最後の手記・舞台は南へ――
――零元五十二年、春の月
正式な辞令が降り、私が計画の責任者から外された時期と重なるようにして、幕府が四度目の異世界召喚実験を行おうとしているという情報を耳にした。
失敗こそあったものの、途中までは異世界の若者たちを兵士として運用するという計画が上手くいっていたことから、今回は幕府が徹底的な支援を行いつつ、より大規模な召喚実験を行う予定らしい。
噂によれば、今度は学校丸々一つ分を召喚するだとか、即座に彼らを英雄として祭り上げるだとか、そんな計画が立てられているらしいが、今の私には関係のないことだ。
私はもう、異世界召喚実験の責任者ではない。これから先のことは、他の人間に任せようと思う。
心残りがあるとすれば、同志たちの無念を完全に晴らすことが出来なかったということだ。
これまで多くの事故や不幸によって仲間たちが命を落としてきた。彼らは皆、この大和国の未来を想ってこの計画に尽力し、英雄の召喚を夢見てきた。
しかし……私は最後までその想いに応えることは出来ず、この戦いの場から去ろうとしている。
そのことを申し訳なく思うと共に、もう一つの心残りである、異世界の若者たちを巻き込んでしまったという想いも湧き上がってきた。
第一回から実験の主導を握り、兵士に相応しい年齢と境遇の人間を研究し尽くした結果、我々は年端もいかぬ子供たちを妖との戦いに巻き込んでしまったわけだ。
我々の身勝手のせいで平和な世界で一生を過ごすという、あちらの世界では当然の幸せを子供たちから奪ってしまったことに対してもまた、後悔してもし切れない。
きっと、幕府は次に召喚した異世界人たちを英雄として大々的に祭り上げ、丁重にもてなすつもりだろう。
そうすることで夢見心地な気分を味わわせつつ、元の世界の未練を断ち切らせる。それでも元の世界に戻りたいと願う者たちには、妖を退治すれば帰還出来ると嘯いて、強引に戦場へと送り出す算段なのだろう。
元より、そんなつもりは欠片もないはずなのに……利用される若者たちが不憫でならない。
これでは結局、最終的には第三回召喚実験の際の悲劇が繰り返されるだけなのではないだろうか?
我々のやったことは、この大和国に異物を紛れ込ませるような、よりこの国を混迷に導いてしまう愚行だったのではないだろうか?
多くの犠牲を払い、無関係の人間を巻き添えにして、そうやって得た結論がそんな虚しいものだなんて、本当は信じたくはない。
だが、しかし……今の私には、そうとしか思えないのだ。
かつて幕府と反目し、十傑刀匠の座から追放された三人の刀匠たちが言っていたことを、今になって思い出す。
刀は厳しく打ち据えてこそ強靭に育つ、人もまた同じ……この言葉が、今の私の胸には深く突き刺さる脇差のように思えてならない。
異世界人たちに頼るという安易な手段を選んでしまった私たちは、もしかせずとも誤った道にこの国を進めてしまったのかもしれないと、そう思う。
今、彼らは何をしているのだろうか? 三人中二人は消息が判っているが、筆頭である宗正だけは何をしているのかさっぱりだ。
こんな風に余計なことを考えてしまうのも、左遷されて暇になったせいなのだろうか?
こう言ってしまうとマズいのかもしれないが、研究と実験に忙殺されていたこれまでの日々と比べて、ずっと心が軽くなっているように感じる。
さあ……もう行こう。東平京ともお別れだ。
幽仙さまから一度自分の領地に来て、静養してはと申し出を受けたが、それは丁重に断っておいた。
仕事で得た苦しみは仕事の中で癒す。それが私のモットーだからだ。
それに……この苦しみは、私が一生背負って生きていくべきものであり、そう簡単に癒せて堪るか、といったところでもある。
これでいい、これでいいのだ。後はただ、次に召喚される若者たちの未来に幸運あれと祈って、私は表舞台から姿を消そう。
この手記を書くのも今日で終わりだ。頁もなくなってきたし、丁度いい頃合いだろう。
もしかしたら次の赴任先で新しい手記を書き始めるかもしれないが……それはまた、あちらでの生活に慣れてから考えればいい。
南の土地は熱く、不便だと聞いている。だが、住めば都という言葉もあるくらいだ、最初から悲観せずにいこう。
さらば東平京、私は琉歌橋を渡り、南へと向かう。
左遷先となった
それが贖罪になると信じて……ただ精一杯、生き続けるだけだ。
……追伸。
どうやら永戸の地には、幽仙さまと同じ七星刀匠に名を連ねる方の領地があるそうだ。折を見て、ご挨拶に向かおうと思う。
どんな方なのかは全く存じ上げないが、幽仙さまの同胞であれば特に心配はいらないだろう。
会うのが今から楽しみだ。
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