一時撤退




「本当に……諸君らは愚かであるな! いや、師が愚かなのだからそれもまた当然か! こんな失敗作を剣士として育てずとも、他の素質ある若者を育てればそれでよかっただろうに!」


 そう桔梗や他の師匠たちを嘲笑いながら、宗獏が改めてやよいを見やる。

 何も言わず、ただじっと屈辱に耐える彼女の姿を愉悦に塗れた笑みを浮かべて観賞した宗獏は、その間近で囁くようにして問いかけを発した。


「もう一人の生き残りも無事のようだな。素晴らしい女剣士だと評判を聞いているとも。それも全て、吾輩が与えてやった尋常ならざる気力と、怪力のお陰だろう? ……あの実験で死した同胞たちと、吾輩に感謝するといい。うむ!」


「………!!」


 拳を握り締め、親友を絡めた屈辱的な言葉に耐えるやよい。

 そんな彼女の反応を楽しみながら、宗獏は更にやよいの心を抉るような言葉を口にした。


「まったく、捨て子だったお前たちがここまで立派に成長するとは思いもしなかったぞ! もう一人の生き残りはまだしも、欠陥品であるお前が今や大和国中に名を轟かせる武士団の副長とはな! 親友と違って何も持たない、欠陥だらけの貴様が、ここまでの地位を得るとは、本当に予想だにしていなかったとも!」


「……宗獏殿。それ以上の彼女への嘲りの言葉は、団長として許すわけには参りません。今すぐに口をお閉じください」


「ああ、ああ! すまないね。ついつい余計なことを喋ってしまうのが私の悪いところだとは自覚しているのだが、どうにも改善出来なくてねぇ……! そうだ、お詫びとして君にいいことを教えよう。もしかしたら既に知っているかもしれないのだがね――」


 既に怒り心頭に達していた蒼が、ギリギリ理性を保った状態で宗獏へと警告めいた言葉を告げる。

 その言葉にやよいへの暴言を止めたと思わせた宗獏であったが……最後の最後で、彼は特大の爆弾を燈たちへと放り投げてみせた。


「――この女ね、子を成す機能が壊れているのだよ。どれだけ抱いたとしても父親になる危険はほぼ皆無というわけさ。だから、心置きなく性処理にでも使ってやればいい! 見ての通り、なかなかに男好きするような体に仕上がっているから、君も楽しめ――」


 ひと息に、叫ぶようにして、宗獏がやよいの最も触れられたくない傷を抉る。

 その瞬間、燈は蒼が腰に差した『時雨』を引き抜こうと動く様を目にした。


 多分……いや、ほぼ確実にその動きが成就していれば宗獏の首は綺麗に吹き飛んでいたことだろう。

 燈もまた蒼が動かなければ宗獏を叩き切るつもりでいたし、その動きが蒼の方が僅かに早かったというだけの話だ。


 ただ、宗獏の首と胴体がまだ繋がっているのは、抜刀の構えを見せた蒼の腕をやよいが必死に止めたからであり、彼女は同時に背後の燈にも不用意なことをするなと気で訴えかけている。

 それでも、仲間を馬鹿にされて黙っていられるかとその訴えを無視して宗獏を誅しようとした二人であったが、やよいは強引に大声を出して相手への別れの挨拶を口にすると、気力を全開にして彼らを引っ張って外へと飛び出してしまった。


「お時間を取っていただき、誠にありがとうございました! 我々はこれで、失礼いたします!!」


 珍しく全力を出し、身体能力を上昇させて燈と蒼を外へと連れ出すやよい。

 こうなることを予測していたのか、全身にゆるゆると気力を溜めていた彼女は、目にも止まらぬ速さで宗獏と村長を置き去りにしてその家から出ていく。


 その背を喉を鳴らしながら見つめ、楽しくて仕方がないとばかりに嗤う宗獏は、村長からの訝し気な視線に気が付くと一層その邪悪な笑みを強めた。

 そして、その笑みの恐ろしさに言葉を失った村長に対して、とても軽い口調でこう言う。


「いやあ、惜しかったなぁ! あそこで吾輩を斬り捨ててくれれば、蒼天武士団を潰す絶好の口実が出来たものを……!」


 ははははは、と自分の命の危機を理解しながらもそんなことを感じさせない明るい笑い声を出す宗獏のことを、村長は理解出来なかった。

 ただ一つ感じ取れたことといえば……この男はどこかが狂っているという、邪悪極まりない宗獏に対しての畏怖に近しい自分の感情だけだ。


 そして、こんな男に目をつけられてしまった蒼天武士団の面々に対して同情とも憐憫とも取れる感情を抱いた彼は、心の中で若者たちに対して、小さく合掌するのであった。

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