仲間に相談(栞桜の場合)
「聞いたぞ蒼! 疲れの取り方を探しているそうだな!? それならばやはり体を動かせ! くたくたになるまで稽古をした後に泥のように眠るのが一番だ! 早速、私が手合わせをしてやろうじゃないか!」
そう、廊下でばったり顔を合わせた栞桜からいきなり言われて面食らった蒼が硬直する。
恐らくはこころから今の自分の状況を聞かされたのだろうなと合点した後、申し訳なく思いながらも蒼は彼女の意見を却下した。
「ごめん、栞桜さん。その案、もう出た」
「なにっ!? う、運動は駄目なのか? 我ながら最良の案だと思ったんだが……」
「ああ、うん。普段と違うことしなきゃ意味がないって言われてさ。修行とか手合わせだと、毎日のようにやってるわけだし……ね?」
「むむむむむ……っ!?」
「折角考えてくれたのに悪いね。それじゃ、僕はこれで――」
まさか自分の案が却下されるとは思っていなかった栞桜は、難しそうな顔をして唸りをあげている。
その様子に些かの罪悪感を抱きながらも、この場を立ち去ろうと動き始めた蒼の肩を、栞桜が強い握力で掴んだ。
「うわっ!?」
「ま、待て! 今、他の案を考えるから行くな!!」
「いだだだだだっ!? 力っ! 力込めすぎっ!! 骨折れるっ! 砕けるっ!!」
割と冗談抜きの悲鳴を上げる蒼を引き留めつつ、必死になって数少ない趣味を頭に浮かべて次の案を考える栞桜。
やがて、その候補に思い至った彼女は、一層強い力を蒼の肩を掴む手に込めながら彼へと言う。
「風呂! 風呂はどうだ!? 長風呂でのんびりと疲れを取るというのは、最高だろう!?」
「わかったから! まずは手を放してってば!!」
「はっ!? す、すまん! 熱が籠って、つい……」
「あ~、痛かった……! 僕たち以外にはそんな真似しないようにしてね? 割と本気で、肩の骨が粉々になりそうだから」
「め、面目ない……」
ようやく自分の馬鹿力を反省して小さくなる栞桜に注意をしつつ、この腕力と握力を誇る彼女と挨拶のようにどつき合える燈の丈夫さに感心を通り越して敬服までした蒼は、改めて彼女の提案を検討していった。
「まあ、でも、湯浴みってのは悪くないね。丁度、このお屋敷には大きなお風呂もあるし、のんびりとお湯に浸かりながら熱燗を楽しむってのも一興か……」
「だろう!? 風呂は命の洗濯ともいうし、ゆっくりと湯浴みすれば心の疲れもさっぱり癒えるだろうさ!」
自分の提案を褒められたのか、栞桜は再び胸を張ると鼻高々といった様子で蒼へと告げた。
判り易いその様子に苦笑しながら、蒼は湯浴みというリフレッシュ方法に対する問題点を彼女に述べる。
「でも、これを趣味にするのは難しいかもね。いくら綺麗で広いからって、ずっと同じお風呂に入ってたら飽きもくるでしょ? こういう趣味は、温泉地の秘湯名湯を巡るからこそ楽しいって側面もあるだろうしさ」
「うっ!? だ、だが、しかし――」
「それに、長風呂をするにしても限界はあるしね。のぼせるまでお湯に浸かったりなんかしてたら、命の洗濯どころじゃないでしょ?」
「ぐっ……!?」
「そして、何よりの問題点なんだけど……もしも僕が定期的に長風呂するようになったとして、その日程をやよいさんに把握されたら……色んな意味で怖い」
考え得る最悪の状況を想定する蒼。
長風呂を趣味にしたとして、その時間や行動パターンをやよいに握られたら、まず間違いなく彼女は風呂場に乱入するだろう。
そうなったらリフレッシュもなにもない。ある意味では幸せなのだろうが、蒼には自分がその状況を楽しめる未来は想像することが出来なかった。
『あれ~? 蒼くん、奇遇だね~! あたしもな~んかお風呂入りたくなっちゃってさ~! ……え? 使用中の看板? いや~、見落としちゃったな~! うっかり、うっかり!』
『折角だし、一緒にお風呂入ろうよ! 背中の流しっこなんかもしちゃったりしてさ~! 一人より二人の方が楽しいでしょ?』
『あ、逃げようとしても無駄だから! 大丈夫! のぼせてもあたしがちゃ~んと面倒見てあげるからね!!』
「……ね? こうなりそうでしょ?」
「ああ、うん、確かに……くっ、名案だと思ったんだが、これも駄目か……!!」
第二の案である湯浴みも却下された栞桜は、再び蒼へと提案するリフレッシュ方法を挙げるために思案を巡らせている。
今度は彼女に呼び止められぬよう、声をかけずにこの場を去ることを決めた蒼は、抜き足差し足で足音を殺し、こっそりと栞桜の下から離脱するのであった。
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