栞桜、最適解を導き出す



(そ、そうか! 先に着物を脱がなかったから、燈も手を出していいのかどうかがわからなかったということか!! 寝ろと言われてそのままほいほいと布団の中に入り込む馬鹿が何処にいる!? 少しはものを考えろ、私!)


 寝る……燈が口にしたその言葉には、通常の意味ではない裏の意味が存在していたはずだ。(決してそんなことはない)

 要するにあれは彼からの覚悟を決めろというご達しであり、それを理解したならば自分も彼に抱かれるための準備を整えて然るべきだったのである。


 だがしかし、栞桜はその言葉の意味に気付きながら、そのままの状態で布団の中に潜り込んでしまった。

 これでは相手が交わりを同意しているかどうか判らず、燈が手を出せなくなるというのも当然の話だ。


 仮にこれが涼音であったら、間違いなく彼女は着物どころか下着すら即座に脱ぎ捨てて生まれたままの姿になっていたであろう。

 一応、先程まで自分は彼に抱けだのなんだのと言っていた記憶はあるが、それが戯れなのか本気なのかが行動からは判断がつかないということだ。


 特に自分の場合、色恋沙汰についての知識が無さ過ぎてその辺りの状況判断が特に難しいのだろう。

 部屋に乗り込んできたは良いが、そこから先の展開がぐだぐだ過ぎてどうにも話がおかしな方向に進んでいるのは、そういった事情が関係しているのだと、素敵な勘違いをした栞桜はごくりと息を飲むと共に軌道修正にかかる。


(か、考えてみれば、燈のこの妙な子守唄も私の覚悟が決まるまでの時間稼ぎをするためのものなのではないか……? や、やはり、奴もこの機会を逃すのは惜しいと考えてくれてはいるようだな……)


 こんな妙ちくりんな子守唄を歌う奴が、本気で相手を寝かしつけているとは考えにくい。

 これは栞桜が準備を整えるまでに時間を稼いでやろうという燈の心遣いであると同時に、彼の助平心の表れでもあると判断した栞桜は、燈も何だかんだで自分を抱くつもりはあるのだなと、またしても素敵な勘違いをしてしまったようだ。


(しかし、どうする……? ここからどうすれば再び交わりが始まるような雰囲気を引き戻せる?)


 既に眠気が吹き飛んだ栞桜は、懸命に浅いにも程がある男女の理についての知識を総動員し、状況を打開する方法を考え始める。


 いきなり飛び出して押し倒すというのはやはりムードがないし、燈の趣味嗜好とは合わないだろう。

 彼が望んでいるのは恥ずかしがる女剣士を徹底的に凌辱し、相手に自分が女だということを思い知らせた上で屈服させるような激しい行為なのだから。


 しっかりじっくりとその春画の内容を読み込んでいるむっつりすけべの栞桜は、やはりここは自分が受けに回る必要があると判断し、その方法を模索していく。

 やはり妥当なのは着物を脱ぎ、下着姿程度の格好になることだが……いきなり布団から飛び出してそんな真似をしては、もう完全に絵面が喜劇以外の何物でもなくなってしまうことが問題だ。


 どうにか、燈に気付かれないようにして脱衣する方法がないものか、と……必死に考えを巡らせた栞桜が目にしたのは、この部屋を照らしている光源こと行燈あんどんの燈火だった。

 電気技術は発達していないものの、気力による発光性能を大いに高めているお陰で燈たちの世界の照明器具と大差のない明るさを作り出しているそれを両目に映した栞桜は、そこで奇跡的な確立の下にこの場における最適解というものを導き出してしまう。


「す、すまない、燈、ちょっといいか……?」


「お、おう? なんだ、どうした?」


 頬を赤らめ、羞恥を必死に押し殺しながら、覚悟を決めた栞桜が口を開く。

 そんな彼女が発するただならぬ気配を感じながら反応を見せた燈が緊張感を高める中、栞桜はまさにこの状況にうってつけの一言を口にした。


「へ、部屋の明かりを、消して、くれ、ないか……?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る