懸念点といつものあれ

「ふ~ん、なるほどね。で、その依頼はどうすることにしたの?」


「一応、僕と燈は請ける形で心を決めてる。ただ、みんなの意見も聞いてから最終的な判断を下そうと思って、雪之丞さんへの返事は保留しておいた」


 雪之丞との面会の後、残る武士団の面々を招集した蒼は、この依頼を受けるかどうかの会議を行っていた。

 先の面会で聞いた事情や仕事の内容、そして八岐大蛇の呪いについて話した蒼に対し、大きく声を張り上げた栞桜が言う。


「迷うことなどないだろう。当然、請けるべきだ。蒼天武士団初の仕事としては、十分過ぎる内容じゃあないか」


「依頼人の話が本当なら、相手は神にも近しい存在。半分の力を失っているとはいえ、相当な強敵なのは間違いない」


「確かに、雪之丞さんが私たちを頼りたくなる気持ちもわかりますね。神様が相手なら、並の武士団じゃあ相手にもならなさそうですし……」


 栞桜の意見に続き、涼音とこころも同意の意見を口にした。

 彼女たちに反対する意思がないことを確認した蒼は、小さく頷くと決定事項を仲間たちに告げる。


「では、鷺宮家からの依頼である『百合姫護衛依頼』を請け負うことにしよう。明日、雪之丞さんがまた屋敷に来ることになってるから、そこで返事を伝えると共に領地に帰る彼に同行し、僕たちも現場に向かう。良いね?」


「了解だ。んじゃ、旅支度をしとかねえとな」


「着替えとかは当然として、食料とかはどうしよっか? あと、宗正さんたちに連絡が取れるよう、鴉も連れて行った方がいいかな……?」


 滞りなく話し合いは進み、雪之丞からの依頼を請けることに決めた一同は旅支度について話し合う中、ここまで口を閉ざしていたやよいが大きな咳ばらいをした。

 その声に反応した燈たちが一度話し合いを止めると、彼女は蒼へとこう問いかけを口にする。


「で? 蒼くん、まだ何か話したいことがあるんじゃないの?」


「……ああ。実は、少し気になってる部分があるんだ」


 やよいの促しを受けた蒼は何事かを考えながら口を開くと、先の雪之丞の話を聞いてからずっと感じていた違和感を仲間たちに伝え始める。

 会議は終わったものだと思い込んでいた一同は、慌ててその話を聞く体勢を整えると、蒼の言葉に耳を傾けた。


「八岐大蛇の呪いについても違和感があるけど、そんな呪いを受けて大変な状況にある妹さんをわざわざ離れた土地に嫁に出すかな? そもそも、百合姫さんを迎え入れようとしている相手は、呪いについて話を聞いているんだろうか?」


「そりゃあ……聞いてなきゃおかしい、よな? 呪いを秘密にした結果、百合姫と一緒にその結婚相手まで八岐大蛇に襲われたなんてあったら、それこそ鷺宮家は滅亡だろ」


「でも、だとしたらその結婚相手は何をしているんだろう? 呪いを受けている女性を側室として迎えるって時点でどうかしてるし、仮に対策を練っているとしても雪之丞さんの口からそのことについての話がまるで出なかったことも不自然だ」


「確かに、言われてみれば……変。秘密にするにしても、度が過ぎてる」


 結婚という、二つの家が繋がる大事な儀式を目前としているのに、その相手となる男性についての情報が何もない。

 名前や人物像だけではなく、その目論見も、動きも、考えも、何一つとして不明瞭なままというのが蒼の気にしている部分のまず一つ。


 そうして仲間たちに自分の違和感を伝えた蒼は、続けて二つ目の疑問点に関しても話していった。


「それともう一つなんだけど、どうして雪之丞さんは僕たちに護衛任務を頼んだんだろうか?」


「そんなもの、私たちが銀華城の奪還戦で大手柄を挙げたからだろう。実力は確かだし、新興団体だから依頼料も比較的安い。向こうの要望に沿った条件じゃないか」


「いや、そこじゃないよ。僕が気になってるのは、八岐大蛇が封印されている場所を知りながら、どうしてのかってことなんだ。普通に考えて、襲ってくる妖を撃退しても、それが無駄になる可能性が高いからさ」


 少し言葉が足りない蒼の意見に、理解が及ばなかった栞桜が首を傾げる。

 団長の意見の補助を行うように、親友に詳しい説明を行うために、蒼に代わってやよいが口を開いた。


「う~んとね……蒼くんが言いたいのは、どうして本体じゃなくって、分体の方を叩こうとしてるのか? ってことなんだよ。こういう場合、護衛対象である百合姫ちゃんを襲うのは、鷺宮家領内に封印されてる八岐大蛇本体じゃなくて、本体が神通力か何かの力で生み出した分身になるよね? 分身は本体の方に余力があれば何度だって送り込めるわけだから、何度倒したって意味がない。そりゃあ、倒し続ければ八岐大蛇本体を消耗させることは出来るだろうけどさ……それなら、本体を叩いちゃった方が話が早いと思わない?」


「な、なるほど……! そういうことか……!!」


「封印を解くことを恐れてる、とかじゃねえの? 八岐大蛇が封印されてからもう五百年も経ってるんだろ? その間に妖が力を取り戻してる可能性も零じゃねえし、封印を解いた結果、全力の八岐大蛇と本気でやり合うことになるのは御免だ~、って感じでさ」


「その可能性は十分にあるけど、そもそも呪いの根源を絶たないと百合姫さんが白鷺家の領内から出て生活することは不可能だ。これから先の人生を東平京で過ごすというのなら、八岐大蛇本体をどうにかしないと意味がないと思うんだけどな……」


 そう、燈の意見に対して言葉を述べた蒼は、口元に手を置くとぶつぶつと独り言を漏らしながら考えを深めていく。


「やっぱり八岐大蛇が呪いをかけてるっていうのがおかしいんじゃないか? 依頼人を疑うのは良くないけど、納得出来ない部分が多過ぎる。雪之丞さんが何かを隠しているか、あるいは勘違いの下に行動している可能性が高いな……」


「……おい、蒼? お~い! 蒼さ~ん!?」


「明日、彼が屋敷に来た時にこの疑問点について問い質すべきか? 少なくとも討伐ではなく護衛を頼んだ理由くらいは聞かせてもらっても……」


 燈が話しかけても全く反応をしない蒼は、一人の世界に籠って思考を深めていく。

 どうやら、考えに熱中し過ぎて周りの状況や自分に掛けられる声に気付いていないようだ。


 そんな彼の態度に肩をすくめた燈は、振り返ると、既に準備体操を行っていたやよいへとGOサインを出す。


「ダメだこりゃ。やよい、いつもの頼んだ!」


「了解っ! それじゃ、失礼してっと……!!」


 軽く腰を振って調子を整え、狭い部屋の中で十分な勢いをつける道筋を確認するやよい。

 下手に蒼を吹き飛ばして襖や壁に傷を付けたら桔梗に怒られると踏んだ彼女は、こくりと頷くと気力を込めた脚で前方への回転を行いながら跳躍し、蒼の頭上へと距離を調節する。


「……あれ?」


 そこでようやく、仲間たちが自分を若干遠巻きに眺めていることと、頭上から迫る気配に気が付いた蒼が顔を上げれば、丸々としたやよいの尻が自分目掛けて落下する様が目に映った。


「お尻、ど~んっ!!」


「ぶぐっ!?」


 ずしん、と音が響くような強烈なヒップドロップを喰らい、床に倒れ込む蒼。

 彼の顔の上に尻を置いたやよいは、その状態のまま腕を組んでお説教を開始した。


「あのね、前にも言ったでしょ? そうやって一人で抱え込むのは良くないから、みんなにきちんと相談しなさいって……自分の意見はきちんと仲間に伝えなきゃ駄目だよ、蒼くん!」


「むぶっ! むぼっ!!」


「頼りになるのは助かるけど、頼りになり過ぎるのも考え物だね~……ま、この辺の問題はおいおい解決すると信じてるから、それまではあたしがこうしてお尻に敷いてあげますよっと!」


「ぷはぁ! し、死ぬかと思った……」


「にゃははは! 腹上死ならぬ尻下死だね! 結構幸せそうな死に方だと思わない?」


 からからと愉快気に笑いながら普段通りのからかいを口にするやよいを軽く睨む蒼。

 割と洒落にならない突っ込みを入れる時は前々から一言告げてからにしてくれと頼んでいるだろうとその目は語っているが、今回は自分は悪くないとばかりにやよいは平然としている。


「諦めろよ、蒼。今のはお前が悪い」


「周りを見てないあなたに問題がある、と私も思う……」


「ぐぅ……!」


 やよいの肩を持つ仲間たちの言葉にぐうの音も出ない程に叩きのめされた蒼は、大きく溜息を吐くと反抗を諦めたようだ。

 再び顔を上げ、得意気に笑うやよいと顔を合わせた彼は、小さな声で彼女に謝罪する。


「……悪かったよ。でも、せめてお尻で突っ込むのは勘弁してくれない?」


「ん! 考えといてあげる! でも今は依頼について考えるのが先でしょ?」


 考えるだけで止めてはくれないんだろうなと、やよいの笑顔と答えからそんな確信を抱いた蒼はもう一度大きな溜息を吐いた。

 その後、彼女のご尤もな意見に対して、団長として仲間たちの同意を得るようにして出した結論を口にする。


「取り合えず、依頼を受けることは確定だ。今、僕が話した懸念点については、みんなも頭の片隅に置いておいてほしい。雪之丞さんからもある程度の説明をしてもらいつつ、護衛対象の安全を確保することに全力を尽くそう」


 蒼の出した最終的な結論に異論を唱えるものは誰もいないようだ。

 賛成の意見を無言で伝える仲間たちの姿に頷いた蒼は、改めて彼らに告げる。


「では、会議はこれまで。明日の出立に備えて、各々準備を整えてくれ」

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