真白の御神体

 蒼天武士団の六名と、鷺宮家が用意した武士たちが同じく六名。

 そこに百合姫と玄白の二人を加えた、総勢十四名という貴族親子の旅としては非常に小さい規模の一団は、まだ日が高い時間を見計らって鷺宮領を出発した。


 この十二名の内、警護対象である鷺宮玄白と百合姫に加え、蒼天武士団からもこころが戦力外となっているため、実質的に妖と戦う兵力として数えられるのは十一名だけである。

 加えて、鷺宮家が用意した武士たちは明らかに全盛期を過ぎている年齢であり、戦いの経験自体も豊富には見えない。

 結局のところ、一行が無事に東平京に辿り着けるかどうかは、燈たち五人にかかっているといっても過言ではなかった。


「……んで、どう思うよ? 八岐大蛇が仕掛けてくるとしたら、何処でだと思う?」


「うん? ……まあ、定番は鷺宮領を出てすぐかな。相手が百合姫ちゃんを領地の外に出すことを嫌がってるなら、まずそこで一発当ててくるだろうね」


 隊列の中央、百合姫たちに最も近い場所に位置している燈は、すぐ隣を歩くやよいへとそんな会話を交わす。

 がらがらと音を立てて動く馬車をちらりと横目で見やり、隊列全体を確認した燈は、最前列を歩く栞桜と涼音の背を見つめながら自分も歩みを進めていった。


「ちなみにだけど、戦いになった時の動きはわかってるよね?」


「敵の討滅よりも警護対象の安全を最優先。攻撃の方向から逃れるように二人を守りつつ退避、だろ?」


「うん、よし! 一番百合姫ちゃんたちに近い位置に配置されたってことは、蒼くんが燈くんのことを信用してるってことだからね。その期待に応えられるよう、頑張ってよ!」


 事前の取り決めを確認するやよいの言葉に若干のプレッシャーを感じつつ、目線で「信用されているのはお前もだろ」と彼女へと告げる燈。

 あまり密集し過ぎず、少人数ながらも適度に広がった隊列を取っている自分たちの陣形にも、きちんとした理由が存在していた。


 対象の護衛にとって最重要なのは、如何に攻撃を仕掛けてくる敵の動きを早く察知出来るかだ。

 ぎちぎちに警護する人間の周囲を固める陣形というのは、一見堅固に見えるが実のところは効率が悪い。

 即座に対象の下に駆け付けられるのなら、ある程度は広がって索敵範囲を広げた方が敵の攻撃に対処しやすかったりするものなのである。


 加えて、個々の素養に応じては周囲を固めるだけの陣形が不利益に働くこともあるだろう。

 広範囲、高火力を両立している燈の炎は密集した仲間を焼き払ってしまう可能性があるし、涼音のような機動力を活かした戦い方をする剣士にとっては自分の動きを妨害する味方の存在が邪魔になる可能性もある。


 彼らがその程度の問題で実力を十全に発揮出来なくなるとは思えないが、100%の力を出すためにもその人物の配置というのは非常に重要な問題となってくる部分だ。


 その点、蒼が考えたこの配置は理に適っていると燈は思う。

 蒼天武士団とそれ以外の武士とを三つの部隊に分け、前衛、中核、殿しんがりとして配置した彼の考えを確認するように、燈は再び自分たちの隊列を確認した。


 まず、最前列を張るのは栞桜と涼音の二人だ。

 爆発力がある栞桜と高い機動力を誇る涼音のコンビは、非常に高い制圧力を誇っている。

 前から来た敵を単純に迎撃するだけなら、この二人の実力があれば十分だろう。


 逆に、不意打ちや背後からの奇襲が予想される殿には、団長である蒼が位置していた。

 最後尾というのは隊列全体を見渡すことが出来るため、状況を確認し易い。

 仮に背後から攻撃されたとしても彼ならば十分に百合姫たちが逃げるだけの時間を稼げるし、危険な位置を団長が守っているというのは全体においても心強さを感じさせるものだ。


 そして中核には、燈とやよいの二人が配置されていた。

 護衛対象の近くには最も強い人間を配置するという至極単純な判断に加えて、瞬発力と火力を併せ持つ燈ならばどんな状況にも対応しやすく、前衛の危機にも殿のピンチにも即座に駆けつけ、状況を打破出来るだけの実力がある。

 その利点を活かすための配置に加え、いざという時には彼ならば百合姫を安全な位置まで離脱させられるという確信があっての配置だろう。


 やよいの中核への配置理由もこれまた単純で、蒼の代わりに指揮を執れる人物としての起用だ。

 仮に、殿として蒼が背後からの攻撃に対応した場合、残る隊列は前方へと逃げるようにして進むことが予想される。

 蒼天武士団の頭脳である蒼が追いつくまでの間、彼の代わりに仲間たちに指示を飛ばせる人間は副長であるやよい以外に存在しないだろう。


 とまあ、そんな具合で配置された蒼天武士団の面々は、各々の役目に沿って初めての依頼に全力で取り組んでいた。

 戦力としては数えられていないこころも、百合姫と玄白が乗り込んでいる駕籠に同乗し、彼らの世話役兼情報伝達役を担ってくれている。


 銀華城での戦の時とは打って変わった小規模な作戦ながらも、それが故に臨機応変に動く必要があるこの戦いには、非常に柔軟な動きを求められるだろう。

 蒼ややよいの指示に従うだけでなく、自分の頭でも取るべき行動を考えるようにしなくてはな……と、燈が護衛の中核を担う責任感に緊張する中、揺れる駕籠の暖簾が開き、窓からひょっこりと百合姫が顔を出してきた。


「燈さま、外の様子は如何でしょう? 何も問題はありませんか?」


「あ、ああ、大丈夫っすよ。まだ出発したばかりですし、いきなり問題発生とはならないですって」


「そ、そうですよね……すいません。少し、落ち着かなくて……」


 気恥ずかしそうに頬を染める百合姫の気持ちは、燈にも理解出来る。

 今から初めて生まれた土地から離れ、自分を付け狙う妖の襲撃を躱しつつ、顔も知れない嫁ぎ先の男の下に挨拶に向かうというのだから、気分が落ち着かなくて当然だ。


 百合姫の心の中では、様々な不安が渦巻いているのだろう。

 せめて、妖に対する不安だけでも和らげられるように尽力しようと決意した燈は、ふと百合姫が首からぶら下げた何かを強く握り締めていることに気が付く。


「それ、なんですか? 雪之丞さんから、何か貰ったとか……?」


「え……? ああ、これですか? これは、鷺宮家に代々伝わるお守りですよ」


 燈の問いかけにそう答えた百合姫は、握り拳を解いてその中身を彼へと見せつけた。

 『厄除』と刺繍された赤い布の結び口を開いた彼女は、その布の中に包まれていたものを人差し指と親指で摘まみ、自分の顔の横に置く。


「中身、出しちゃっても大丈夫なんすか?」


「大丈夫ですよ。包み布はお母様が用意したもので、御神体はずっと剥き出しのままで供えられていたものですから」


 そう言う百合姫が見せてきたものは、綺麗な六角形をした黒い鉱石のようなものだった。

 ほんの少しだけ鈍い光を放つそれをまじまじと見つめた燈は、水晶や鉱石にしては随分と光沢が薄いそれの正体が判らず、首を傾げる。


「何なんすかね、それ? お守りってことはご利益があるものなんでしょうけど……?」


「ふふふ……! 実は、私やお父様も判っていないんです。ですが、この御神体は初代当主である鷺宮真白さまの頃より伝わる、由緒正しき物品であるとのことです。きっと、真白さまも私のことを見守ってくださってますわ」


 頼もしそうに黒い御神体を見つめ、呟く百合姫。

 この不安な状況で頼れる何かがあることは良いことだと、少しでも彼女の不安を和らげられたことに燈も小さく笑みを浮かべる。


 気を抜いているわけではないが、こうした他愛のない会話で護衛対象の緊張を解し、信頼関係を築くことも大事な仕事であると蒼からも言っていた。

 であるならば、これも重要な自分の役目なのだろうと考える燈の耳に、やよいからの言葉が響く。


「燈くん、そろそろ鷺宮領の境界に着くよ。何があっても良いように備えておいて」

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