挨拶に向かう



「た~っく、めんどくせえなぁ。わざわざこっちから挨拶に行かなきゃいけねえなんてよ……」


「これも仕事の内だよ。他所の土地に厄介になってるんだ、そこの統治者と顔を合わせて筋を通すのも遠征中の武士団にとっては大事なことさ」


 村長から話された領主との邂逅は、思ったよりもすぐに訪れた。

 翌日、漁村に件の人物が視察にやって来たとの報告を受けた蒼天武士団一行は、代表として団長の蒼と副長のやよい、そして燈の三名で領主への挨拶に向かっている真っ最中である。


 権力者との顔合わせというものにそこまでいい思い出を持っていない燈は面倒くさそうにあくびをしながら愚痴を零すも、蒼の言うことに納得してもいた。

 遠征中の身である蒼天武士団がこの永戸で動きやすくなるためにも、その統治者には気に入られておいた方がいいということは彼も理解出来ている。

 だがしかしどうして自分が挨拶の場に顔を出さなければならないのかと耳を穿りながら疑問に思う燈であったが、それと似たようなことをやよいも考えていたようで、蒼へとその思いを投げかけてみせた。


「ねえ、燈くんが同行するんならあたしが一緒に行く意味なくない? こ~んなちんちくりんの小娘が副長だなんていったら、舐められちゃうかもしれないしさぁ」


 そう、自分を卑下するような発言をして、蒼の判断を仰ぐやよい。

 どこからどう見ても小娘にしか見えない自分が同行すれば、蒼天武士団全員が永戸の権力者から軽視されることになるのではないかという不安からそんな質問兼提案を口にした彼女であったが、その発言は蒼によってばっさりと切り捨てられてしまった。


「別にやよいさんが自分の見た目や性別を恥じる必要なんてないさ。僕が蒼天武士団の副長に相応しいと思ったのは、燈でも他の誰でもなく君だ。僕はその判断を間違っているとは思わない。だから、君は堂々としれいればいいんだよ」


「ふ~ん……ま、団長さまがそう言うのならそうするけどさ~。こんなちびっ子を副長にしてるだなんて、蒼天武士団の団長には幼女趣味でもあるのかって言われても知らないよ~?」


「人を見た目で判断するような相手なら、その時点でその程度の人物だと見切りがつくさ。君が見た目だけの人間じゃないってことは、君を副長に推挙した僕が誰よりも理解してるしね」


「……へえ、そっか。ふ~ん……」


 自分のからかいの言葉に対して、真面目にも程がある答えを返した蒼の反応に素っ気ない態度を取るやよい。

 これは普段のように彼が慌てふためいてくれなかったことが不満だった……とかではなく、純粋に彼からの高い評価に照れていることを悟られたくないだけだ。


 多分、やよいの尻から尻尾が生えていたのなら、それは喜びの感情によって激しく左右に振られていることだろう。

 基本的には蒼にマウントを取れるやよいだが、こういう予想外のカウンターには弱いんだよなと二人のやり取りを見守りながらニヤニヤしていた燈は、親友の肩に腕を回しながら、やよいへとおどけた口調でこう言ってみせた。


「ま、そういうこった。そもそもお前、その乳と尻で幼女名乗んのは無理があるだろ? せめて無類の尻好きとかにしとけよ」


「……燈? 君、僕のことを馬鹿にしてるよね? っていうか誰が無類の尻好きだって? 君は僕のことをどう思ってるんだい?」


 軽く相棒をからかいつつ、やよいが元の調子に戻れるような軽口を叩く。

 そんなことをしている間に一行は領主が訪ねてきているという村長の家の前までやって来ており、十名近い警備の侍に行く手を遮られた燈たちは、彼らから警戒の眼差しを向けられながら声をかけられた。


「止まれ! 貴様ら、何者だ!?」


「我々は蒼天武士団。この漁村に数日前より拠点を構えさせていただいている者です。村長からこの家にこの一帯を治める領主さまがお訪ねになっていると聞き、ご挨拶のために馳せ参じました」


「蒼天武士団……? 銀華城の戦いで数多の鬼を討ち取ったといわれる、あの蒼天武士団か……!?」


 代表して警備兵に応対した蒼と、多くの男たちから敵意を向けられても一切動じる様子を見せない燈の姿を目にして、最後にやよいの方を見た侍が一瞬言葉を詰まらせたような反応を見せたが……間近から射貫くような蒼の眼光を浴びせられた彼は、びくりと体を震えあがらせると大きく咳払いをした後、自分を鼓舞するために偉そうな態度を取りながら三人へと言う。


「よし、わかった。今、宗獏さまに取り次いでやろう。暫しそこで待つがいい」


 そう言って、村長の家へと引っ込んでいった侍の姿を見ながら、燈が呆れたように息を吐いた。

 人を見た目で判断する人間はその程度の奴だと蒼は言ったが、確かにその言葉通りだなと……そう思いながら、あの侍に軽視されたやよいのことを案じた燈は、彼女のことを気にして視線を向けたのだが――


「……宗、獏? 今、宗獏って……?」


「……やよいさん? どうかしたの?」


「え? ……ううん、なんでもないよ」


 ――やよいは、警備兵が口にした宗獏という名を繰り返し、どこか険しい表情を浮かべていた。

 そんな彼女の様子に気が付いた蒼が声をかけてみるも、そこではっとしたやよいは誤魔化すような笑みを浮かべて曖昧にその話を打ち切ってしまう。


 この時点で燈は、何か嫌な予感を覚えていた。

 視線の先にある村長の家の扉を開けたくないような、その先に進みたくないような、そんな不穏な感覚が彼の身を包み始める中、そこに引っ込んだ侍が再び顔を出すと共に、またしても偉そうな態度で口を開き、三人へと言う。


「待たせたな。宗獏さまからの許可が出た。中に入れ」


「はっ、ありがとうございます……」


 そう、領主であると思わしき宗獏に取り次いでくれたことを侍へと感謝する蒼であったが、彼もまた燈と同じような嫌な雰囲気を感じているようだ。

 しかし、部下に取り次ぎまでしてもらった状態でやっぱり帰りますだなんてことを言うわけにもいかず、その予感が勘違いであることを祈りながら、彼は先頭を歩いて領主との挨拶に向かう。


「……失礼いたします」


 扉の前で挨拶をして、目の前のそれを開けて……中に入り、座敷へと上がる。

 三人揃って深く頭を下げ、再び顔を上げた視線の先には、村長ともう一人の男性の姿があった。


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