第25話 武器庫の浄化


 ヒルネ、ホリーが参加した祭典は無事に終わった。


 祭典は王都全体の浄化を強め、瘴気、魔物からの防衛力を高める意味がある。

 聖女の姿を見ようと国民が集まるため、王国としても興行収入で潤う。


 大司教ゼキュートスはぬかりなく寄付を貴族たちから集めており、魔物の進行が激しい南方への援助金を捻出していた。


 ヒルネも寄付金集めに大いに活躍した。

 もっとも、本人は眠気をこらえて朗読していただけだったが。


(祭典も終わって肩の荷が下りたね。背徳の堕天使が没収されたのは遺憾の極みだけど)


 政治家っぽくむっつり不機嫌そうな顔を作って、下唇を出すヒルネ。


 聖女が椅子にぴったんこ事件で、背徳の堕天使こと人をダメにする椅子は、ワンダが厳重保管することになった。週に二回だけ使っていいとのお達しを受けている。ゲーム機を親に隠される子どもとまったく同じ扱いであった。


「遺憾でございます」


 ヒルネが腕を組んだまま、ベッドにごろりと転がった。


「どうかされましたか?」


 ヒルネの部屋を掃除しているジャンヌが振り返った。

 今日も鳶色の瞳は元気に輝いていた。


「背徳の堕天使が没収されてしまい、残念だと思っているんです。ジャンヌはどう思いますか?」

「あの椅子は本当に人をダメにします。利用制限があるのはいいことです」


 どうやらジャンヌも週二回の使用には賛成らしい。

 確かに、ヒルネを椅子にくっついた状態で運んだのは恥ずかしかった。


「ジャンヌに言われては言い返せませんね」

「くっつかないと約束できるならワンダさまに相談してみますよ?」

「いえ、確証のない未来の確約はできません」

「……要するにまたくっつくかもしれない、ということですね?」

「その通りです」

「それじゃあ相談はできません。あのときすごく恥ずかしかったんです。くっついたヒルネさまを見たワンダさまとゼキュートスさまのお顔といったら……思い出しただけで顔が熱くなってきます」


 ジャンヌが頬を赤くした。


 ダメ椅子にくっついたヒルネを見たワンダの呆れ顔と、ゼキュートスの怒っているのか笑いをこらえているのかわからない顔は、ジャンヌの記憶に鮮明に残っている。


「ということで、週二回にしてくださいね。ヒルネさま」

「わかりました。今はそういうことにしておきましょう」


(極楽グッズを手放すわけにはいかないよ。さらなる改良をしないとね)


 ヒルネがあくびをしながら、もっと座り心地のいい椅子を想像する。どうにかして座りながら行動する方法はないかと考えるも、現時点では改良案は思い浮かばない。


「座りながら祈りたいものですねぇ……」

「そんな遠い目をして言わないでください。はい、失礼しますね。お布団干してきますから」


 ジャンヌがヒルネから鮮やかに掛け布団を取り、部屋を出ていった。

 仕方なく起き上がり、質素な木の椅子に座った。


 しばらくしてジャンヌが戻ってきた。


「ヒルネさま。本日は南門の武器庫にて浄化魔法を行う予定です。そろそろ時間なので準備をしましょう」

「無念なり」


 ヒルネが目を閉じて万歳のポーズを取った。


 仕事に行きたくないらしい。


 ジャンヌが素早く服を脱がし、準備しておいたぬるま湯でヒルネの身体を清める。その後、手慣れた具合で聖女服を着せていった。



      ◯



 馬車で揺られること四十分。

 南門の武器庫に到着した。


「聖女ヒルネさま、ご到着です!」


 待っていた兵士たちが道案内してくれる。


(ほお、ここが武器庫か。殺伐としてて昼寝はできそうもないなぁ)


 ヒルネが無骨な作りの武器庫に入り、中を眺めた。

 石造りの武器庫は厳重に管理されているのか小さな窓に鉄格子がはまっており、鉄と油の匂いがした。


(大きな剣、槍、ハンマー、盾もあるね。血とかがついてなくて安心したよ)


 スプラッタ映画が大の苦手であるヒルネは、ホッと胸をなでおろした。


「ヒルネさま。我々が入り口で警護しております。心置きなく作業してくださいませ」


 若い兵士二人が恭しく一礼して、聖印を切った。


 エリートなのか動きが機敏で顔つきも精悍だ。二人はヒルネを見て、絵物語から出てきた伝説の聖女に出逢ったような、奇妙な興奮を覚えていた。ヒルネの碧眼を見ると、何があっても守らねば、そんな気持ちが湧いてくる。


(警備のお仕事って大変そうだよね。感謝しないと)


「ありがとうございます。お二人に女神ソフィアの加護があらんことを――」


 ヒルネが笑顔で聖印を切り、小さな星屑を出して浄化の聖魔法を二人の兵士にかける。


 兵士たちは突然の出来事に固まり、すぐに膝をついて頭を垂れた。


「何ともったいない……」

「誠に尊き……」


 言葉にならないのか感動している。

 聖女に浄化魔法を唱えてもらえるなど、滅多に起きない幸運なことであった。


(浄化魔法ならいつでもかけてあげるよ。この人たちに幸せと安眠を――)


 ヒルネが笑顔でうなずいて、二人に再度お礼を言って武器庫に入った。


(鉄と油っぽい匂いがする。ワンダさんがいないけど、一人でやってみるか)


 本来の予定ならワンダも来るはずであったが、魔力量を鑑みてホリーについていくことにしたようだ。ヒルネをジャンヌにのみ任すのはとてつもなく心配であったが、いつまでも過保護ではいられない。


 ちなみにホリーは別の武器庫を浄化している。


(一個一個浄化してたらキリがないねぇ。武器別にやっちゃうか)


 まずは長剣が並んでいる場所へ行き、浄化魔法を付与した。ついでに切れ味が上がるように聖魔法を追加する。


 続いて盾にも浄化魔法。こちらは盾が硬くなるような聖魔法を付与した。

 さらに槍には浄化魔法と貫通力アップの聖魔法を付与しておく。


(全体的に汚れてるから、もうこの武器庫全部浄化しちゃおう。眠いし)


 同じ作業をしていたら眠くなってきた。もう面倒になったらしい。


 ヒルネはちょっと気合いを入れて聖句を省略し、聖魔法を展開する。大きな魔法陣が足元に浮かび上がり、大量の星屑が武器庫を隅々まで浄化した。


「これでよし……ふあぁっ……」


 ヒルネ以外の聖女であれば、武器庫全体を浄化する聖魔法を唱え終わるまで、三十分以上かかる。さらに、浄化魔法や付与魔法を連発したあととなれば、魔力切れを起こすだろう。女神の加護のおかげであった。


「まだ時間がありますね。昼寝でもしましょうか」


 鉄と油の匂いが薄れた武器庫には、いい空気が流れていた。


(何か枕になりそうなものは……枕……枕……)


 枕を求めて武器庫を徘徊する聖女。

 武器庫だけあって硬いものしか保管されていない。


 しばらくうろついて、とあるものを発見した。


「あっ、これならまだマシかな?」


 ヒルネが目につけたのは他の武器よりも弱そうな、ひのきの棒であった。

 汚れていない床に浄化魔法をかけ、ごろりと横になり、ひのきの棒を頭の下に入れてみる。


(剣とか槍よりはいいね。頭のツボが押されて気持ちいいかも)


 気持ちいいのは勘違いだと思うが、まあ寝れないこともなかった。

 剣や槍の柄は鉄製なので硬い。ひのきの棒がベストだ。

 というより、眠くて他に探す気になれなかった。


(ひのきの棒……弱そうですね。これを使う人は心優しい人物なんでしょう。もし、これを装備する人がいたら……困らないことを……願います……)


 弱っちいひのきの棒を使う兵士。

 そんなことを想像していたら、ヒルネは眠ってしまった。


 小さな窓からちょうど光が漏れていて、ヒルネの聖女服を照らしている。


「……すぅ……すぅ……」


 寝ているヒルネから、キラリ、キラリと星屑が舞って、枕代わりのひのきの棒へと吸い込まれていった。


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