やよいの危機?


「大丈夫? 妖はやっつけたから、もう安心だよ!」


「あっ、え、あの、その、えっと……ごめん、なさい……」


「にゃははっ! 謝らないでいいって! なんとな~く、あなたの事情は察せてるからさ」


「……すいません、でした」


 俯いたまま、やよいへと何度も謝罪の言葉を繰り返す偽やよいは、これまで自分が本物の名を騙っていたことへの罪悪感が渦巻いているのだろう。

 ならず者たちから脅されて仕方なくやったこととはいえ、赤の他人の名誉を傷つけたとあっては無礼討ちされてもおかしくない行いだ。


 自分に命令を下していた偽燈たちが本物の蒼天武士団たちに折檻を受ける様子を目の当たりにして、偽やよいも怯えているのだろう。

 やよいは、そんな彼女に優しく微笑みかけると、名前を騙られたことなどまるで気にしていないということを全身で示すようなオーバーアクションを見せながら口を開く。


「大丈夫だって! あたしは本当に気にしてないからさ! まあ、あたしの偽者が下働きとか奴隷扱いされてる姿を見ると凹みはしたけどさ~、そんなことで怒るような女じゃあないって!!」


「で、でも、私……」


「ほら、泣かないの! もう怖い目に遭うこともないし、辛い毎日からもおさらば出来るんだから、笑った笑った! 女の子は笑顔が一番! あたしを見てるとそう思うでしょ!?」


「う、うぅ……うぅぅぅぅぅっ!!」


 ぽろりと、やよいの励ましを受けた偽やよいがようやく安堵の感情を抱くことが出来たのか、緩んだ気持ちと共に涙を零した。

 そのまま、声を上げて涙する彼女のことを優しく見つめるやよいが、そっと泣きじゃくる少女の頭を撫でる。


 ひと悶着はあったが、これにて一件落着。

 悪人は裁かれ、被害者たちにも相応の償いが齎される……と、なれば良かったのだが……?


「動くな。お前ら全員、そのままじっとしてろ!!」


「……!?」


 ぬっと、やよいの首筋に鋭い刃が向けられると共に、彼女の小さな体を背後から抱き寄せ、拘束する男が一人。

 突然の事態に驚いた燈たちが声のした方向へと顔を向ければ、そこには上手いこと折檻から逃れた偽蒼がやよいを人質に取り、この場からの離脱を図ろうとしている様があった。


「へ、へへっ、油断したな? 如何に強者の集まりであろうと、所詮はガキ。最後の最後で詰めが甘いんだよ!」


「っ……!?」


 腕を抑え、首筋に脇差の刃を当て、いつでもやよいの喉を斬り裂くことが出来ると燈たちにアピールする偽蒼。

 追い詰められた状態からの脱却を図る彼は、自身に視線を集中させる人々へと緊張感を湛えた笑みを浮かべながら言う。


「お前たち、こいつの命が惜しければ黙って俺を見逃しな! ちょっとでも妙な動きをしてみろ、こいつの喉笛を掻っ切るぞ!!」


「……忠告だ。今すぐにそいつを離せ。さもないと、とんでもない目に遭うぞ?」


「あぁん? ……ああ、確かにこいつもこんななりしてるが、蒼天武士団の一員だもんな。多少の保険は、かけておくかっ!!」


「あっっ!?」


 ゴキンッ、という鈍く嫌な音が店内に響き、それと同時に偽やよいが顔を真っ青にして悲鳴を上げる。

 掴んだやよいの右肩を強引に外し、彼女の抵抗を封じた偽蒼は、そこまでしながらも呻き一つ口にしないやよいの反応を不気味に思いながら、しかしてその恐怖を表には出さないようにしつつ、燈たちを脅しにかかった。


「肩が外れたんだ、流石のお前らもどうすることも出来まい。仲間の命が惜しけりゃ俺を逃がしな。それとも、俺を捕まえるために仲間の命を見捨てるつもりか?」


「へぇ、この程度であたしをどうにか出来たと思ってるんだ? おじさん、ちょっと面白いね。むぐっ……」


「俺の機嫌を損ねるんじゃねえ! 俺をキレさせたら、左腕どころか両腕両足全部斬り落として達磨にしちまうぞ!? 一生モンの傷を付けられたくなかったら、大人しく人質になっとけ!!」


 挑発としか思えないやよいの言葉に怒気を荒げ、彼女の口を塞いだ偽蒼が叫ぶ。

 その様子を目の当たりにした客たちは一気に緊張感を高め、ゴクリと息を飲んで事の成り行きを静観し始めた。


「馬鹿なことしてないで観念なさい! これ以上罪を重くしてどうするの!?」


「うるせぇ! こっちは崖っぷちなんだ! 逃れるためならなんでもしてやるよ! ……へ、へへっ! そうだ、蒼天武士団の団員を傷物にしただなんて、とんでもない武勇伝じゃあねえか! 決めたぜ! こいつは左腕を落として、一生刀を握れない体にしてやる! ついでだ、この場から逃げおおせられたら、徹底的に犯し抜いてやるよ! 女に産まれたことを後悔するくらいの責めを味わわせて、望まぬ子どもを孕ませてやる!! 大切な仲間がこんなならず者の種を仕込まれる気分はどうだ!? あぁ!?」


 半狂乱になりながら叫ぶ偽蒼の言葉が響き渡ると同時に、燈たちの表情が恐怖と焦燥の色に染まった。

 徐々に自分が優位性を築けていることにニヤついた笑みを浮かべながら、偽蒼が一歩、また一歩と燈たちを威嚇しつつ店の出口へと後退っていく。


「いいか? 俺を追ってくるんじゃねえぞ!? もしも妙な真似しやがったら、こいつは死ぬよりも悲惨な目に遭うことになるぜ!」


「おい……っ!! 馬鹿な真似はやめろ! 今すぐに、その刀を下ろせ!!」


「そんなことをしても何の意味もない! もっといい方法があるはずだ、考え直せ!!」


「冷静に、なって……とにかく、一度落ち着いた方が……」


「うるさいんだよ! へっ、ガキ共が調子に乗るからこうなる!! 高い授業料になったかもしれねえが、今後は一人減った武士団でこんな馬鹿みたいな失敗はしないようにせいぜい頑張るこったな!!」


 血相を変えた燈たちの言葉を無視し、吐き捨てるようにして叫ぶ偽蒼。

 天下に名高い武士たちをあそこまで怯えさせ、手出しが出来ない状況を作り出している自分自身の技術に自惚れた彼が、浅く早い呼吸を繰り返しながら狂乱の笑みを浮かべた、その時だった。


「……い、いい、蒼ちゃん? もう手遅れだと思うけど、一応言っておくわね……」


「あぁ? なんだよ、裏切り者。負け惜しみがあるなら今の内に言っておけ」


 燈たちと同じく、自分を見つめながら恐怖の表情を浮かべる偽栞桜の言葉に反応した彼が、ぴたりと動きを止めて彼女の言葉に耳を傾ける。

 深呼吸を行い、気持ちを整えた偽栞桜は、非常に残念そうな顔を見せながら……静かに二つの事実を彼に伝えてやった。


「あのね、その……この子たちの今の台詞、わよ。それと、その……なんていうか、ねぇ?」


「はぁ? なんだ? 時間稼ぎのつもりか? 生憎だがそんなお粗末な作戦に引っかかる俺じゃあ――」


 何かを非常に言いにくそうにしながら、ちらちらと自分へと視線を向けている……。


 ……いや、そうではない。偽栞桜は、自分を見ているわけではない。

 唐突に、不意に、そのことに気が付いた偽蒼が、顔に張り付けた笑みをそのままにぴたりと動きを止める。


 そこでようやく、彼は燈たちも、店主も、店の客たちも、全員が同じような恐怖と焦りの表情を浮かべながらも自分を見ていないということに気が付いた。


 彼らは皆、蒼天武士団の団員である少女を人質に取り、彼女に残忍な責めを味わわせながら逃げようとしている自分の悪辣さに恐怖を抱いているのではなく、他の何かに向けてその感情を抱いている。

 それが何なのか、どうしてこの状況下で自分よりもその何かを優先するのかと疑問を抱いた次の瞬間、彼のすぐ近くにいる偽やよいが、震える声を絞り出しながらたった三文字の言葉を口にした。


「う、うし、……!!」

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