会話の歯車が噛み合っていません


「い、いや、気にするな。私たちも暴走してお前に迷惑をかけたことだし――」


「さっきも言ったけど、そういう本を持つことはおかしいことじゃない。大丈夫よ、燈」


「わ、私たちも出来る限り忘れるよう努力するから! 燈くんも、あんまり思いつめないでね? ねっ!?」


 ……これでいい、これでいいのだ。そう、燈は自分に言い聞かせ、納得させた。


 こころたちは自分の恥を言いふらすような人間じゃあないし、それをわざわざ師匠たちに相談するような女性たちでもない。

 こうして、あの春画たちが自分の物であると燈が言えば、彼女たちはそれを口外せぬように注意を払ってくれるだろう。


 問題は、これから暫くそういった目で彼女たちに見られることだが……師匠の名誉と命に比べれば遥かに軽い代償だ。


 後は一刻も早く宗正が自身の問題を上手いこと解決してくれることを祈りながら、春画を返却するタイミングを待てばいい。

 ……と、考えていた燈であったが、そんな彼の目の前で繰り広げられる三人娘の会話は、誰もが予想出来ない展開へと進んでいってしまった。


「ま、まあ、その、なんだ……お節介というか、無神経だと言われるかもしれないが一つだけ……しゅ、趣味だけは、どうにかした方がいいと思うぞ?」


「……確かに、そうかも。あれは、あまりよろしい趣味ではない」


「え? そう? 私は別に問題があるとは思わないけど……?」


 三人娘の話の内容は、春画の内容へと移っていった。

 それぞれ自分たちが目にした春画の内容を思い返し、それについて燈や仲間たちに意見を述べる彼女たちではあるが……この時点で既にちょっとした食い違いが発生していることに皆さんもお気付きであろう。


 それもそのはずで、彼女たちが見た本は全員が全員、全く違う内容なのだ。


 こころが読んだ春画はジャンルでいえば純愛本。

 若夫婦の仲睦まじい生活と夜の交わりを描写した、一般的(といっていいのかは判らないが)な分類に属する春画だ。

 なので、燈が特に狂った趣味をしているとは思わず、どうして二人がその趣味を否定するのかが判らないでいる。


 続いて、涼音が目にした春画は自分が持ち合わせていない大きな胸や尻を強調した女性が多く描かれている本。

 当然、それをコンプレックスに思っている彼女はもっとスレンダーな女性(はっきりいえば自分のこと)を好きになれと呪いにも近しい感情を燈に向けている。

 先の話題に関しても、春画の分類や内容ではなく、を変更しろと燈に言っているわけだ。


 そして最後、栞桜。彼女が読んだのは自分のような女剣士が敗北の末に男性に凌辱される内容の春画である。

 そういった暴力的な一面があるってだけで嫌いにはならないけど、出来たら惚れた男には優しくあってほしいな……という、乙女心的な部分が出たからこそ、彼女は敢えて燈のプライバシーに踏み込んだのであろう。

 これもまた、当然と言えば当然の意見である。傍から見れば、燈(宗正)の趣味はそこまで褒められたものではないのだから。


 とまあ、そんな感じに彼女たちがそれぞれ思い違いを有しているということを念頭に、以下の会話を聞いてほしい。


「ん……? まあ、こころはあまり気にする必要はないか。お前は条件から外れているわけだしな……」


「は? 条件から外れてる? ……それってどういう意味かな、栞桜ちゃん?」


「……? そのままの意味だが? あの春画の内容なら、お前よりも涼音の方が条件を満たしているだろう」


「なに、栞桜? あなた、私に喧嘩売ってる? 果たし合いを所望なら、喜んで買う、けど?」


「なんでお前たちは怒っている? 私、変なことを言ったか?」


 ……さて、必要はないかもしれないが、一応、念のために、解説を入れておこう。


 最初の栞桜の台詞は、剣士である自分と違って非戦闘員であるこころならば敗北やら凌辱やらの憂き目に遭う必要もなく、そこまで気にしなくていいかという意味の言葉。こころが条件から外れているというのは、彼女が剣士ではないということを意味している。


 しかして、その言葉を受けたこころは、自分には若妻として燈の伴侶になる資格はないと言われたと思い込んでしまった。

 三人の中で炊事掃除洗濯といった家事全般を間違いなく上手くこなせる自分が、壊滅的な家事しか出来ない栞桜と涼音よりも下だとはどういう了見だと彼女は怒っているわけだ。


 そして、二度目の栞桜の言葉を受けた涼音もまた、彼女が完全に自分を馬鹿にしているとその言葉の意味を判断した。

 彼女が読んだ本は大きな胸の女性たちが勢揃いしている内容の春画で、明らかに自分は彼女たちとかけ離れた胸をしている。

 それを当て擦るように、爆乳の女が巨乳の女を差し置いて自分の方が条件に見合っているなどとのたまったのだ。そりゃあ、彼女だってキレるに決まっているだろう。


「な、なんだ? どうしてそんな反応をする? お前たちはその、あの本に描かれていた女のようになりたいのか?」


「当然……! ああなれたなら、本望。あなたにはわからないでしょうけど、私にとっては大きな目標……!!」


「そうなのか!? え? そ、そういうものなのか!?」


「女の子だったら誰だってああいうのには憧れるでしょ。男の子もああいう女の子は好きだろうしさ」


「憧れっ!? い、一般の女性はあ、あれに憧れるものなのか!? で、では、私がこれまで信じてきた常識とはいったい……!?」


 ……もう説明はしない。する必要もないだろう。

 この三人、見事に、絶妙に……会話が、嚙み合っていないである。

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