出立

 翌朝、東平京への出発を控えた一同は、鷺宮邸の前で最終確認を行っていた。

 目的地までの経路や一日の移動距離、総合でどれだけの時間が掛かるかや、いざという時の別ルートの確認を玄白と行っている蒼を見つめていた燈は、彼らから視線を外して自分たちと共に旅に出る鷺宮家の供を見やる。


 やや歳を取った、どう見ても凄腕の剣士とは思えない武士が数名。

 それが、蒼天武士団以外に鷺宮家が用意出来た百合姫の警護役の全てだった。


 荷物運びの女中や百合姫の傍に付く世話役も兼ねているであろう彼らを含めても、旅の仲間は十名を少し超えるだけの数しかいない。

 あくまで保険といった様子の彼らを見るに、百合姫の警護の主軸は燈たち蒼天武士団に委ねられているのは間違いないだろう。


 思っていたよりも責任が重大であることに息を飲むと共に、燈は旅支度を終えてじっと父の傍で出立を待つ百合姫の心細さを想像する。

 生まれ育った土地を離れ、僅かな供と共に顔も知らない男の下に嫁入りの挨拶に向かうことに加え、自分を付け狙う八岐大蛇の存在まであるとくれば、僅か十一歳の少女が不安を感じないはずがないだろう。


 しかして、それを表情に出さず、聞き分けの良い娘として家族のために感じている恐怖や心細さを押し殺す百合姫の姿を見ると、彼女のことを必ず守ってやらねばと思わされる。

 昨日の約束は、必ずや守ってみせよう。

 家族と領民のために、自ら危険に飛び込む百合姫を命に代えても守り切ろうと改めて決意した燈は、話を終えた蒼に声をかけ、自身も確認を行っていく。


「こっから東平京まで、大体一週間くらいだよな? んで、出来る限り広い街道を選ぶって話だったな」


「ああ。険しい山道や細い街道なんかで襲われたら、逃げ道が確保しにくい上に僕たちも全力を出しにくいからね。幸い、ここから東平京までの道は整備されてる。順調にいけば、安全な経路を進み続けられるはずだ」


「そっか……けど、油断は出来ねえ。取り合えず、八岐大蛇の呪いってモンがどの程度のものなのかを確認するまでは気が抜けねえな」


「うん、そうだね。襲って来る妖の強さや数を確認して、そこから計画を微調整していく。基本的な動き自体を変えるつもりはないけど、みんなにも臨機応変な対応を頼むことになるかもしれない。燈も、よろしく頼むよ」


「ああ、任せとけ!」


 親友からの言葉に胸を叩いて頼もしく応える燈。

 最大の不安要素である八岐大蛇の呪いに対抗するためには、自分たち蒼天武士団の力は必要不可欠だ。

 神にも近しい妖の力がどの程度のものなのか? それを確認し、対応するためにも、一切の油断は許されない。


 銀華城の戦で手柄を立て、周囲から祭り上げられるようになっても浮かれずにしっかりと足元を見ている燈の様子に蒼が頼もし気に頷くと、その背後から雪之丞が声をかけてきた。


「蒼殿、燈殿、どうか、父と妹をよろしくお願いいたします……!!」


 やや青ざめた表情で、深々と頭を下げてそう懇願する雪之丞。

 東平京には、嫁入りする百合姫は勿論、鷺宮家の当主である玄白も結婚相手への挨拶のために同行することになっている。

 家族二人の無事を祈る雪之丞の願いに大きく頷いた蒼は、彼を安心させるように力強い声で約束を交わした。


「安心してください、雪之丞さん。必ずや、お二人を無事にここまで連れて帰ってみせます。あなたは領内のことを第一に考え、尽力ください」


「ありがとうございます……! 何か動きがあれば、私の方からも報せを送れるように手配しておきます。どうか道中、お気を付けください……!!」


 再び深々と頭を下げる雪之丞の背後では、母である菊姫も負けず劣らずの不安そうな表情を浮かべていた。

 やはり彼女も娘と夫の身が心配なのだろうと、想い合う家族の姿に胸を打たれた燈は、絶対に玄白と百合姫を守り抜くと自分自身に誓う。


 師匠たちから託された夢の第一歩。困っている人たちを助ける最強の武士団、蒼天武士団としての初仕事。

 相手は半神の妖、八岐大蛇。その呪いを跳ね除け、百合姫を守りながらの旅路は相当に困難なものになるだろう。


 しかし、ここを譲るつもりはない。

 自分たちを頼ってくれた雪之丞のために、燈たちを信じてくれる百合姫のために、必ず、この依頼は達成してみせる。


 そう、決意を新たにしているのは燈だけでなく、蒼たち他の面々も同じのようだ。

 緊張と、覚悟と、決意に満ちた表情を浮かべる仲間たちの顔を見回した蒼は、一つ呼吸を置いてから彼らに向けて叫ぶ。


「さあ、行こう。蒼天武士団、出撃だ!」

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