かしまし娘のお風呂談義
湯気が立ち上る広めの風呂。そこに浸かる少女が三人。
長い旅を終え、それまでの疲れを取り除くような深い溜息を吐いた栞桜は、天井を見上げながら他の二人へと声をかけた。
「どうにも、すっきりとしない話だな。私たちが利用されていたこともそうだが、百合姫の今後を思うといたたまれない気分になる」
「そうね。結婚相手がろくでもない相手だというのは、火を見るよりも明らか。でも、私たちがどうこうできる問題でも、ない」
「可哀想……って、思っちゃうのは変なことなのかな? でも、幸せいっぱいの結婚生活って感じとは程遠いよね……」
涼音とこころも栞桜の意見に同意しつつ、健気に自分の任を全うしようとする百合姫へと憐憫の情を見せる。
この大和国に来てから調子に乗っているタクトの欲望を全開とした妄想の犠牲になる彼女のことを想うと、どうにも胸が痛んだ。
「結婚、結婚かあ……私はよくわからないけど、大和国の結婚ってどんな感じなの? やっぱり、一夫多妻制が認められてるから、大勢の奥さんを持つのかな?」
「それは、ごく一部の大名や貴族のみ。側室の目的は、世継ぎを絶やさぬよう、複数の女性に子供を産ませることにある。だから、そういう必要がない一介の町人は、普通に一組の夫婦として生活するわ」
「私たちからするとこころの世界の結婚について知りたいくらいだ。大和国の法と違う部分はあるのか?」
「う~ん……あんまりない、かな? そもそも、国ごとによって結婚に関する法律はまちまちだし、私や燈くんが住んでた国でいうなら、一夫多妻制が認められてない以外は大和国とそう変わりはないよ」
ちゃぷん、ちゃぷり……少女たちの話に合わせ、
そこに浮かぶ四つの果実(二つ足りないことに関しては言及してはいけない)が浮き沈みする中で、湯船の縁にもたれ掛かったこころが大きな溜息と共に乙女らしい言葉を口にした。
「……女の子としては、やっぱり幸せな結婚がしたいね。好きな人と結ばれて、その人と子供を作って、お別れの日まで楽しく暮らす……お金とか、地位とかより、そんなありふれた幸せを求めるのは、ある意味では一番贅沢かもしれないけどさ」
「なんとなく、わかる。女だったら、誰だって一度はそんな人生に憧れるもの……」
「幸せな家庭か……私には、よくわからないものだ。しかし、自分が手に出来なかったものだからこそ、憧れるという気持ちも強くある」
しんみりとした空気の中、それぞれが想い人と結ばれ、幸せな日々を送る未来を妄想する三人。
問題は、その相手が三人とも共通している部分なのだが……いつぞやの風呂場での事件のように、激しい戦いが繰り広げられることはないようだ。
「……思ったのだけれど。もしもこのまま燈が出世して、どこぞの領地やら高い役職やらを与えられたとしたなら、別に誰か一人が選ばれる必要はなくなるわね」
「公に側室を持てる立場になれば、まあ確かにそうだな。……しかし、燈が大和国に残り続けるかはわからんぞ?」
「元の世界に戻る方法が見つからなければ、こちらで過ごすしかなくなる。それに、百合姫の結婚相手である彼みたいに、心変わりする可能性だってあるわ」
「……あそこまで大変身してほしくはないかな、私は」
タクトのように可愛い女の子のお尻を追いかける燈の姿など想像したくもないと、こころの一言に栞桜が大きく頷く。
まあ、仮に燈が側室を持てる立場になったとしても、その場合は正室が誰になるのかという激闘が繰り広げられることは必至なのだが……一応は彼の傍に三人仲良くいられるという可能性は可能性だ。
それを本気にするつもりはないが、多少は明るい話題にはなる。
立て続けの悪いニュースに沈んでいる気分を上向きにするには、こんな馬鹿げた話もありかもしれない。
「……それじゃあ、今夜はそれについて話してみる? パジャマパーティの話題の一つは決まりだね!」
「ぱじゃま……? なんだ、それは? そちらの世界の催しか何かか?」
「簡単に言えば、寝間着姿でお菓子を摘まみながらお喋りする集まりのことだよ。まさか、こっちの世界でそんなことが出来るなんて思ってもみなかったけどね」
「面白そう。甘いお菓子があるのなら、渋いお茶も欲しくなる。どっちも手持ちにはないけど……」
「あはは! それはまたの機会ってことにしよっか!」
こちらで出来た友人と、仲良く夜更かししながらお喋りに興じる。
数か月前には想像も出来なかった出来事に胸を弾ませたこころが、もう一つの意味でも胸を弾ませながら湯船から立ち上がる。
「そろそろ出ようか? のぼせちゃってもよくないしさ」
「そうだな。あの不埒な大和国聖徒会の連中が私たちの入浴を聞きつけるやもしれん。余計な騒動に巻き込まれる前に、撤退だ」
「むぅぅ……」
ざばぁっ、と湯を巻き上げ、水を弾きながらこころに続いて立ち上がった栞桜の姿を見た涼音が難しい表情を浮かべる。
どうにも、自分の周りには自分が持ってない物を持つ女が多過ぎると、自分と互角なのはまだ子供である百合姫だけではないかというちょっとした嫉妬心を抱いた彼女は、自分を置いて出ていく親友二人の胸とお尻を見つめながら、まな板気味の自分の胸部を擦った。
「……まあ、これはこれで武器。濃厚な肉も、毎日食べると胃がもたれる……」
毎日ステーキを食べるよりも、所々に刺身を食べる方がお互いの美味しさをより強く感じられるものだ。
そう、自分に言い聞かせて、彼女もまた先に大浴場を出ていった二人を追って、湯船から(少量のお湯を吹き飛ばしながら)立ち上がるのであった。
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