婚姻の目的

「んじゃ、結論から言っちゃおっか。百合姫ちゃんの結婚は、ってところかな」


「あん? 珍しいけど、珍しくない……? それって結局、どっちなんだ?」


 やよいの解説に首を傾げ、そう尋ねる燈。

 そんな彼の反応にこほんと咳払いを一つした後、やよいは詳しい説明を行っていく。


「まず、珍しい部分の説明から。燈くんの言う通り、あの年頃の女の子がお嫁に行くことは、この大和国でも希少な例だと思うよ」


「そもそもの問題、年齢面での問題とかないのか? 十六歳以上にならないと結婚出来ないとかさぁ」


「う~ん……なくはない、って感じ。でも、今回の件を普通の婚姻と同じに考える必要はないかもね。だって、百合姫ちゃんは側室になるんだもん」


「側室って、二番目とか三番目の奥さんってことだよね? 歴史のドラマで見たよ」


「けっ! 金持ちのハーレム要員ってことか。ガキを嫁として囲おうだなんて、悪趣味なことを考える奴もいるもんだぜ……!」


「そうそう、そこなんだよ! 多分、蒼くんが一番おかしいな? って思ってるところがその部分なの!」


「……どういうことだ?」


 まだ十一歳の子供を嫁として迎え入れようとする何者かの言いようのない気味悪さに悪態を吐く燈へと、びしっと指を差して意味深な言葉を口にするやよい。

 そんな彼女の言葉にまたしても首を傾げた燈は、彼女に詳しい解説を求めるように視線を向ける。


「えっとね……そもそも側室って制度は、燈くんの言うような沢山の女の子を侍らかすためにあるんじゃないんだよ。側室っていうのは、大名や貴族なんかの社会的地位がある人間が、確実に世継ぎを残すために存在してるものなんだよね」


「あ、それもドラマで見たよ。正室さんとの相性が悪かったり、体が弱くて子供を産むことが困難だったりした場合、偉い人は側室さんを迎えて、その人に子供を産ませる……でも、複数の側室を迎えたばっかりに沢山の子供が出来て、誰を世継ぎにするかでドロドロの愛憎劇が――」


「椿、ちょっとタンマ。そのドラマの中身は面白そうだけど、今はやよいの話が優先な?」


 定番だが、その王道的な内容に引っ張られそうになった燈がドラマの解説を行うこころを止める。

 少し恥ずかしそうに頬を染めた彼女は、申し訳なさそうに小さく頭を下げるとやよいへと話の手番を譲った。


「こころちゃんの言う通り、側室ってのは正室さんとの子供が望めなかったりする場合に向かえることが多いね。まあ、単純に子供を増やしておけば万が一の時の保険にもなるわけだし、余裕があるなら美人の奥さんを侍らかしたいってすけべ心もあるんだろうけどさ。でも、側室を迎える一番の目的は子供を産ませるため……っていうのが、大和国での一般的な考え方なんだよ」


「だが、今回はそうじゃねえ。何せ百合姫はまだ十一の子供、赤子を望めるかわからねえ歳だ」


 こくり、と燈の言葉にやよいが頷く。

 この結婚の問題点というか、おかしな点であるその部分について、彼女は一歩踏み込んだ意見を述べていった。


「十一歳の子供に赤ちゃんを産ませるだなんて、母子ともに危険が大き過ぎる。そもそも大の大人と目合ひまぐわいが出来るかどうかすら怪しいよ。そんなことは誰が考えたってわかるから、この婚姻は子供を産ませるためのものじゃないってことは明白なんだよね」


「ってことは、やっぱり百合姫はハーレム要員ってことじゃねえか! なんだぁ? 結婚相手はロリコンかぁ!?」


「う~ん……そうなのかもしれないんだけど、それだと腑に落ちない点が多いっていうかさぁ……。跡継ぎになる男子を多く産ませることで、家が途切れないように保険をかけることが目的の側室制度だけど、こころちゃんの言った通り、その跡継ぎ問題で骨肉の争いが繰り広げられる可能性があったりすることも確かで、下手をするとかなりの危険を孕んじゃうこともあるんだよね」


「そっか。可愛い女の子を傍に置いておきたいって欲で行動した結果、正室と側室の争いでその人の家が崩壊しちゃう可能性もあるのか……リターンに見合ったリスクがある、ってことなんだね」


「そういうこと! 加えて、今回の場合は百合姫ちゃんの結婚相手から結構な結納金も用意されることになると思うよ。雪之丞さんの話を聞く限り、今回の婚姻は相手側が望んで百合姫ちゃんを欲してる感じになるわけだからさ」


「将来のリスクに今現在の多額の出費……ハーレム要員一人獲得するためにそれだけのモンを支払うのは、確かに割に合わなそうだな」


 家と家との関わりというのは、案外に根強く残るものだ。

 これから先、百合姫を側室として差し出した鷺宮家から何かと援助の申し出を受ける可能性も考えると、彼女の結婚相手は相当な出費を嵩ませることになるのだろう。

 百合姫一人にそれだけの価値があるのか? といわれると首を傾げるところで、ここまでの説明を聞く限り、燈には事がそんな単純なものとは思えないでいた。


「……話を最初に戻すとね。貴族同士の政略結婚に限るなら、あの年齢の子供が結婚することはそこまで珍しいことじゃないよ。ただ、その場合は相手も同じくらいの歳の子供が一般的で、子供と大人の結婚っていうのはまずない。だから、百合姫ちゃんみたいな貴族の子供がお嫁に行くことは珍しいことじゃないけど、状況的には珍しい、っていうのが普通の見方かな」


「総合的に考えてもやっぱ珍しいってことか。わざわざ鷺宮家との関わりを作ることに意味があるとは思えねえし、ハーレム要員を手に入れるにしちゃあ手が込んでる。百合姫の結婚相手は、何を考えてるんだ?」


「あたしにもわかんないし、蒼くんもわかってないと思う。もしかしたら、鷺宮家の人たちにも理解が及んでないのかもね。正体も目的も不明な上に、厄介な事情を抱えた百合姫ちゃんをわざわざ嫁に欲しがるだなんてどうかしてるとしか言いようがないんだけど……」


「……けど、何だ?」


 そこで、不自然に言葉を切ったやよいへと質問を投げかけてみれば、彼女は一呼吸置いた後でこう自分の意見を述べてみせた。


「もしかしたら、その厄介な事情……つまりは八岐大蛇の呪いこそが、この不自然な結婚の鍵を握ってるんじゃないかな? この呪い自体にも不自然な箇所があるし、蒼くんが詳しく情報を知りたがってるのもその辺の判断材料が欲しいからなんだろうな~、ってあたしは思うよ」


「八岐大蛇の呪い、か……」


 未だに謎が多いその呪いこそが、自分たちの疑問を解決する鍵を握っているのではないかというやよいの言葉に考え込む燈。

 確かに、言われてみれば八岐大蛇の呪いにも言いようのない不自然さが感じられるなと、その不自然さの正体を探ろうと、珍しく彼が物思いに耽ろうとした時だった。

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