落としどころと新たな火種



「うん……?」


「私たちに対して誠意を見せる、ってそう言ったよね? その言葉に嘘はないよね?」


「う、うん?」


 何か変だと燈が気が付いた時には、手遅れだった。

 こころは既に、彼から確固たる言質を取ってしまっていたのだから。


 すすり泣いていた悲し気な表情を引っ込め、それとは真逆の満面の笑みを浮かべる彼女の表情を目にした瞬間、燈は自分が嵌められたことに気が付く。

 そうして、がっちりと彼を罠にかけた強かな少女は、今しがた彼が口にしたばかりの言葉を盾に要求を突き付けた。


「誠意を見せてくれるってことは、私たちのお願いを聞いてくれるってことだよね? まさか、男の子が今の台詞やっぱなし、だなんてことは言わないでしょ? いや~、何をしてもらおうかな~?」


「待て、待て待て待て! 椿、お前……嵌めやがったな!?」


 先程までの涙は全部嘘泣きか……と、こころの演技にまんまと騙された燈が愕然としながら惚けた言葉を吐く。

 よもや彼女に騙されるだなんてとショックを受ける彼であったが、こころの策略にこれ幸いと乗っかった残り二人の少女たちもまた、彼に対して要求を突き付けようとしていた。


「こころの、言うことを聞くのなら……無論、私たちのお願いも聞いてもらう」


「今回の一件で最も恥を掻かされたのは私だからな! その分の償いは当然してもらうぞ!!」


「えぇ? あぁ、くっそぉ……!!」


 ……どうやら、逃げることは出来ないようだ。

 折檻は避けることが出来たが、より面倒な事態になってしまった感は否めない気もする。

 だがまあ、確かにこの辺が落としどころか……と、観念した燈は、大きな溜息を諦めの感情と共に吐き出した後、三人娘へと言う。


「言っとくが、過激な頼みは絶対に聞かねえぞ? 抱けだとかなんだの言われたら、それが間違いなく新しい騒動の火種になるからな」


「ちっ……! まあ、仕方がない。今回の手打ちとするなら、逢引くらいが落としどころだと思う」


「逢引……デートだね!? それじゃあ、私たちと一回ずつ昇陽の街を回るってことで! ふふっ、私、一度行ってみたい甘味処があったんだ!」


「念のために言っておくが……金子はお前が持てよ、燈? 女に財布を出させるような真似をするんじゃあないぞ?」


「ぐっ、わあったよ! ったく、とんだ出費だぜ……」


 大和国西の都の名に相応しく、結構な高級品が集まったりする昇陽の街で女の子とのデート×三回。

 その料金を全て自分が持つとなると、かなりの金額が財布から飛んでいくことは間違いないだろう。


 まあ、銀華城の戦で得た恩賞や先の依頼で手に入れた報酬の金が残っているから、ある程度の余裕はあるのだが……痛い出費であることには間違いない。


「いいじゃない! 考え方を変えれば、痛い目に遭わずに可愛い女の子たちと三回もデート出来るってことなんだから!」


「それはそれで、お得……! やったわね、燈……!」


「ちきしょう、奢られる側だからって好き勝手言いやがって……! 俺の財布のこともちったぁ考えろってんだ」


「ふんっ! 私が受けた辱めを考えれば大したこともなかろう! 当日は覚えておけよ? たらふくお前の金で飲み食いしてやるからな!!」


 堂々と鼻を膨らませながらの栞桜の宣言に肩をがっくりと落として項垂れる燈であったが……そんな二人を尻目に、こころと涼音はちょっとした作戦会議のようなものを行っている。

 ひそひそと声を落としての会話を繰り広げる彼女たちは、新たに始まりそうな戦いに向けての後ろ暗いやり取りをしている真っ最中だ。


「どう思う? 本当にそんなことをすると思う?」


「う~ん……何だかんだで栞桜ちゃんは臆病者だからなぁ。多分、そこそこに食べてあんまり燈くんにお金を出させないようにするとは思うよ」


「そう。残念ね。ここでドカ食いしてくれれば、相対的に私たちの評価が上がったかもしれないのに……」


 ……彼女たちにとって、逢引は終着点ではない。

 燈と更に仲を深めるための通過点でしかないのだ。


 男女二人きりで仲良く楽しい時間を過ごしつつ、そこで相手の心象を良くする立ち振る舞いを見せることこそが最上。

 例えば……デート資金を出してくれる男性の財布事情を心配し、慎ましやかに振る舞うことで、こいつは男を気遣ってくれる女なのだなと思ってもらうことこそがそれである。


 こうやって、遠慮なしに飲み食いして燈に散財させてやると嘯きながら、実際はあまり出費をさせないという逢引を行えば、多少は彼も気を良くすることになるだろう。

 デートが始まる前から、戦いの火蓋は切って落とされている。故に二人は、今回大胆な行動を見せた栞桜を抜きにした同盟を組み、事に当たろうとしているのだ。


「……まあ、暫くは仲良くしましょう。私たち、恋敵だけど親友だしね」


「そうだね! 栞桜ちゃんに負けないように、私たちはしていこうね!」


 穏やかな物腰の裏で神算鬼謀を巡らせる強かなこころと、行動が読めない上に大胆にも程がある行動をやってのける涼音。

 絶対に組んではならない二人が手を組み、栞桜という強大な敵に立ち向かう同盟を結んだ今、彼女たちの戦いは大きな転換期を迎えようとしている。


 大艦巨砲(巨乳)主義のごり押し娘、栞桜。

 策略と智謀の女、こころ。

 そして予想外の行動で相手を惑わせる暗殺者、涼音。


 三者三様の武器を手に恋愛戦線を勝ち抜こうとする彼女たちの戦いはより一層激しくなる兆しを見せながらも、この後に控える出費で関する悩みで頭を抱えている燈はそのことに全く気が付かず、それがまた新たな騒動を巻き起こす火種になろうとしているとは、これっぽっちも考えていないのであった。

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