向かうは永戸


「どういうことだ? お前らが聖川の野郎を探すことが、どうして学校の連中の脱走を招くことになるんだよ?」


「……外に目を向け過ぎたんだ。消えた聖川会長たちばかりを気にし過ぎたせいで、俺たちは身内の混乱に気が付けなかった。俺に代わって代表格となった聖川会長が台頭間もなく一気にその座を追われた上に、死んだか野盗になっただなんて話が出たんだ。みんなも動揺していたはずだったんだよ。だけど、俺はそのことにまるで意識を向けることが出来なかったんだ」


 そう、悔しそうに拳を握り締めながら語る王毅は、自分の失敗を心の底から悔やんでいるようだった。

 少しずつ、話の先が見え始めた燈は、ただただ黙って彼の話を聞き続ける。


「……みんなの混乱は、俺や慎吾たちが学校を離れている間にどんどん膨れ上がっていった。その不安を抑え、集団を纏めるリーダーが学校にはいなかったんだ。俺は、聖川会長がいなくなっても幕府が目を付けた他の生徒たちが仲間を纏めてくれると思っていたんだけど、広がった混乱はそんなに簡単に治めることが出来る代物じゃあなかったんだよ」


「それで、その混乱がピークに達した結果、脱走者が出ちまったと?」


「ああ。度重なる戦いで少なくはない犠牲が出ている上に、権力を得た仲間が失脚して、野盗に身を落としただなんて話まで聞かされたんだ。だったらもう、自分たちも英雄の役目なんて放り捨てて、好き勝手に生きよう。このまま幕府に従っていても、元の世界に戻れる保証もないだろうし……と、脱走したメンバーと仲が良かった生徒が、彼らがそう語っていたと証言してくれたよ」


 そこで話を区切り、大きな溜息を吐いた王毅の顔には、焦燥と疲れの感情が色濃く浮かんでいた。

 前線に出て戦ったり、後方で仲間たちをまとめ上げ、幕府と交渉したり……彼には自分などには想像出来ない、様々な苦労があるのだろう。


 そう思いつつ王毅の身を案じた燈へと、顔を上げた彼は今日、ここを訪れた理由である、依頼の内容についての説明を始めた。


「……俺は今、慎吾たちと協力して学校内に蔓延する不安感を払拭することに力を注いでいる。しっかり内側を固めないと再び脱走者が出るだろう。そんなことが続けば、俺たちだけでなく大和国自体がめちゃくちゃになってしまう」


「だから、お前らは学校から逃げ出した連中を探すことは出来ない。だが、脱走者をそのままにしておくわけにはいかない。ひっ捕らえて学校に戻すにしろなんにしろ、せめて居所くらいは掴んどかねえとマズいわな」


「脱走した生徒たちの現在位置を突き止め、状況を調べる……その役目を、君たち蒼天武士団に担ってもらいたい。処刑してほしいとか、罰を与えてほしいわけじゃないんだ。今、どこで、なにをしているかを調べてくれればそれでいい。もちろん、学校に帰ってくるよう説得してくれたら最高だが……それが叶わなくとも、構いはしないさ」


 脱走者の行方を突き止め、彼らが悪行を働こうとしていないかを調べ上げる。

 このまま放置していては妖よりも大きな驚異になるやもしれない脱走者たちに関する問題は、一刻も早く解決しなければならないだろう。


 妖退治とは無縁の仕事ではあるが、大和国の平和を守るという意味では非常に重要な依頼だ。

 なにより、友人である王毅が自分を頼ってくれた以上、燈の中に断るという選択肢など存在していなかった。


「わかった。俺の仲間たちも、お前の頼みを拒もうだなんて言わねえはずだ。その依頼、引き受けるぜ」


「ありがとう。君たちの手を煩わせてしまって本当に申し訳ない。助けてもらってばかりだな、俺は……」


「銀華城ではお前たちに助けてもらっただろうがよ。その分の借りを返す時が来ただけだ」


「……ありがとう、虎藤くん」


 最初の感謝は依頼人として、二度目の感謝は友人として、燈へと違った意味合いの感謝の言葉を述べた王毅が僅かに微笑む。

 仲間たちや幕府とのやり取りで疲弊しているであろう彼の助けになればと依頼を引き受けた燈は、王毅から情報を引き出すべく、こんな質問を投げかけた。


「それで? 脱走した奴らの大まかな行先ってのはわかってんのか?」


「ああ、それは掴めてる。銀華城の戦いで虎藤くんが鬼との激戦を繰り広げたあの琉歌橋……あそこを通ったところまでは確認出来ているんだ。彼らはきっと、大和国南方にあるへと向かったに違いない」


「永戸、か……わかった。あとはこっちで調べてみる。お前は早く学校に戻って、自分の役目を果たすんだ。こっちのことは、俺たちに任せとけ」


「ああ、頼りにしているよ。何かわかったら連絡する。虎藤くんも、情報が掴めたら学校の方に連絡を寄越してくれ」


「おう、わかったぜ」


 立ち上がり、固く握手を交わす燈と王毅。

 短い会話であったが、お互いへの信頼を確かめ合った二人は、それぞれがすべき仕事を果たすべく、即座に動き始めたのであった。

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