領主・宗獏


「ほう! 諸君らがかの有名な蒼天武士団かね? 聞いてはいたが、若者揃いなのだな!」


 燈が抱いたその人物への第一印象は、針金人形のような体躯をしているな、だった。


 細く長い、昆虫のナナフシのようなやせ細った体をしているその男性は、やや高い位置から燈たちのことを見下ろしながら愉快気に言葉を発している。

 領主らしく、そこそこに豪華な着物を纏っている彼は団長である蒼へと真っ直ぐな視線を向けると、なんとも形容し難い眼差しで彼を見つめながら声を掛けてきた。


「君が団長の蒼かね? 噂によると、銀華城では鬼の総大将を一騎打ちで討ち取ったそうじゃないか! 実に素晴らしい!」


「はっ……! お褒めに預かり、光栄です」


「そう固くなる必要はないさ、っと……悪いね、自己紹介がまだだった。吾輩はこの一帯を治める領主、宗獏だ。まあ、政には興味がないので、幕府の指示に従ってあれやこれやをするだけで、お飾りの役職に就いている男だというのが正しいところだがね」


 この視察も幕府から様子を見てこいと言われたからしたまでだ、と続けた宗獏が興味なさげに長屋の天井を見やる。

 とっとと面倒な仕事を終わらせて家に帰りたいという思いが透けて見えるその態度に心の中で苦笑する燈であったが、蒼の方はそんな相手に対しても礼を尽くして接していた。


「お忙しいご公儀の中、わざわざ我々のために時間を割いてくださり、誠にありがとうございます。我々も今、この一帯を騒がせている幽霊船についての調査を行っている最中。民草だけでなく、宗獏さまの不安を取り除けるよう、事件の解決に向けて努力させていただいているところです」


「ああ、こちらの村長から話は聞いているよ。元は別の仕事でこの永戸を訪れたのに、厄介な事件に巻き込んでしまってすまないね。吾輩としても君たちの協力には感謝しているよ。……で、わざわざ挨拶だけしに謁見を申し出たわけでもあるまい? 望むものは、今後の調査に必要な吾輩の許可かな?」


「……はっ。民の安寧のためとはいえ、無許可で宗獏さまが治める土地を踏み荒らすことを心苦しく思っていたところです。領主である宗獏さまが直々に我々の行動を容認してくだされば、そういった憂いを絶った上で調査に乗り出せるのですが……」


 仕事に対しての意欲を全く見せない宗獏ではあるが、決して愚かな人間ではないようだ。

 蒼天武士団が望んでいるものを言い当てた彼は、蒼が話を終えるまでに適当に手を振ると、彼に向けて言う。


「ああ、ああ。そういう堅苦しいのは必要ない! さっきも言った通り、吾輩は政には興味がないのだ。お主ら蒼天武士団が勝手に幽霊船を調べ、事件を解決してくれるというのならばそれに越したことはない。永戸の領主として、諸君らの動きを容認しよう」


「……はっ。ありがとうございます」


 あっさりと許可を出した宗獏ではあるが、燈は彼の態度に不信感を募らせていた。

 先程から彼は政には興味がないと言っているが、それは即ち幽霊船や強力な妖の出現に苦しんでいる民のことなどどうでもいいと言っているのと同義だ。

 しかもそれを村の代表である村長の前で言ってのけるだなんて、随分と薄情というか、人間味がない男だと……そんな風に思いながらも、処世術としてそういった悪感情を表に出さずにいる彼と同じく、蒼もまたただ淡々と宗獏へと感謝の言葉を述べる。


「話はそれだけか? では、下がるといい。吾輩も暇ではないのだよ」


「ははっ。では、失礼いたします。お時間を取らせてしまい、申し訳ありませんでした」


 そんな風に短いやり取りで謁見を終わりにさせた宗獏へと、蒼が深々と頭を下げて再び感謝の言葉を口にする。

 不遜というか、無礼な態度ではあるものの、向こうの方が立場は上であるし時間もこうして取ってくれたのだからそのことには感謝すべきだ……と自分自身に言い聞かせながら団長と同じく頭を下げた燈が、村長の屋敷から退出しようとしたその時だった。


「……待て。そこのお前……そう、お前だ。小柄な女子よ」


「………」


 不意に自分たちを呼び止めた宗獏が、やよいを見つめながら口を開く。

 蒼を見つめていた時よりも興味の色を強くした眼差しで彼女を見やった宗獏は、そのままやよいへとこう問いかけた。


「お前……どこかで、吾輩とどこかで会ったことがなかったか?」


「……何かの勘違いではないでしょうか? 私めは、この永戸を訪れるのは初めてです。宗獏さまと顔を合わせる機会など、これまで一度も――」


「いいや、そんなことはない。お前と吾輩はどこかで会ったことがある。どこだ、どこだ~? お前はどこで吾輩と顔を合わせた~?」


 楽しげに笑いながら、愉快気に言葉を口ずさみながら……宗獏は、軽い足取りでやよいの下へと近付いていった。

 その様子はさながら痴漢が獲物と見定めた女子へと接近していく光景であり、宗獏はどうしてだかやよいに対してなんらかの執着を見せているようにも思える。


 やがて、手を伸ばせば触れられる距離にまで近付いた宗獏は、やよいへと顔を寄せるとくんかくんかと犬のように鼻をひくつかせてその匂いを嗅いだ。

 その絵面はもう、完全にうら若い乙女に対して痴漢行為を行う変態親父なのだが……そんな行動を取った彼は、悪意がこれでもかと満載された笑みを浮かべると、喉を鳴らして心底愉快そうな笑い声をあげてみせた。


「ああ、この臭い! 吾輩は知っているぞ! よ~く知っているとも!! この臭いは……の臭いだ」


「っっ……!?」


 びくりと、やよいの体が震える。

 彼女のことを失敗作と呼んだ宗獏の言葉に燈と蒼が驚きを露にする中、彼は醜い笑顔を更に強めると、やよいの顔を覗き込みながら言った。


「久しぶりだな、実験体や-四一号。お前が生きていてくれて、吾輩はとても嬉しいぞ」


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