幕間の物語~蒼のリフレッシュ大作戦~

休みという名の修行

「お~い、蒼。ちょっと話が……うほおっ!?」


 ある日のこと、久々に弟子と話をしようと蒼の部屋を訪れた宗正は、襖を開けた瞬間に見えた光景に感情がよく判らない叫びを上げた。


 執務用の机に書類を置き、何かを書いている蒼の横にある書簡と手紙の山、山、山……。

 畳みの床に直接座って執務を行う蒼の座高とほぼ同じくらいまでの高さに詰み合っているそれを点になった目で見つめた宗正は、首をぶるぶると振るとにま~っとした笑みを浮かべて仕事を行う弟子へと声をかける。


「凄いじゃないか! まさか、こんなに大量の手紙が届くとは……!!」


「先日の銀華城奪還戦の影響で蒼天武士団の名は大和国中に広まりましたからね。大名や貴族たちもこぞって僕たちとの縁を作りたがっているのでしょう」


「ほうほう! いや~、立ち上げて間もなくしてこんなにも多くの依頼が届くとは、蒼天武士団の未来は明るいじゃないか! まあ、流石に全部の依頼をこなすことは出来んだろうが、お前たちで話し合って気になった依頼をこなせば軍資金もがっぽりと――」


「いえ、それは依頼の手紙ではありませんよ。というより、僕たちのところにはまだ、一つも依頼が届いておりません」


「そうかそうか! まだ一つも依頼が来てない……ええっ!?」


 どさっと山になっている手紙を見つめ、いきなり武勇を広めた弟子たちの武士団に大量の依頼が舞い込んだことにほくほく顔を浮かべていた宗正であったが、信じられない蒼の一言に素っ頓狂な声を出すと目の前にある手紙の山を指差しながら叫んだ。


「こ、こ、これだけの便りが来ているのに、依頼が一つもないだと!? じゃ、じゃあ、これは何の手紙なんだ!?」


「え~っと……七割が諸大名、貴族たちからの自分のお抱えの武士団にならないかとの勧誘の手紙ですね。二割が僕と燈に対する養子縁組や縁談を含めた引き抜きの誘い。残りの一割が椿さんを嫁に欲しいという名家の跡取りからの恋文もどきでしょうか」


「おぉぉぉぉ……!? そんな手紙が、こんなに届くのか?」


「ええ、まあ。全て断っているのですが、条件を吊り上げて何度も手紙を寄越す人が多くてですね……そういった方々への説得も兼ねて、返事の手紙を書いているところですよ」


 そう言いながら、くたびれた顔をした蒼がコキリと首を鳴らす。

 彼のその顔と、山になった手紙を交互に見比べた宗正は、恐る恐るといった様子で弟子へと問いかけた。


「な、なあ……まさかお前、その量の手紙を一人で対応しているのか? 全員手紙の返事を書いて、送り返していると?」


「そうですよ。団長である僕しか出来ない仕事ですからね。まあ、幸か不幸か依頼が来ていないから時間はありますし、大名や貴族相手に失礼な真似も出来ませんから」


 ふぅぅ、と蒼が深い溜息を吐く。

 肉体的には余裕だが、精神的な疲弊を感じさせる彼の様子にごくりと息を飲んだ宗正は、首をぶんぶんと横に振った後で弟子を大きな声で怒鳴りつけた。


「いかーん! 毎日机に噛り付くみたいに仕事、仕事って、そんなんじゃお前、早死にするぞ!! しっかり休みを取れ! 休みを!!」


「いや、そうは言ってもですね――」


「馬鹿モンがっ! 一日二日仕事をサボったところで死にはしないわい! むしろ働きづめでいざという時にまともに動けん方が問題だろうが! 今のお前はな、張り詰めた糸と同じだ! ちょっとの刺激ですぐ切れる脆い糸! 心に余裕を持たねば、今に酷いことになるぞ!!」


「はあ……」


 師匠からの説教にも判ってるんだか判っていないんだかよく判らない返事をする蒼の態度に更に怒気を強めた宗正は、ビシッと彼の顔に人差し指を突き付けると彼の師として一つの課題を課した。


「いいか、蒼! これよりお前は休みを取れ! 普段の日常とは違う休日を過ごし、疲労と心労を解消してこい! お前が心身ともにすっきりしたとわしが認めん限り、お前に仕事はさせんからな!!」


「そ、そんな無茶苦茶なことがありますか!? 大体、急に休みを取れって言われてもどうしていいんだかわかりませんよ!」


「その答えを見つけ出すのが今回の修行だ! いいからとっとと休みを取れ! その間に、わしがお前の仕事の一割を片付けておいてやる!」


「はぁ……」


 唐突に与えられた休みという名の修行に困惑しつつ、こうなった宗正は梃子でも考えを変えないことを弟子として理解している蒼は、取り合えず彼の言う事に従うことにしたようだ。

 執務用の机から立ち上がり、軽く伸びをしてから自室を後にしようとしたところで……はたと、先程の師匠の言葉を思い出し、とある疑問を投げかける。


「あの、師匠? 仕事の一割を片付けるって、どうするつもりですか? 僕の筆跡を真似て、返事の手紙を書くとか……?」


「あぁん? ……なに、もっと簡単なことだ。これさえ済ませればそいつらはもう二度と手紙を寄越さんだろうさ」


 そう言いながら手紙の山に手を突っ込んだ宗正は、鬼よりも恐ろしい表情を浮かべながら蒼へとこう答えを返した。


「可愛いこころは誰にも渡さん! 嫁入りを希望する奴らの所に行って、全員ぶった斬ってやるわ!! それで一割の手紙の返事を書く必要はなくなるぞ! よかったな、蒼!」


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