鈍いのはお互い様
「蒼っ! 蒼ーーっ!! 頼むからもうやめてくれ!! そいつ死ぬから!! いい加減に死んじまうからっ!!」
「大丈夫、大丈夫だよ燈。僕がそんなヘマするわけないでしょ。しっかり手加減してるさ」
「それは手加減じゃなくって、死ぬ寸前で痛めつけてるっていうんだよ!! もうそろそろ落ち着けっ! ああっ! 言ってる傍から殴るなっ!!」
お手玉のように宙を舞い、蒼に殴り飛ばされて再び浮かび上がっていく偽蒼の姿を見ながら、あまりにも過激な折檻を行う相棒を止めるべく声をかける燈。
涼音も栞桜も正弘も、怒りのボルテージを振り切らせた蒼の激情に恐れをなしており、顔を青ざめさせてなにも言えないでいる。
「もう止めろって! やよいも無事だったし、そもそもお前がぶち切れるような事態でもなかっただろうがよ!? そりゃあ、あいつにムカついてたってのはわかるが、これはやり過ぎだ!!」
「だから、別に、僕は怒ってない。切れてもない。平静そのものだよ」
「嘘吐くなっ!! ここまでする奴のどこが切れてないってんだ!?」
意識を失い、格闘ゲームの空中コンボよろしく宙を舞う偽蒼を指差しながら燈が言う。
いい加減に蒼のことを面倒に思い始めた燈が強引な手段で彼を止めようとした時、今の(というより常にだが)蒼に最適な突っ込み役が、いつも通りの方法で頭に血が上った彼を止めるための一撃をぶちかましてくれた。
「はい、そこまでねっ! 本日二回目のお尻、どーんっ!!」
「ぶぐっ……!?」
顔面に直撃する柔らかくて大きな尻での一発に呻きを上げ、数歩後退る蒼。
折檻を注視させられた蒼に代わって落下してくる偽蒼の体をキャッチした燈は、一見ぼろぼろに見えて思ったよりも程度が酷くない彼の状態に驚くと共に、自分が思っていたよりも数段は落ち着いていた蒼の状態を悟り、目を丸くする。
確かに、しっかり手加減はしていたみたいだが……それでもやはりやり過ぎの範疇を超えている感じは否めない。
そう感じていたのはやよいも同じだったようで、彼女は先程まで人質に取られていたとは思えない程の剣幕で蒼へと説教をしている真っ最中であった。
「蒼くん、流石にやり過ぎ! 確かにこの人は悪い人だけど、ここまでやることないでしょ!? あたしが乱暴されたからって、そこまで怒る必要ないじゃない!!」
「別に、怒ってない。君ならあの程度の拘束は簡単に抜け出せることくらいわかってたし、彼が口にした罵詈雑言も強がりだってことも理解出来てる。君が思っているより、僕は冷静だよ」
「ふ~ん、あっそ……でもやり過ぎはやり過ぎ! これはこれで蒼天武士団にとって悪い噂が流れちゃうでしょ!? 全く、普段は誰よりも我慢強い癖に、どうして今回はそんなに怒っちゃったのさ?」
「だから、僕は怒ってない! 蒼天武士団の名前を悪事に使われたことに関しての憤りはあるけど、個人的な恨みを抱く理由なんてどこにもないじゃないか! どうして君も燈も、誰も彼もがそうやって僕が怒ってるって決めつけるのさ!?」
「周りの人の目から見て、蒼くんが怒ってるように見えるってことでしょ。今の蒼くんの姿を見たら、百人中九十九人が怒ってるって言うよ。あ、残りの一人は蒼くん自身ね」
はあ、と大きな溜息を吐き、蒼の言動をそう評価したやよいが彼を嗜めるように言い切る。
その言葉に対して、何か言い返そうとした蒼であったが……暫し押し黙った後、やよいへとこんな質問を投げかけた。
「……君の目から見ても、今の僕は怒ってるように見えるかい?」
「うん、見える。っていうか、むしろそれ以外に見えない」
再び、きっぱりと自身の様子をそう評価したやよいの言葉を受けた蒼は、数秒間に渡って難しい顔をした後……大きく溜息を吐き、諦めたような口調でこう言った。
「……わかったよ。やよいさんがそう言うのなら、間違いないんだろう。自分では気付かなかったけど、僕は怒ってる。折檻もやり過ぎた、ごめんなさい」
「わかったならよし! そりゃあ、自分の偽者が敬愛する師匠たちの夢である武士団の名を貶めてたら怒るとは思うけどさ、燈くんや栞桜ちゃんが一生懸命に怒りを抑えてるのに、団長である蒼くんが暴走しちゃったら示しがつかないじゃない。そういう面でも団長としての自覚が足りてないっていうか、よくわからないところで変に振り切っちゃうの、あたしは良くないと思うな!」
「ああ、以降は気を付けるよ。君の忠告も胸に刻んでおく」
ようやく、やよいの言葉を受けて普段の冷静さを取り戻した蒼が、彼女のお説教に素直に頷き、反省の弁を述べた。
散々殴り飛ばされた偽蒼の応急処置を終え、他の偽蒼天武士団の面々を捕縛した偽栞桜こと御庭番衆の忍は、そんな二人の様子を見つめながら引き攣った顔で燈へと一つの問いかけを口にする。
「ね、ねえ……あの子たち、お互いに無自覚なのかしら……?」
「あ~……多分、そうっす。なんつーか、面倒で厄介な性格してるんですよね……」
苦虫を嚙み潰したような顔をしながら、燈がその質問に答える。
蒼もやよいも、普段は鋭いのに妙な部分では鈍さを発揮することに彼以下そのやり取りを見守る栞桜たちも似たような渋い表情を浮かべて二人を見守っていた。
「蒼、本当に自分が怒ってるって気が付いてないのかしら……? 絶対、やよいに手を出されて激怒してたっていうのに……」
「それを言うならやよいの方も問題だろう。あいつ、蒼の堪忍袋の緒が切れた原因が自分であることに全く気が付いてないぞ」
「えっと、あの……お二人の雰囲気を見るに、俺はあの二人が恋人関係にあると思ってたんですが……違うんですか?」
「これが違うんだよ、正弘。信じられねえと思うが、あれで団長副長の関係だって蒼の奴は言い張ってるんだ」
呆れた様子で正弘の肩を叩き、愚痴のようにそう述べた燈がやよいにお説教される蒼を見やる。
幾ら自分が言っても言うことを聞かなかった彼が、やよいに言い聞かされると素直に自分の非を認める時点で色々と察するものはあるのだが、本人はまるで気が付いていないようだ。
「でも、いい感じにお尻に敷かれてるのね。あれなら色々と安泰じゃない?」
「まあ、そうっすかね。あれはあれで、悪くないか……」
偽栞桜の言葉に頷きつつ、あのままだとそれはそれで面倒なことにもなりそうだと考えた燈が渋い顔で頷く。
偽蒼天武士団のの捕縛と押し寄せてきた髑髏たちの祓いを済ませた一同は、後を駆けつけた奉行所の人間と御庭番衆の忍に任せ、今晩の所は一時拠点へと帰還したのであった。
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