八岐大蛇の呪い

「……妹さんを、守る。つまりは護衛任務の依頼ということで、よろしいでしょうか?」


「その通りです。鬼たち相手に一歩も退かず、勇猛な戦いを繰り広げた蒼天武士団の皆さまならば、必ずや妹を守っていただけると思いまして……」


 必死の形相で頼み込む男の言葉に暫し考え込んだ蒼は、顔を上げると詳しい情報を得るために矢継ぎ早に質問を投げかけた。


「妹さんが妖に狙われているというのは間違いないのでしょうか? もし既に襲撃を受けた経験がおありだとしたら、相手がどのような妖であるかはわかっておいでですか? それに、妹さんが妖に狙われるようになった切っ掛けに何か心当たりはないですか?」


「……それを説明するには、我が鷺宮家に伝わる古い伝承をお話ししなければなりません。少し長い話になると思いますが――」


「構いません。仕事を引き受ける以上、得られる情報は全て得るべきです。どうかお話ください」


 蒼の言葉に合わせて燈も頷き、男の話を聞く構えを取る。

 二人の反応に男もまた頷くと、神妙な面持ちのまま、口を開いた。


「……蒼殿には手紙で名乗らせていただきましたが、燈殿にはまだでしたね。私の名は鷺宮雪之丞さぎみや ゆきのじょう。この昇陽から東にある、小さな領地を治める貴族の跡取り息子です」


 丁寧に、燈と対面出来た興奮で忘れていた自己紹介を行った雪之丞は、改めて自分の家と治める土地について語っていく。


「東平京と昇陽の間にある小さな土地を治めている我が鷺宮家ですが、その台所事情は非常に悪い。売り出せるような名産品もなく、観光地となるような場所もなく、財政は常に火の車状態です。正直、貴族とは名ばかりの貧乏ぶり。没落に没落を重ねた情けない家でございます」


「……あまり、自分の家のことを卑下するものではありませんよ。今の世の中で、妖に食い潰されずに土地を守り続けているだけでも十分な君主ぶりです」


「ふふっ、国士無双の英傑である蒼殿にそう言っていただけるのはありがたいのですが……実際、我々が何かを守れているわけではないのですよ」


 そう、自嘲気味に笑った雪之丞の言葉に引っかかりを覚える燈。

 土地と民を有し続けているのだから、十分に彼らの生活を守り続けているといえるはずの雪之丞は、何故だかそれを否定している。


 そこに、何か意味があるのではないかと考えた燈であったが、今は依頼について詳しく知るべきだと一度その考えを頭の隅に追いやり、雪之丞の話に耳を傾けていった。


「話を戻しましょう。先日、そんな没落貴族の我々の下に幸運が舞い込みました。東平京に住まうとあるお方から、鷺宮家の一人娘であり、私の妹である百合姫ゆりひめを側室として迎えたいと申し出があったのです。詳しくは言えませんが、その方との繋がりが出来れば鷺宮家にも再興の芽が出ますし、妹が子を成せばその子が官職を得ることだってあり得る。正に千載一遇、我々にとって最後の好機が転がり込んできました」


「なるほど。鷺宮家の置かれている状況はわかりました。しかし、それがどう妹さんの護衛任務に繋がるのでしょうか?」


「……ここからが、話の本題になります。実は、我が鷺宮家には代々伝わるが存在しているのです」


「呪い、ですって……?」


 蒼の問いかけに、神妙な面持ちのまま雪之丞のが頷く。

 彼はこころが持ってきた湯飲みの中にある茶を一口飲んで気を落ち着かせると、深く息を吐いてからそのについて語り始めた。


「今より五百年ほど前、鷺宮家が出来上がる際にとある事件が起きました。当時、我が領土を治めていた女領主鷺宮真白さぎみや ましろが、婚姻を目前としてとある妖に連れ去られてしまったのです」


「……その、とある妖とは?」


八岐大蛇ヤマタノオロチ……お二人も、名前は存じていらっしゃることでしょう。凶悪無比な、八つ首の大蛇です」


 雪之丞が告げた妖の名を聞いた瞬間、蒼と燈の体に緊張が走った。

 大して妖という存在に詳しくない燈でさえも知っているその名前に、流石の蒼も驚きを隠せなかったようだ。


「そんな、何かの間違いでは? 八岐大蛇とは本来、神の領域に在る存在。おいそれとお目にかかれる存在ではないはずだ」


「信じていただけないのも当然でしょう。しかし、我々は何度も奴めと相まみえております。そして、奴が残した呪いに苦しめられているのです」


 ぶるぶると握り締めた拳を震わせ、憎々しさと怒りを滾らせた声を漏らす雪之丞。

 その様子からは嘘偽りは感じ取れず、到底信じられないと思いながらもその真偽を確かめるため、蒼は彼に話の続きを促す。


「それで、八岐大蛇の呪いとは?」


「……五百年前、鷺宮真白を連れ去った八岐大蛇の目的はただ一つ。彼女を我が物とすることでした。つまりは、彼女を娶ろうとしたのです」


「えっと……つまり、八岐大蛇は真白って女領主に惚れてて、そいつが結婚しそうになったから怒り狂って攫っちまった、ってことっすか?」


「そういうことなのでしょう。妖の身でありながら真白に恋い焦がれた八岐大蛇は、その欲を満たすべく彼女を強引に連れ去った。しかし、奴の目的は真白と、その婚約者の手で阻止されることとなるのです」


「……二人の手で、八岐大蛇は討ち果たされたと?」


 蒼の問いかけに雪之丞が首を横に振る。

 ここで八岐大蛇を完全に倒してしまえば、五百年後にまでその因縁が続いていないはずなのだから当然かと思いつつ、燈は雪之丞の話の続きに耳を傾けた。


「連れ去られた真白を救うため、彼女の婚約者は命を懸けて八岐大蛇と戦い、その首の半分を叩き斬ることに成功しました。しかし、そこで彼は力尽き、彼の死を嘆き悲しんだ真白は自身の命と引き換えに半分の力を失った八岐大蛇を領内のとある洞穴に封じ込めたのです」


「そこでめでたしめでたし……とは、ならなかった。問題になってる呪いってのが、ここから出てくるんですね?」


「仰る通り……力と首を半分失い、硬く封印されたとしても、八岐大蛇は諦めなかった。死んでしまった真白の代わりを求め、自らの花嫁として迎えるために、鷺宮家に呪いをかけたのです」


 はぁぁぁぁ……と、深い溜息を一つ。

 胸の中に抱えている憤りと苦しみを吐き出すようにして大きく呼吸した雪之丞は、この問題で最も重要な事項である八岐大蛇の呪いについて語る。


「真白の代わりに彼女の妹が継ぎ、領主となった鷺宮家の女の中には、鷺宮真白と瓜二つの者が生まれる……そして、その女性が鷺宮家の領地から出ると、恐ろしい妖が襲い掛かってくるのです。まるで生まれ変わった真白が自分の傍から離れようとすることを八岐大蛇が引き留めるかのように……!!」


 そう、一息に語った雪之丞は拳を机に叩き付けると、身を乗り出すようにして燈と蒼へと訴えかけた。


「妹は、百合姫は、その呪いを受けた女子なのです! ここ百年ほど、呪いを受けた女は生まれてなかったというのに、あいつが八岐大蛇に目を付けられてしまうなんて……! ゆ、百合姫は、健気にも家族のために顔も知れぬ男の下に嫁ごうとしています! 我々に出来るのは、あいつを無事に東平京に送り届けてやることだけ……襲い来る妖を打ち倒し、妹を守れるのは蒼天武士団をおいて他にありません! どうか、どうか……我々にご助力を!!」

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