最強奥義『二連黒雷』(破られないとは言ってない)


「タクトさまっ! お止めくださいっ!!」


「うるさいっ! 僕に指図するな!! お前はただ、僕に従ってればいいんだよっ!!」


 悲痛な叫びを上げ、自分を制止しようとする百合姫を怒鳴りつけたタクトが、狂気を滲ませた瞳で燈を睨む。

 ぐぐぐっ、と武神刀を持つ手に力を込め、防御を押し切ろうとする彼に向け、苦々し気な表情を浮かべた燈が唸り声を上げた。


「てめえ、正気か? 姫さまの目の前で、やり合うつもりかよ!?」


「丁度いい機会だろう? 百合姫がお前を絶対的に信頼してるのは、僕の実力を知らないからだ。どちらが剣士として上か、百合姫ややよいに教えてあげるよ!!」


「っっ……!?」


 燈の目の前で、黒い稲妻が弾けた。

 咄嗟に腕に力を込め、自分へと斬りかかるタクトの体を吹き飛ばした燈は、僅かに残る痺れを感じさせる両手をじっと見つめた後、相対する敵へと視線を向ける。


 体勢を崩さず、余裕を見せながら着地したタクトは、ニマニマと笑いながら真っ黒な刀身をしている己の武神刀を燈へと見せつけながら、言った。


「どうだ? 格好いいだろ? こいつが僕の新しい相棒、『黒雷』さ!」


「……電撃の色が変わったくらいで得意気になるんじゃねえよ。ただのこけおどしじゃねえか」


「く、くくっ……! やっぱりお前、馬鹿だね! 僕が新たに手にした力がその程度だと思ってるわけ? 見せてやるよ、これが、八岐大蛇すらも凌駕する僕の実力だっ!!」


 黒い稲妻が、タクトの周囲で音を鳴らして弾けた。

 その狂気を示すかのような電撃を纏い、殺気と暴力性を剥き出しにして踏み込んだタクトは、神速の一歩で燈との距離を詰め、まるで弾丸のような勢いでの斬り込みを見せる。


「てぇぇいいっ!!」


「ちっ……!!」


 今度は、燈がタクトに吹き飛ばされる番だった。

 先程の彼同様、勢いの乗った体当たりによって背後へと押し込まれた燈は、自ら後ろへと跳躍することでその威力を殺し、体勢を立て直す。


 雷の気力による身体能力強化だけなく、他の何かを感じさせるその突進の威力に小さく舌打ちを鳴らした彼に向け、暴走するタクトは得意気にそのからくりを解説し始めた。


「どうだい? これが『黒雷』の力さ! 気力だけでなく、僕自身の生命力を消費することで数段上の力を発揮する、最高に格好いい武神刀なんだよ!!」


「生命力を消費する、だぁ……? お前、自分が何を言ってるのかわかってんのか? 要は、その力を使えば使うほど、死に近づくってことじゃねえかよ!」


「そういうリスクがある力を使いこなしてこそ主人公って感じだろ!? それに、普段はこのデメリットを帳消しにする方法もあるんだ。お前に心配される筋合いはないよ。っていうか、自分の心配をしとけっての!!」


 くくくっ、と喉を鳴らして笑ったタクトが再び『黒雷』を構える。

 殺気と狂気を湛えたその笑みに彼の本気具合を感じ取った燈は、背後のやよいへと声をかけた。


「やよい、姫さまを頼む。巻き込まれない場所に避難してくれ」


「ははっ! 逃がさないってば! 二人にはお前に勝つ僕と、無様に敗れ去って這い蹲るお前の姿を見てもらわなきゃならないんだ! 悪いけど、一瞬で決めさせてもらうよっ!!」


 再び、気力を充填。『黒雷』の能力を発揮し、気力と生命力を犠牲に超人的な強化を果たしたタクトが燈へと斬りかかる。

 真っ向から、その防御を打ち砕く……のではなく、今度はフェイントを織り交ぜ、正面ではなく背後に回り込んだ彼は、にたりと笑うと手にした刀の柄を強く握り締めた。


 これぞ、自分の必勝の策。

 神速の踏み込みからの正面突破で敵を倒し切れなくとも、その一撃を受けた相手にはタクトの速さと一撃の重さが電撃の痺れと共に強く刻み込まれることになるだろう。

 その状態で二撃目が繰り出されたのなら、相手は本能的に見切れない攻撃を防ごうと先程と同じ行動を取る。つまりは、正面への防御だ。


 それを、自分は掻い潜る。

 相手の無様な足掻きを嘲笑うように、悠々と背後に回って……その背を、首を、叩き斬る。

 これぞタクト流必殺奥義『二連黒雷』。未だに見切れた者のいない、最強のコンボ技。


 瞬き一つすら終わらない間に燈の背後に回ったタクトは、その無防備な背を見つめながら勝利を確信した笑みを浮かべている。

 ここから、思い切りその背に刀を振り下ろせばいい。それだけで、この身の程知らずの不良は自分の前にひれ伏すことになるのだ。


(やっぱ余裕! 何が百鬼斬りの紅龍だよ? 僕の方が、圧倒的に強いじゃないか!!)


 無様に倒れ伏した燈と、その体を踏みつけて勝ち名乗りを上げるタクトの姿を見れば、百合姫だって自分の過ちに気が付くだろう。

 真に頼るべき男はどちらなのか、本当に強い男はどっちなのか、一目で理解出来るはずだ。


 それはきっとやよいも同じで、自分たちとタクトとの力量の差さえ理解すれば、もう剣士として生きようとは思わなくなるに決まっている。

 タクトの強さに惚れ込んだ彼女たちが燈と蒼を置いて自分の下に来て、側室としてハーレムに加わるという未来を妄想したタクトは、一瞬だけだらりと欲望を全開にしただらしのない表情を浮かべた。

 そして、頭の中の幻想を現実のものにしようと、目の前の燈の背中へと振りかぶった『黒雷』を思い切り叩き付ける。


「あばよ、ヤンキー! これに懲りたら身の丈にあった振る舞いをしてよね!!」


 燈には、自分の身に何が起きたのかも判らないはずだ。

 気が付いた時には背中から血を噴き出していて、地べたに倒れ伏している。そして、百合姫とやよいを連れて去っていく自分の後ろ姿を悔しがりながら見つめることになっているのだろう。


 顔馴染みのよしみで命までは奪わないことを感謝してほしいと思いながら、がら空きの背中へと武神刀を振り下ろすタクト。

 これで、全てが終わりだと、彼は思っていたのだが――


「……は?」


 ガギィン、と鈍い音が響いた。

 同時に、手に重く強い振動が衝撃となって伝わり渾身の力を込めた振り下ろしがぴたりと動きを止めてしまう。


 肉を裂く手応えとは明らかに違う、金属で出来た何かを斬り付けたような感触にタクトが困惑する中、先程まで彼の前で無防備な背中を見せていたはずの燈が、半身の体勢で『黒雷』を受け止めながら言う。


「……んだよ。多少は速さが増してたから、てっきりお前も鍛え直して腕を上げたのかと思ったぜ。自分に足りないもんを身に付けるために努力したのかと思ったら、全部武神刀の力ってオチか。見直して損したわ」


「お、おま、何で――!?」


「何で僕の攻撃を防げた、か? それとも、どうして僕の動きを見切れた、か? ……んなもん、決まってんだろ」


 右腕一本で、タクト渾身の一撃を防いだ燈が不敵に笑う。

 次の瞬間、タクトは臀部を思い切り蹴り飛ばされる痛みを感じると共に放物線を描いて宙を舞い……鷺宮邸の庭へと、顔面から着地する羽目になった。


「へぶっ!? な、なにが……!?」


 茫然としたまま、受け身も取れずに落下したタクトが泡を食った様子で目を白黒させる。

 そんな彼に向けて廊下から視線を向ける燈は、大きな溜息を吐くと共に様々な疑問について答えてやった。


「黒岩、お前、自分が誰よりも速くて強いと思ってるのかもしれねえが……ぞ? 速度、力、技の冴え、発想。そのどれもが俺の仲間たちの方が上だ。あの程度の技なら稽古がてら毎日見てる、っていうか受けてるよ」


「はぁ……? あの、程度……!? 僕の必殺技を、あの程度の技だと!? ふざけんな! あの必殺コンボは今まで誰にも破られたことのない、最強奥義なんだぞ!!」


「そんじゃ、たった今、俺に破られたから最強奥義じゃなくなったな。っていうか、あの程度で奥義を名乗るなんておこがましい――」


 自信満々で繰り出した必殺技を破られ、酷評されて憤慨しているタクトへと正直な感想を告げていた燈が大きな溜息を吐く。

 懲りもせず、再び絶対の自信を持つ『二連黒雷』を繰り出したタクトは、今度は手加減抜きで燈の首を叩き斬ってやろうとしているようだ。


「死ねぇぇぇぇぇっっ!!」


(どうすっかな~……? 百合姫さまの前だし、あんまり過激な真似が出来ねえのが困りどころだよなぁ……)


 奇声に近いタクトの絶叫を耳にして、首筋へと迫ってくる黒刃を目にしていたとしても、燈には一切の焦りはなかった。

 というより、殺気を感じ取れて技の軌道を見極められている時点で、焦る必要なんてない。

 無論、その中にも例外はあるにはあるが、タクトはそれに抵触しないのだから何の問題もないのだ。


 涼音が似たようなことをした場合、その剣の軌道が目に出来るなんてことはないだろうし、やよいが相手ならばこんな馬鹿みたいに殺気を振り撒きながら攻撃なんて繰り出したりはしない。

 つまりはまあ、こうして相手が攻撃を仕掛けていることに燈が気付いてさえいれば、いくらでも対処の方法はあるのだ。


 先程述べた例外とは、その対処を越える威力を見せる技を繰り出された場合……馬鹿力の栞桜の一撃や、どうやって防げばいいのか判らない蒼の奥義を相手にした場合の話。

 タクトの『二連黒雷』は、端的に述べてしまえば『速く走って相手の背後を取り、斬り付ける』だけの技なのだから、落ち着いて対処すれば余裕で防ぐことが出来る。


 奥義の中には基礎を徹底的に磨き上げ、その技の神髄に至ったが故に編み出された単純シンプルな技もあるが、タクトの技は無駄にごちゃごちゃしている割にはやっていることが騙し討ちという、単純というより稚拙という表現の方がぴったりときてしまうのが悲しいところだろう。


 これに奥義だなんて名付けたら、宗正は絶対に怒るんだろうな……と、ゆるゆると首筋に迫る刃を見ながらもう一度大きく溜息を吐いた燈は、今度はタクトにも判るように少しだけことにした。


「ふっ……!!」


 軽く息を吐き、脱力。からの、瞬間的な力みで全身を躍動させる。

 迫る刃から逃れるように体を動かし、自分の背後に立つタクトの更に背後に回り込むように動いた燈は、すれ違い様に大きく眼を見開いている彼の表情を確認して、小さく鼻を鳴らした。


「おいしょっと……!」


「ぎゃふんっ!?」


 そのまま、馬が後ろ足で繰り出すような蹴りをタクトの尻に浴びせてみせれば、情けない悲鳴を上げた彼は再び庭へと飛び出し、顔面からの着地を披露してみせる。

 一度ならず二度までも自慢の必殺技を破られ、信じられない現実と途方もない屈辱に唇を震わせるタクトへと、『紅龍』を鞘に納めた燈が呆れた表情で声をかけた。


「ちったあ懲りたか? 自分の身の丈ってもんが理解出来たかよ?」

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