矛先転換


「えっ!? い、いや、なんでもないよ? ちょっと話をしてただけで……」


「……怪しい。露骨に、怪しい」


 唐突に話を振られた蒼が、やや狼狽しながら答える様を見た一同の心境を涼音が代表して口にした。

 視線を泳がせ、若干の汗を流しながら何もなかったと述べる彼の姿は冗談抜きに不審で、そんな反応を見た者が蒼はよからぬことを考えていたのではないかと疑ってしまうことを責められはしないだろう。


 予想外の方向から攻撃を喰らった上に仲間たちからの疑いの眼差しを浴び始めた蒼が焦りの感情を抱き始める中、彼にとってよろしくない事態が続く。


「ん? なんだ、これ……?」


 そんな風に、何かを見つけた栞桜が呟きを発しながら、自分の足元に転がってきた瓢箪を拾う。

 その口から僅かに零れている液体の臭いをくんくんと嗅いだ彼女は、それが酒であることに気が付いてばっと顔を上げ、言った。


「蒼、貴様……! さてはやよいに酒を飲ませ、酩酊状態にして襲おうとしたな!?」


「でえぇっ!? な、なんでそうなるのさ!?」


「惚けても無駄だ! この瓢箪が何よりの証拠だぞ!!」


「いや、それは僕が用意したものじゃなくて、やよいさんが自分から持ち込んだもので――」


「やよいはおばば様から酒を禁じられているんだぞ!? そんなことをするか!!」


 徐々にだが、蒼は一つの予感を覚えつつあった。

 いや、予感というよりかは確信に近い感覚かもしれない。


(あれ、もしかして僕、詰んでない?)


 誤解が誤解を招く状況に終止符を打つためにはやよいから話を聞く必要があるのだが、そのやよいは燈たちのせいで大絶賛気絶中。

 これでは誰も自分の無実を証明出来る人物がいないではないか。


 仮にやよいが目を覚まし、自分の弁護を行ってくれたとして……そうなれば、おそらくは宗正から預かった春画にも話が及ぶだろう。

 燈と蒼が同じタイミングで春画を所持していることがバレるというのは、なんだか怪しいものがある。

 そんな風に違和感を抱いた女性陣がこのことを桔梗に報告したら、宗正も併せて自分たちもお説教並びに折檻を喰らうのは目に見えていた。


「見損なったぞ、蒼! お前がそんな男だったとは!!」


「男はやっぱり狼なのね……蒼ですらこうなのに、どうして燈は私に手を出さないのか……?」


「……なあ、俺にも被害及んでない? 軽く馬鹿にされてるよな?」


「あの、いや、だから……僕はそんなことはしていないっていうか、別に襲おうとなんてしてないっていうか……」


 そして、何よりも問題は……先程、栞桜に言われた事実が、あながち的外れというわけでもないということだ。

 別に自分は酒に酔わせてやよいを襲おうとなんてしてないし、そんなことを考えたつもりもない。ただ、結果として彼女とそういう雰囲気になったことだけは否定のしようがない事実でもある。


 あの時、燈が部屋に飛び込んで来なければどうなっていたか?

 ……それを考えると、どうしても自分に向けられる疑いの眼差しを力強く振り払うことが出来ない。


 良くも悪くも正直なこの男が、そんな理由でしどろもどろになりつつも必死に濡れ衣を晴らそうとしていると――


「待ってよ、みんな。蒼さんがそんなことするはずないじゃない」


 凛とした、はっきりとした声が室内に響く。

 そうやって自分を庇ってくれたこころへと視線を向けた蒼は、先程までとは打って変わって冷静な姿を見せている彼女にこの上ない頼もしさを感じていた。


 そうだ、考えてみれば、自分は少し前に台所に行き、こころと顔を合わせているではないか。

 客人をもてなすために二人分のお茶とお茶菓子を用意して部屋に戻った自分の姿を見た彼女ならば、自分の無実を証明してくれるはずだ。


 わざわざこれから悪行を働くという男がそんな真似をするはずがないということをこころが証言してくれれば、それだけで自分の疑いはぐっと軽くなるはず……と、期待を込めた眼差しを彼女に向ける蒼であったが、そんなこころの口から発せられたのは、彼の予想の斜め上を行く弁護の言葉であった。


「よく考えてみてよ……そもそもそんな回りくどいことしなくても、その気になった蒼さんをやよいちゃんが拒むと思う?」


「え゛っ……!?」

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