さらば、宗正
「マジでなにやったんですか!? あの百元さんがあそこまでブチギレるだなんて、相当のことっすよ!?」
「な、なんか、涼音の奴が大量の春画を注文しててな。それも元を辿ればわしが原因だったっぽくって……」
「原因だったっぽくて、じゃないでしょ!? っていうか、この騒動って全部師匠が原因じゃないっすか!? やっぱり無駄な足掻きなんかせず、素直に春画全部燃やされときゃよかったんですよ!!」
自分と蒼に度重なる心労を味わわせ、蒼の部屋を完膚なきまでに破壊し、女性陣に大いなる勘違いを抱かせた上に、桔梗と百元までを激怒させる事態を引き起こした宗正へと、燈の鋭い突っ込みが飛ぶ。
こんなことになるのなら、仏心を出して春画など匿うんじゃなかったと、心の底から後悔し始めた燈の背後で、修羅と化した師匠二名が物静かな怒りの唸りを上げた。
「大体の状況は理解出来たよ。どうやらあんた、坊やたちを利用して、悪趣味な品を隠してたみたいだね」
「こんな青少年に害悪な物品を自分の弟子に持たせるなんて……君は本当に懲りない奴だな」
そう言いながら、からくりに半壊した蒼の部屋を捜索させていた百元が、仕事用の箱の中に隠されていた三冊の春画を宗正へと見せつける。
生意気な少女を屈服だとか、お尻をどうこうだとかの明らかに人目に付かせたくない文字が踊るそれらの本を目にしている宗正は、明らかに狼狽しながら汗を滝のように流していた。
「え、ええっと……わわわ、わしは、そんな本知らんな~? そ、蒼の私物なんじゃないかな~?」
「……へぇ、そうかい? これはあんたの物じゃあないと、そう言うのかい?」
「い、いや~、弟子の性癖をどうこう言うつもりはないけどな? お尻に生意気少女に小柄な女の子とくれば、それもうやよいを性欲の対象として見て――」
なんとか、少しでも罪を軽くしようと苦しい言い訳を口にする宗正は、非常に良く出来た孝行息子である蒼が自分の罪を被ってくれることを期待しながら必死に弁明を繰り返していた。
やよいを引き合いに出し、何とかして自分が渡した本を蒼の物だと納得させようとした宗正であったが……その瞬間、彼の顔の真横を鋭い青の光が飛び、鋭い刃が頬を掠める。
「ほひっ……!?」
どすっ、と音を立てて残り少ない壁に投擲された『時雨』が突き刺さった。
激しい怒りと、僅かな殺意を掠めた刃から感じ取った宗正が恐る恐る視線を武神刀が飛んできた方向へと向ければ、再びやよいを布団へと寝かせた蒼が、桔梗たちよりも恐ろしい表情を浮かべながらこちらを睨んでいるではないか。
「そ、そそそそ、蒼? あ、あれぇ……?」
「……いいですか、師匠。一度しか言わないから、よく聞いてくださいね」
悪鬼も恐れ戦く激怒の表情を浮かべた蒼が、壁から『時雨』を引き抜く。
そのまま、氷のように冷え切った感情を瞳に映した彼が、地雷を踏んだ己の師へと言い聞かせるようにして言った。
「僕は、やよいさんに、そんな感情を抱いてはいません。劣情なんて、以ての外、です……!!」
「い、いや! わかってる! それはもう重々に理解しておる! さっきのは言葉の綾というか、ちょっとした言い間違いというか――」
「と言うより師匠、僕の方からもちょっと質問があるんですけどね。ああいった本を所持していて、しかもあれを処分されることが我慢ならない秘蔵中の秘蔵として選択している以上、師匠はあのような本に描かれた女性の艶姿を好んでいるということになりますよね? まさか、まさかとは思いますが……やよいさんに邪な感情を抱いている、なんてことはありませんか?」
「ひえっ……!?」
物静かに、物凄い圧を出しながら自分を詰める蒼の姿に、思わず悲鳴を上げる宗正。
最近こいつ、やよいのこととなると冷静さを失うな……と、男として若干の成長を見せている一番弟子のことを喜ばしく思いたいところだが、命の危機が迫っている今はそんな余裕はない。
また一人、自分に対して怒りを向ける人物が増えてしまった。
どうにかして親友たちと弟子の怒りを鎮める方法を見つけ出さなければと、その仲裁に入ってもらえる人物を探した宗正は、もう一人の弟子である燈にその役目を担ってもらおうとしたのだが――
「あ、あかっ……あれぇっ!?」
大慌てで振り返った先に、燈の姿はなかった。
二番弟子が忽然と、煙のように消え失せた様に驚き、素っ頓狂な悲鳴を上げる宗正の背後から、三つの唸り声が響く。
「さぁて……年貢の納め時だね、宗正ぁ……!!」
「……教育の時間だ。大丈夫、やり過ぎないように注意するよ。注意するけど……うっかり手が滑って殺してしまったら、ごめんよ」
「事細かに、詳しく、お話を聞かせていただきましょうか? 自分の師が団員に色目を使っているとあっては、団長としてあなたに厳しい処分を下さざるを得ないので」
「ま、待て……! 話せば、話せばわかる! 一度落ち着いて、わしの話を――」
懸命に、必死に、話し合いでの解決を試みようとする宗正であったが、既に蒼たちの怒りはその域を超えていた。
問答無用の意志を放つ圧と気で語り、各々が武器を構える三名の影が大きく跳ね、その気力が弾けた瞬間、恐怖に目を見開いた宗正の盛大な悲鳴が、昇陽の街に響き渡った。
「ぎ、ぎやああああああああああああああっ!!」
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