仲間に相談(燈の場合)
「はははっ! そりゃあ大変だったな! 師匠にゃ親馬鹿じみたところがあるし、椿への可愛がりは孫娘へのそれと何ら変わりねえもんなぁ」
「笑い事じゃないって。本当に大変だったんだからね……」
本気でこころを嫁に迎えようとしている男たちを斬りに行きかねなかった宗正を説得するという大仕事を終えた蒼は、心なしかいっそう疲弊を溜めているようにも思えた。
師である宗正の彼らしい行動にひとしきり笑ったところで、燈もまた働き詰めの相棒に対して、その身を気遣った言葉を口にする。
「まあ、俺も師匠の言うことには賛成だぜ。団長になって気合入れるのはいいけどよ、流石に休みもなしに働き続けてたらそのうちぶっ倒れちまうだろ? メリハリ付けろよ、メリハリを」
「そうは言ってもさあ……結局、仕事のことが気になっちゃって休むことに集中出来ないんだよね。師匠に言われて気が付いたけど、食事や睡眠の時間を除けば、僕って仕事してるか修行してるかの二択で、昔っから休みを楽しむなんてこととは縁がなかったからなあ……」
宗正に拾われてから山奥で過ごしてきた蒼にとって、娯楽というのはかなり縁が遠いものだ。
何かを買うにもわざわざ山を下りなければならなかったし、遊び相手もいなかった彼には、休日の楽しみ方というものがいまいち判っていない。
正直、暇を持て余しているのならば仕事をするか勉強や修行に時間を費やしたいと思ってしまうのが蒼の本心である。
良くも悪くも真面目な相棒の返答に苦笑しつつ、こいつが現代社会に生まれていたら社畜まっしぐらだっただろうなと考えた燈は、ぶらぶらと縁側から外に出した足を揺らしながら、こう言葉を返した。
「真面目なのは良いことだけど、やっぱ人生には楽しみが必要だろ? 趣味でも飯でも他のなんでも、仕事で溜まった心労を癒すモンを見つけた方が良いとは俺も思うぜ。こっちの世界風に言えば、ストレス発散とか、リフレッシュ方法を見つけろってことだな」
「りふれっしゅ、ねぇ……? じゃあ、燈の世界ではどうやってそのリフレッシュをしているのさ?」
「あ? あ~……定番なのはスポーツ……つまり運動だな。体動かして、いい汗かいて、身も心もすっきりさっぱりする。集団で体動かす遊びなんかすれば、友達付き合いにもなるし、その後に飯なんかに行きゃあわいわい楽しめんだろ」
「なるほど、運動か……!!」
燈の話に大きく頷いた蒼は、それならば簡単だとばかりに手を叩いた。
毎日こなしている剣の修行も言わば運動の一種。そこで汗を流し、燈たちと切磋琢磨した後に食べるこころの料理の味は格別だ。
早速、燈と組手でもしようかと誘いを口にしようとした蒼であったが、相棒の考えなどお見通しだとばかりの表情を浮かべた燈は、そんな彼の顔の前に掌を広げて制止のポーズを取ってみせた。
「でも、それは却下だ。師匠はお前に普段と違う日常を過ごせって言ったんだろ? 俺との修行なんてほぼ毎日やってることだし、それだと課題の達成にはならないんじゃねえのか?」
「うっ……!? 言われてみれば、確かに……」
「……まあ、たま~に普段と違う修行をするってのは効果的だとは思うがな。つっても、栞桜は俺と組手ばっかしてるし、涼音の場合はお前とやってることそんな変わらねえし……一番の変化を感じさせてくれそうって考えたら、やっぱやよいじゃねえか?」
「やよいさん、ねぇ……」
燈の言葉に、蒼が想像を働かせる。
頭の上にもわもわと白いふきだしを浮かばせ、自分がやよいに運動に関する相談を持ち掛けたらどうなるのかをシュミレートする彼の頭の中では、普段と変わらぬ笑顔を浮かべた彼女との会話が行われていった。
『え? 蒼くんあたしと運動したいの? よ~し! それじゃあとびっきり楽しくてスッキリ出来る奴をやろう!』
『まずはお布団用意して~、しっかり戸締り確認して~……よし、準備完了!!』
『さあ! おっぱじめようか! え? 何をするつもりなのかって? そりゃあ、男と女が二人きりでする運動といったら、一つしか――』
「よし、駄目だ! 運動はなしにしよう! 僕はそれ以外の休日の過ごし方を見つけるよ!」
「お、おう……なんか、妙にはっきりと否定したな、おい」
ある意味では物凄く失礼なのだが、ほぼほぼ現実になりそうなやよいとのやりとりを想像した蒼は、彼女への相談と運動でのストレス発散を断念したようだ。
力強く自分の意見を否定した蒼へとやや引き気味の表情を向けながら、気を取り直した燈はその場で立ち上がると、大きく伸びをして言う。
「なんか話してたら体動かしたくなってきたな。ちょっくら走り込みに行ってくるわ。相談は椿にでもしたらどうだ? あいつ、今なら多少は暇を持て余してんだろ」
「椿さんか……確かに、普通の女の子である彼女なら、そういう楽しいことをいっぱい知ってそうだもんな」
燈の意見に納得して頷いた蒼は、相談に乗ってくれたことを感謝しつつ、走り込みに向かう彼を見送る。
そして、その背が完全に見えなくなってから、こころに会うために彼女がいるであろう広間へと足を運んでいった。
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