優しき青年兵はひのきの棒で、魔物退治のエースになった。
「きっと女神さまが、勇気のない自分にひのきの棒を授けてくださったんだ……」
ポンテは腰にくくりつけたひのきの棒を大切そうに撫でた。
やがてひのきの棒は心優しき正直者しか使えない武器として有名になり、ひのきの棒と伝説の槍ゲイボルグから名を取って、ヒノキボルグと命名される。命名には十の貴族とメフィスト星教幹部が集まったらしいが……何も言うまい。
とある聖女が枕代わりに使っていたことがいずれわかるのだが、まだ先の話だ。
◯
「ヒルネさま」
「なぁに?」
ジャンヌが、人をダメにする椅子で極楽浄土スタイルを取っているヒルネを見た。
「ヒルネさまが浄化をした武器を持った兵士さんたちが、大活躍したそうですよ。ヒルネさまが付与してくださった聖魔法のおかげだと、皆さんから感謝状が届いております」
「まあ、それはよかったです。皆さんのお役に立ててとても嬉しいです」
(真面目に仕事をしてよかった……。次も浄化と付与、両方しよう)
にこりとヒルネが笑うと、ジャンヌも笑顔になった。
「本教会もヒルネさまに一目置いているんですよ? これなら大聖女さまになる日も近いですね」
ジャンヌが満面の笑みを作る。
(聖女になってからもう四ヶ月か……。早く大聖女になりたいな)
シャリシャリと音を鳴らして頭の位置を直し、ヒルネは天井を見上げた。
(でも、大聖女になったら南方地域に行かされる可能性が高いよね。南にだけ大聖女がいないもん……。まあ、そうなったらそうなったでどうにかしよう。何もない土地のほうが、かえって自由にできていいかもしれないしね。フフフ……ふかふかのお布団と背徳の堕天使をいたるところに設置した大聖女専用の教会……なんて素晴らしい……)
ヒルネは大聖女になった自分を夢想して、顔がにやけた。
「……ふあぁっ……今日も平和ですねぇ……眠くなってきますね、ジャンヌ……」
あれこれ考えていたら眠気がやってきて、ヒルネは意識が遠のいていった。
「ふふっ、平和ですね。ヒルネさまが頑張っているおかげですよ――」
ジャンヌが嬉しそうにつぶやき、ヒルネにそっと掛け布団をかけた。
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