最後の鍵は御神体

「……雪之丞の言う通りかもしれん。これは五百年もの長き間、自分たちを襲う真の脅威を見抜けなかった我ら鷺宮家の問題だ。長い期間、ずっとこの土地を守り続けてくれた守護神を自らの手で殺めてしまった報いは受けねばならないだろう」


「そ、そんな……! ですがあなた! 私たちはともかく、子供たちだけでもどうにか逃げ延びさせることは出来ませんか!? 特に百合姫はまだ十一歳の幼子ですのよ!?」


「ご、ご安心ください、菊姫さま! 我々にはまだ、黒岩タクトという最強の武士が付いております! 彼の手にかかれば、この騒動を引き起こした妖も瞬く間に――」


「そのことなのですが……申し訳ありません、聖川殿。黒岩殿はつい先ほど、僕が鎮圧してしまいました」


「は……? はああぁぁぁっ!? 鎮圧!? 黒岩くんをか!? 一体全体、どうしてそんな真似をしたんだぁっ!?」


「彼が妖の精神感応を受けて、操り人形になっちゃってたからだよ。多分、燈くんにぼっこぼこにされたのと、百合姫ちゃんの信頼を勝ち取れなかったことが原因で相当凹んでたんだろうね。その隙を突け入れられて、妖に心を乗っ取られちゃいましたと……」


「恐らく、第一波の攻撃を引き入れたのも彼でしょう。妖は彼を分身の出現の媒介とし、誰にも感付かれることなく屋敷内に大量の戦力を送り込んだ。その後、暴走させた黒岩殿に出来る限り戦力を削らせる算段だったと思われます」


「ぶ、無事、なのか? 黒岩くんは、生きているのか?」


「命に別状はありません。しかし……彼を止め、生かすために、右腕を斬り落としてしまいました。そうでなくても、全身に残る後遺症を考えれば、剣士としての再起は絶望的かと」


 蒼の無情な答えを耳にした匡史は、呆然とした表情のままその場にへたり込んでしまった。

 有象無象の部下だけでなく、自分の右腕として、大和国聖徒会のエースとして頼りにしていたタクトまでもが再起不能になってしまったというショッキングな報せを聞いた彼は、十数秒前の自信あり気な態度は何処へやらといった様子で泣き言を口にしている。


「お終いだぁ……! 折角、再起の芽が出たと思ったのに、僕たちのやったことはこの地を破滅に導いた上に、僕たち自身も壊滅的な被害を被ってしまった……!! 鷺宮家も、大和国聖徒会も、もう終わりなんだぁ……!!」


「……蒼天武士団の皆さん、お願いがあります。雪之丞と百合姫を、安全な場所まで護衛していただけないでしょうか?」


「ち、父上っ!? 何を……っ!?」


 へたり込み、この世の終わりがやって来たかのように嘆く匡史の姿は、それを見る者に若干の平静を取り戻すという予想外の効果を発揮してくれた。

 父親として、鷺宮家の現当主として、覚悟を決めた玄白の言葉に雪之丞が驚愕する中、蒼へと深々と頭を下げた彼が言う。


「これまでの非礼を考えれば、私たちのことなど見捨てて去ってしまうのが当然のこと。それを承知で、この愚かな男の最後の願いを聞いてくださいませぬでしょうか?」


「私と夫は、この鷺宮領と最期を共にする覚悟です。しかし、まだ若い雪之丞と百合姫をそれに付き合わせるのはあまりにも不憫……少しでもいい。妖の魔の手から一日でも長く生き延びて、二人が幸せな未来を掴めるかもしれないという一縷の望みに賭けてみたいのです」


「お母さままで! 嫌です! 私は二人と別れたくはありません!」


「私もその想いは一緒です!! この雪之丞、鷺宮家の長男として、父上母上と最期を共にする覚悟は出来ております!!」


「わかってくれ、二人とも……! 先祖代々の愚行の不始末を、まだ未来のあるお前たちにまで押し付けたくはないのだ。私たちの死を隠れ蓑に僅かばかりでも時を稼ぎ、妖の目から逃れられたとしたら……お前たちには、家とも呪いとも関係のない日々を送れる可能性があるやもしれん」


「手前勝手な願いだということは理解しております。散々皆さまを利用し、冷遇した私たちが何をいうのかと思われるのも承知の上です。どうか、どうか……この子たちを連れて、落ち延びてください……!!」


 玄白が、菊姫が、深々と頭を下げて燈たちへと子供たちの命を救ってくれと頼み込んでくる。

 死を覚悟し、長年続いた鷺宮家の終焉を自分たちの目に収めようとする夫婦の姿と、そんな二人との別れを嫌がる兄妹の反応に何も言えなくなる燈であったが、玄白からの頼みを受けた蒼が、首を左右に振りながらこんなことを言ってみせた。


「玄白さん、菊姫さん、それはまだ早計というものです。僕がこの話をしたのは、なにも皆さんをいたずらに苦しめようとしたわけではありません。まだ可能性があるということを、お伝えするためなのです」


「か、可能性……? それはつまり、あの妖を退治する方法があるということですか!?」


 予想だもしなかった蒼の言葉におっかなびっくりした玄白が、素っ頓狂な声で質問を投げかける。

 その言葉に頷き、肯定してみせた蒼は、視線を百合姫へと向けると彼女へと問いかけを発した。


「百合姫さま、鷺宮家に代々伝わる御神体はお持ちですね?」


「は、はいっ! こちらにあります!!」


 懐からひび割れた黒い鉱石を取り出し、蒼へと手渡す百合姫。

 彼女から御神体を受け取った蒼は、最初に目にした時とは打って変わってひびだらけになってしまったその石と、そのひびから漏れる気力を確認した後、再び玄白へと視線を向けて口を開いた。


「鷺宮家に代々伝わるこの御神体は、八岐大蛇が大和国聖徒会に倒された時からひびが入り始めた。ということはつまり、これはこの地の守り神である八岐大蛇と関わりの深い何か……おそらく、その体の一部であると思われます」


「じゃあ、そいつは正真正銘、魔除けのお守りとして機能してたんだな」


「そういえば……妖の襲撃が起きる時、私はこの御神体から何か警告のようなものを受けていた気がします。何か良くないものが迫っていると、何者から語り掛けられていたような……」


 先程の妖の襲撃に際して、騒ぎが起きる寸前にその襲来を予知した百合姫の姿を思い出した燈は、彼女の言葉に合点がいったという様子で頷きをみせる。

 この鉱石が八岐大蛇の体の一部であり、守り神である彼が御神体として鷺宮家に譲渡した自らの肉体を介して妖の撃退や持ち主への警告を行っていたと考えれば、これまでの不可解な現象にも納得がいくと燈が考える中、掌に載せた鉱石をこの場に居る全員に見せつけるようにして持つ蒼が、話の本題を切り出す。


「この御神体には八岐大蛇の気力が封じ込められており、これを介してつい先ほども百合姫さまへの警告が行われた。御神体自身にもひびは入っていますが、完全に砕けてはいない……この石の状態が、八岐大蛇のそれと同期しているというのなら――」


「八岐大蛇は、まだ生きている! 本当にぎりぎりだけど、まだ死んでないんだ!!」


「そういうことさ。……何故、鷺宮家の人々は八岐大蛇を妖だと思い違えてしまったのか? 鷺宮領に襲い掛かるこの妖の正体は何なのか? その答えは、五百年前の鷺宮真白が死んだ日に眠っているはずです。その真相を知ることが出来れば、妖を撃退する糸口が見つかるかもしれない」


「五百年前の、真相……あの日、何が起きたのかを、知る……!?」


「ええ。そして、その答えを知る者は、今、この屋敷を襲っている妖と……五百年以上前からこの地を守り続けてきた八岐大蛇しかいない。会いに行きましょう、彼が力尽きる前に。そして、あの日、本当は何が起きたのかを知り、全ての真相を明らかにするんです」







―――――


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