師匠乱入


「今の、声って……」


「桔梗さん、かな……? けど、なんだかただ事じゃあないような……?」


「お、怒っている……! おばば様のあの様子は、本気で怒っている証拠だ!! む、昔、やんちゃが過ぎた私たちがおばば様を本気で怒らせた時と、全く同じ声色をしているっ!!」


 その声を耳にした三人娘がそれぞれの反応を見せ、特に栞桜が恐ろしさに震え上がった。

 心なしか気絶しているやよいもうんうんと唸り声を上げるようになっており、さながら悪夢を見る子供のように苦し気な表情を浮かべているように見える。


 一発で理解出来る異常事態を把握した燈は、まず間違いなく桔梗の怒りの原因となっているであろう自身の師匠へと詰め寄り、事情を問い質していった。


「し、師匠? なにしたんすか!? 桔梗さん、マジギレしてるんすけど!?」


「い、いやあ、あのな? 実はちょっとした揉め事があって、百元が首を吊ろうとしたんじゃよ。それを止めるために必死になってる最中にな……ぽろっと、わしが秘蔵の春画をまだ隠し持っていることを言ってしまってな……」


「あんた……っ! なにしてんすか!? 俺と蒼が大恥搔いてまで庇ってあげてたのに、自滅してどうするんですか!?」


「いやいやいや、わしも必死だったんじゃって! 不可抗力だったんじゃって!! でまあ、それを聞いた桔梗がまたとんでもない騒動の火種を持ち込みやがって……と、怒り心頭になってな。盛大にぶっ飛ばされてこんな有様に――」


「自業自得じゃないっすか!? 完全に師匠の自爆から始まった自己責任の賜物じゃないっすか!! もう俺知らないっすよ!? 俺がフォローするのにも限界がありますって!!」


「ま、待て! まだ重要な情報があって――」


 この異常事態を自爆で引き起こした師匠への怒りと呆れを半々にした感情をぶつける燈を制した宗正が、決死の表情で何かを伝えようとする。

 だが、彼が説明をするよりも早く、新たな異常事態が文字通り蒼の部屋へと飛び込んできた。


「あ、あれ? なにかな、これ……?」


 ぶいーん、と音を立てて飛来した何かを目にしたこころが呟く。

 人の顔面ほどの大きさをしたそれは、どことなく飛行型のドローンに似ていた。


『ムネマサ、ハッケン。ムネマサ、ハッケン。モクヒョウハ、ソウノヘヤニイマス』


「しゃ、喋った!? どういう仕組みのからくりだ、これは!?」


「これは、確か――」


 飛んだり音声を発したり標的を捜索したりと、多彩な機能と高性能っぷりを発揮するそのからくりに驚嘆する栞桜の隣で、何かに覚えのある涼音が呟きを漏らす。

 なんとなく、嫌な予感と不安要素が倍々ゲームで増えていく状況のなかで、戦々恐々としている燈がごくりと息を飲んだ瞬間、それは起こった。


「む~ね~ま~さ~っ!!」


「ひ、ひいいっ!?」


 どごぉん! と音がして、また別方向の壁がぶち壊される。

 同時に天井が打ち抜かれ、頭上の方向から何かが落下しながら自身の部屋へと侵入する様を目にした蒼は、最早諦めの境地に達した心のままに嘆きの言葉を口にした。


「壁も襖も天井も破壊されて……僕、今日からどこで眠ればいいんだろうなぁ……?」


 しっかりとやよいを抱き締め、壁や天井の残骸から彼女を庇う蒼に対する同情を抱く一同の前で、彼の心(と彼の部屋)をズタボロにした人物たちがゆっくりと顔を上げる。


「宗正、あんたって奴は本当に懲りない男だね……!! 今度は春画じゃなく、あんたのことを燃やしてやろうか?」


「旧友だからと君の奔放さは見逃していたが、それが弟子たちの不利益になるというのなら話は別だ。僕の方から、君を教育した方が良さそうだね……!!」


 般若か、悪鬼か。人ならざるものとしか思えない凶悪さを秘めた怒りの表情を浮かべる彼らの姿を目にし、憤怒の文言を耳にした燈へと、恐怖が一周回って愉快さになってきた宗正がおどけた声でこう告げた。


「お、怒ってるのは、桔梗だけじゃなくって……百元もなんじゃよね~!」

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