圧倒的敗北感

「ふぐっ! ふ、ぶふぅぅっ! ふぅぅっ! ふぅぅぅぅ……っ!!」


 お返しとばかりに先の自分の言葉を投げかけられたタクトが、屈辱に顔を真っ赤に染める。

 ぎりり、と歯を食いしばり、血走った目で燈を睨む彼は、その激情のままに三度『黒雷』を手に斬りかかろうとするが――


「そこまでです! もう、これ以上の戦いは無用でしょう!?」


 ――百合姫の、本気の絶叫を耳にして、その動きが止まった。


 半泣きの顔をしている彼女は、うっすらと涙を浮かべた表情をタクトへと向けると、小さく左右に首を振りながら彼へと語り掛ける。


「既に二度、タクトさまは燈さまに見逃されています。完全に背後を取られ、やろうと思えば斬り捨てることが出来た状態にされているのです。誰がどう見ても、決着は明らか。これ以上の無用な戦いは必要ありません」


「黙れ……! 僕はまだ負けてない! 僕は生きてる! そいつは人を斬るのが怖いから僕を斬り捨てることが出来ないだけだ! 僕はまだやれる! そいつが僕を殺す覚悟を固める前に、僕がそいつを斬ってやる! そうすれば――」


 尚も食い下がり、見苦しく敗北を認めようとしないタクト。

 しかし、そんな彼の主張に大きく首を振って否定の意を唱えた百合姫は、悲しそうな顔でこう告げた。


「いいえ……タクトさまは燈さまには勝てません。あなたのその切れた息が、それを物語っています。燈さまがあなたを斬る覚悟を固めるより、あなたが燈さまを斬るより……タクトさまの体力が尽きる方が早いでしょう」


「ぐ、あっ……!?」


 最初の不意打ちと、『二連黒雷』による二度の斬りかかり。合計三回、それがタクトの行った攻撃の回数と内容だ。

 そして、それを全て難なく燈に封殺されたタクトは、既にかなり息が上がってしまっている。

 対する燈の方はまだまだ余裕の表情で、どちらが有利なのかは一目で明らかだ。


 相手の虚を突いた速度重視の短期決戦型戦法と、匡史の武神刀によるブーストを受けて戦っている弊害がここに出た。

 地力の無さ……鍛錬というものを行わず、武神刀の能力と気力による身体能力強化のみを活かして戦っているタクトには、持久戦を行うだけの体力が付いていないのだ。


 もう既に、一度の戦いにおけるタクトのピークは過ぎ去っている。

 ここからどれだけ攻撃を繰り出しても、燈に見切られた剣技以上の技の冴えは見せられない。スピードだって出せない。

 つまり……もう彼は、燈の防御を崩し、攻撃を叩き込むことは出来ないということだ。


 それが判っているから、燈は『紅龍』を鞘に収めた。

 この勝負は既に、決着が見えているのだ。


「……もうお止めください。そして、ご自身の敗北をお認めください。タクトさま……あなたは、負けたのです。これ以上はもう、無理な戦いをしないでください」


「ぐぅぅ……ふぐぅぅぅぅぅぅ……っ!!」


 悔しさを噛み殺し、獣のような唸りを上げ……認めたくない現実を百合姫に突き付けられたタクトが吼える。

 まるで我慢の出来ない子供のように目を真っ赤にして涙を流す彼は、十六歳の男子とは思えぬ情けない表情のままに、恨みつらみの言葉を百合姫へと投げかけた。


「どうして、どうしてだ……!? お前を苦しめる妖を倒したのは僕だぞ! お前を助けてやったのは僕なんだぞ!! それなのにどうして、僕じゃなくてそいつの味方をする!? どうして僕を選ばない!? 僕が、僕が……誰よりもお前のことを助けてやってるというのに!!」


「タクトさま、私は――!!」 

 

「うるさいうるさいうるさ~~いっ!! このままで済むと思うなよ! 絶対に、この借りは返すからな!!」


 百合姫の言葉にも耳を貸さず、燈に恨みがましい視線をぶつけたタクトは、捨て台詞と共に逃げ去ってしまった。

 その背を悲しそうに見送る百合姫に向け、彼を撃退した燈が慰めの言葉をかける。


「……姫さまは優しいっすね。これ以上、黒岩の奴が生命力を摩耗しないように勝負を止めさせたんでしょう?」


「……しかし、そのせいであの方の心を傷つけてしまいました。殿方にとっての面子の重要さは理解していましたが、それを立てつつこの場を治める方法を見つけ出すことが出来なかった……」


「そんなに自分を責める必要はありませんよ。姫さまは、十分にご自分の仕事を果たしてくださいました。あのまま燈くんと彼が戦い続けていたら、姫さまの言っていた通り、万が一の事態が起きたかもしれませんから」


 使い手の生命力を吸うという恐ろしい能力を持つ『黒雷』をタクトに乱用させぬために戦いを止めた百合姫の思惑は、燈もやよいも理解している。

 問題は、最も気遣われた人物であるタクトが、その思いやりに全く気が付いていないということだ。


「ったく、あの馬鹿……女のケツよりも見るべきもんがあるだろうがよ……!!」


 あれほどまでの醜態を晒した自分のことを、妻として必死に気遣ってくれる百合姫の献身に気付かないタクトに呆れた燈がぼやく。

 力に覚える前の彼ならばおそらく気が付いたであろうその優しさも、目が曇ってしまった今の彼には届くことがない。


 自身のプライドと、欲望だけが肥大した今のタクトの姿に嘆息した燈は、いつか百合姫の優しさが彼に伝わって、元の彼に戻ってくれる日が来ることを祈りながら……それは到底不可能なのだろうなと、諦めの感情を抱くのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る