桃がならぶ

「あ、か、り、くん……♡」


 甘い、とても甘い、こころの声。

 蕩けるくらいの甘美さに包まれている優しい声だというのに、体がびくりと震えてしまうのは何故だろう?


 妖と相対した時も、鬼たちの前に立ち塞がった時も、ここまで恐ろしい気持ちにはならなかった。

 たった三人の少女が、百鬼斬りの紅龍とまで呼ばれる自分のことをここまで追い込んでいる現状と、彼女たちがまだ自身の欲望を諦めていないことをその声から察した燈が、恐る恐るといった様子でゆっくりと顔を上げると――


「ぶっっ……!?」


 ――そこには、三つ並んだ桃があった。

 左から順に、小、中、大……と、形や色、そして大きさが異なる桃たちが、風呂の湯を弾く肌の瑞々しさを主張するかのように燈の眼前へと突き出されている。


 にやりと、悪戯小僧のように歯を見せて笑う涼音。

 願いが叶う機会が巡ってきたことに興奮し、頬を染めて蠱惑的な笑みを浮かべるこころ。

 恍惚とした表情のまま、荒く甘い呼吸を繰り返し、とろんとした眼差しでこちらを見つめる栞桜。


 前屈みになって、脱衣所に続く扉に手を突いて、尻をこちらに向ける彼女たちが瞳に情欲の炎を燃やす様を目にした燈の背筋に、冷たい何かが走った。

 無防備な姿を晒してるはずの三人から放たれる捕食者の気配に気圧される燈の耳が、危険な香りを漂わせる彼女たちの声を捉える。


「勝負は、燈の、勝ち。でも、あなたをそのままにしておくのは、可哀想……」


「だから、ね? ……これはまあ、お詫びってことでさ」


「好きに、してくれ……! 鞘になる覚悟は、とうに出来ているから……!!」


 誘うように左右に腰を振る者、羞恥にぷるぷると尻を震わせる者、緊張のあまりにぴんっと足を延ばしたまま、強く突き出す格好を取る者と、三人の反応は様々だ。

 だが、彼女たちが何を望み、何を目論んでいるかは誰だって理解出来る。

 燈の欲望を解放させ、彼の理性のタガを外し、ただの獣に変えてしまおうと……自分たちの目的のために、こころたちはなりふり構わずに反則中の反則行為に手を……失敬、を出したようだ。


「辛いよね? 苦しいよね? そうなっちゃったのは私たちのせいなんだから、しっかり責任を取らせてよ」


「三人に均等に相手をさせてもいい。気に入った者にずっと掛り切りになっても構わない。……使い方も、回数も、全部燈に任せる。好きに、して……」


「ふぅぅ……! はっ、はぁ……っ!!」


 甘く優しい言葉で宴へと誘い、挑発的な文句で興奮を煽り、行動と反応で理性を動かす。

 それぞれの強みが、特色が、はっきりと出た連携で燈を責め立てる彼女たちの蕩けた声が彼を襲う……。


「一番最初に燈に迫ったのは、私。なら、最初の相手は、私が相応しい、はず……」


 並んだ三人の一番左側、そこに位置する涼音が小さな尻を振りながらこの場の全員へと言う。

 誰よりも積極的に燈を誘い、この状況に至るまでの切っ掛けを作ったのは自分だと、ならば最初に褥を共にするのは自分だと、そんな主張を行う彼女の目には、野生の光が灯っている。


「燈、くん……輝夜の街でお願いした時から、ず~っと私の気持ちは変わってないよ。もし、あなたが私を初めての相手に選んでくれたとしたら……凄く、嬉しいな」


 中央に立つこころが、かつての願いを思い返させるような言葉を口にしながら微笑む。

 三人の中で最も早い段階から燈に想いを寄せ、彼への恩義と愛情を態度で示す彼女が、その時とは違う感情を抱きつつ、素直な想いを燈へと告げる。


「……私のせい、なんだろう? お前をそうしてしまったのが、私だというのなら……責任を、取らせてくれ……! 頑張るから。一生懸命、頑張るから……っ!!」


 右手で、誰よりも思い切り腰を突き出して、誰よりも大きな尻を燈へと差し出す栞桜が、必死な声を漏らした。

 自分の女としての魅力と機能に富んだ臀部は、他の誰でもないお前のものであると……眺めるも、触れるも、どう扱おうともそれは燈の自由であると、はっきりとした意思表示を爪先立ちになった脚と尻で行う彼女の顔は、桜の色に染まっていた。


 これが、彼女たちにとっての最後の勝負。

 ここまでして手を出されなかったとしたら、もうそれは素直に燈の意志の強さを認め、自分たちの魅力を鍛え直すしかないと諦めがつく。


 出口となる扉を自分たちの体と三つの尻で塞ぎ、燈が避けて通れぬ場所に秘部を鎮座させたこころたちは、自分たちの最後の攻勢が彼の理性に勝ることを願い、ただ待った。

 そして、その果てに彼が最初の相手として自分を選ぶことを望み、彼が触れやすいようにと腰を突き出しながら……ただ、燈の反応を待ち続けた。


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