四日目・夜
「明日、また出かけてくるね。帰ってくるのも遅くなると思う」
「えっ……?」
蒼がやよいからそんな風に明日の予定を聞かされたのは、彼女と二人きりになる睡眠直前の時間のことだった。
唐突に、突然に、またしても今日と同じように長い間外出すると聞かされた蒼は面食らって目を丸くするも、直後に気を取り直して彼女へとこう尋ねる。
「そ、それはわかったけど、どうして僕にそのことを伝えるの?」
「いや、だって燈くんが言ってたじゃん。遅くなる時は報告してから出掛けろよ~、ってさ。だから、今のうちに蒼くんに言っておこうと思って」
「あ、ああ、そう……」
取り立てて蒼をからかうこともなく、やや事務的とも取れる理由を説明するやよい。
普段ならばここでからかいの文句の一つや二つが飛んでくることが日常茶飯事な蒼にとって、彼女のこの反応は意外なものであった。
てっきり、自分を不安がらせたり、心配させたりすると悪いから……くらいのことは言ってきそうなものだと思ってた蒼は、割とあっさりとした理由を口にしたやよいの反応に若干の違和感を覚える。
というより、少し前からどこか彼女らしくないなとは思っていたのだが、大概の部分に関しては普段通りだったので、あまり深く突っ込まないことにしていたのだ。
「……ちなみになんだけど、どこに行くの? 何をするとか、教えてもらってもいい?」
「ん~? ……秘密! 女の子には無数の秘密があるのだよ、蒼くん! それを暴こうだなんて、野暮な話ですぞい!!」
「そ、そっか、ごめん……」
どうにもらしくない彼女の様子に痺れを切らした蒼は、ちょっとばかしやよいに踏み込んだ質問をしてみた。
明日、どこでなにをするのか? という蒼からの質問に少しだけ考え込んだ彼女は、にぱっと笑うと黙秘という選択肢を取る。
それ自体は、決しておかしな話ではない。やよいにもプライバシーというものがあり、なんでもかんでも根掘り葉掘り聞くというのは、それこそ彼女の言う通り、野暮というものなのだから。
だが、そう言われると逆に気になってしまうというのが人間の性というやつであり、普段は開けっ広げなやよいが自分にも言えないような秘密を抱えて外出することに結構な動揺を覚えた蒼は、自分でも予想外なくらいのショックを受けていた。
(い、いや、何を考えているんだ、僕。やよいさんにはやよいさんの時間の使い方があって、それに関して僕がどうこう言うような権利はないんだ。弁えろ、僕!!)
やよいの予定を知りたいだとか、どこでなにをするのかを教えてほしいだとか、そんな束縛じみた考えを抱いてしまった自分自身を叱責し、胸の内のもやもやを振り払おうとする蒼。
これまでとはまた別の意味で思い悩み、悶々とした気持ちを抱えるようになった彼を尻目に、やよいはふんふんと鼻歌を歌いながら就寝のために明かりを消すべく、灯篭へと手を伸ばす。
「それじゃあ、明日も予定があるから明かりを消すね! おやすみなさい、蒼くん!」
「う、うん、お休み……」
これもまた、予想外。本当にあっさりと眠ろうとするやよいの態度に、蒼が更に疑念を深める。
昨日まであんなにお喋りしたり、体を触れ合わせたりして、自分と二人きりの状況であることを意識させようとしていたのに、今日はいやにあっさりとしているではないか。
からかわれたり、性欲に押し流されそうになる理性と本能との戦いを繰り広げる時間が恋しいわけではないが、全く相手にされないというのもそれはそれで寂しいものがある。
ちらりと、何も喋らずに布団の中で丸まって眠ろうとしているやよいの姿を見やった蒼は、自分の胸の中でほんのわずかな痛みが走ったことを感じた。
明日に備えて早めに寝るということは、その外出が自分と二人きりで過ごす今の時間よりもずっと恋しいということなのか? 今のやよいは、自分のことなど眼中にないということなのだろうか?
そんな情けのない感情が沸き上がることを感じた蒼は、口から吐き出しそうになった溜息を必死に飲み込み、同時にその思いも無理やりに胸の中に押し込む。
こんな感情、絶対にやよいにだけは知られたくない。知られるわけにはいかない。
自分もとっとと寝て、何も考えなくて済む夢の世界に旅立つのが吉だ。
そんな風に自分自身に言い聞かせ、懸命に胸の中で渦巻く感情を押し止めた蒼は、暗闇の中でぎゅっと瞳を閉じて、一秒でも早く眠りに就こうとした。
しかし……やよいに挑発されたわけでも、情欲を刺激されたわけでもないのに、どうしてだか一段と眼が冴え、心が落ち着かなくなっている彼は、悶々とした気分を抱えたまま、眠れない一夜を過ごしたのであった。
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