八岐大蛇の祠へ
「五百年前の真相、そこにこの窮地を脱する鍵が……!!」
蒼の言葉を聞いた玄白たちの顔に、生気が戻っていく。
まだ、全てが終わってしまったわけではないということを理解した彼らは、互いに顔を見合わせると大きく頷き、蒼へと言葉を返した。
「参りましょう、八岐大蛇が封じられた祠へ。そこまでの道案内は、私がさせていただきます」
「私も同行いたします! 長年、私のことを守り続けてくださった方の身に何が起きたのかを、知りたいのです!!」
「父上と百合姫が不在の際、この鷺宮領の指揮を執っていたのはこの雪之丞……当然、八岐大蛇討伐の責任も私にある。失態を返上するためにも、祠への案内人として私も共に行きます」
「……家族全員が死地に飛び込むというのならば、私も鷺宮家の一人として覚悟を決めねばなりませんね。何の役に立てるかはわかりませぬが、この菊姫も八岐大蛇の祠へ共に参りましょう」
危険を承知でこの事態の収拾の鍵を握る八岐大蛇に会いに行こうとする鷺宮家の人々の目には、先程までの諦めの感情はない。
領民と家族を救える可能性があるのならば、それに賭けて懸命に足掻いてやろうという覚悟が彼らの瞳の中で燃え盛っていた。
「問題は、あの妖たちが領民たちに手を出さないかということですが……」
「それに関しては、我々が八岐大蛇の祠に向かうことである程度は解決します。相手の最大の狙いは百合姫さまの身柄、彼女がこの屋敷を捨て、家族と共にどこぞに逃げようとすれば、間違いなく奴らはそれを追うでしょう」
「逆に言えば、私だけがこの屋敷を抜けて祠へと向かえば、お父さまたちの安全は確保出来るやもしれないということですね」
そこまで口にした百合姫が、ちらりと横目で父親たちを見やる。
自分とは別で領地から逃げようと思えば、彼女を囮にした家族たちは無事に逃げ延びられるかもしれない……という感情を含んだ娘からの視線を浴びた玄白は、大きく首を横に振ってから口を開く。
「元はといえば、お前を囮として八岐大蛇を屠ろうという作戦を実行したことが過ちであった。愛娘の命を危険に晒してまで己の利益を優先した失敗のツケがこの有様だ。我々の命を囮にお前を生かすのならばともかく、その逆を行おうというつもりは毛頭ないよ」
「今度は、母も兄も共に行きます。あなたに心細い思いはさせませんよ、百合姫」
「お父さま、お母さま……!!」
百合姫の小さな体を抱き締め、共に行くことを告げる菊姫。
父と母が死の危険性を顧みず自分についてきてくれることに勇気付けられる百合姫の傍らでは、兄である雪之丞が未だにへたり込んだままの匡史へと声をかけていた。
「聖川殿、あなたはどうしますか? 我々と共に八岐大蛇に会いに行くか、それとも――?」
「ぼ、僕は、僕は……」
びくり、と体を震わせ、不意に決断を迫られたことに怯えの色を見せる匡史。
自分を見つめる蒼天武士団の面々と鷺宮家の人々の顔を見回し、次いで広間に倒れている部下たちの姿を目にした彼は、ごくりと息を飲むと震える声で……それでも威厳を必死に保とうと努力しながら、その返答を口にする。
「僕は、行かない。こ、この屋敷には、まだ無事な部下たちが残っているかもしれませんからね。か、彼らを見捨てるわけにはいかないでしょう」
「……そう、ですか。わかりました」
部下の安否を理由にして祠への同行を断った匡史であるが、その本心はこの場に居る誰もが見抜いていた。
彼は単純に、己が身を危険に晒したくないのだ。
百合姫を狙う妖に追われながら八岐大蛇の祠に向かい、五百年前の真相を調べに行く。
どう考えても危険しかないし、自分たちが手にかけてしまった八岐大蛇と対面したら、只では済まない可能性だってる。
それに……自分自身の失敗と真っ向から向き合う勇気が、その失態を蒼たちに尻拭いしてもらうという屈辱に耐えるだけの覚悟が、匡史の心の中には存在していなかった。
図に乗り、辛酸を舐めさせたとばかりに立場を利用して蒼天武士団を冷遇し続けていた彼は、それら全ての優位が消え去り、再び立場が逆転してしまったこの状況で、彼らの指示を聞くということに耐えられなかったのである。
大和国聖徒会は壊滅状態。頼りのタクトも既に役には立たない。
残る財産は自分の命だけという今の匡史には、その残った己の命をどうにかして守るために必死なのだ。
五百年前の真相に、何の価値がある? 少なくとも自分は、蒼天武士団の行動には何のメリットも感じられない。
自分が彼らの立場だったら、滅亡する鷺宮家を尻目にとっとと逃げ去っているだろうに……と考え、屋敷に残って妖の襲撃を凌ごうとする匡史へと、蒼が言う。
「では、聖川殿は生き残った大和国聖徒会の面々を集め、妖に襲われる人々の救護をお願いします。助け出した人々はこの屋敷に集め、万が一の際には共にこの地から脱出してください」
「ああ、勿論だとも! その役目は我々大和国聖徒会に任せてくれ。君たちも、気を付けてな」
嘘だ、少なくとも今の匡史の言葉には何一つとして真心から発せられたものはない。
彼は鷺宮領の住民を助けに向かうつもりはないし、蒼たちの無事も願ってはいない。むしろ、途中で妖に襲われてくたばってしまえと心の中で願っている。
それでも、その本心を必死に押し殺し、自分を取り繕う彼を一瞥してから……蒼は、燈たちへと指示を飛ばした。
「これより蒼天武士団は、百合姫さま、玄白さん、菊姫さま、雪之丞さんの四名を護衛しつつ、八岐大蛇の祠に向かう。時間は残り少ない、迅速に動こう。まずは屋敷からの脱出だ。包囲の脆い場所を見つけ出し、そこを一点集中で突破するぞ!」
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