三軍合流
「ウオラァッ! どうした鬼どもっ!? こっちはまだまだやれるぞっ!! かかって来いよオラァッ!!」
豪快な腕のスイングで鬼を殴り飛ばした慎吾の叫びがこだまする。
しかし、その威勢のいい言葉に反して、内心では彼は焦りを見せていた。
既に四、五体の鬼を倒してはいるが、相手の勢いは削がれるどころかむしろ増しているように思える。
どれだけ拳を叩き込もうとも、蹴り飛ばしてみせようとも、息の根が止まるその瞬間まで、鬼たちは全力で自分たちに襲い掛かってくるのだ。
(ちっ! こいつら、死ぬのが怖くねえどころか死ぬ気で突っ込んできやがる! なんつー執念だよ!?)
ここを死に場所と決め、一人でも多くの人間を道連れにしようと戦う鬼たちは、元々の身体能力の高さも相まって、非常に恐ろしい敵と化していた。
一体一体が信じられない強さを持ち、命を燃やし尽くす勢いでこちらに挑みかかってくるのだから、幾ら英雄と呼ばれる慎吾たちであっても苦戦は免れることは出来ない。
村人を守り、鬼を撃滅してきた慎吾たちにも、疲れの色が見え始めている。
だが、それを敵に感じ取られてしまっては、鬼たちを勢い付かせるだけだと理解しているからこそ、慎吾は虚勢を張っているのだ。
「次の相手はどいつだ!? ビビっちまってんなら、とっととどこかに消えちまえ!」
強気に鬼たちを手招きする慎吾だが、内心では一刻も早い増援が来ることを望んでいた。
自分はまだ戦えるが、自分に付き従ってくれている仲間たちの消耗が激しい。
このままでは、彼らから犠牲が出てしまうかもしれない……と、少なくない焦燥感に慎吾が歯軋りした瞬間だった。
「ドギャアアッッ!?」
全く予期していなかった方向から、壮絶な鬼の断末魔の声が聞こえてきた。
同時に人の身の丈を容易に超える鬼の巨体が宙を舞い、慎吾たちの頭上を飛び越えて、頭から地面へと落下していく様が目に映る。
突然の出来事に慎吾たちだけでなく鬼たちもまた言葉を失う中、大勢の人間の足音に負けないくらいの女性の大声が聞こえてきた。
「幕府軍第三軍所属武将栞桜! 鬼たちに襲われている村人を救いに参った! 異世界の英雄たちに代わって、ここからは我らがお相手しよう!!」
「おおおおおっ!!」
強面の男性武士たちの先頭を切って駆ける栞桜が、大剣形態の『金剛』を振りかざして鬼を叩き潰す。
続け様に『榛名』へと形態を変化させ、手近な鬼を殴り飛ばした彼女は、更に弓形態である『比叡』に武神刀を変形させると、遠目に見える鬼たちを桜色の矢で射抜き、次々と敵を屠っていった。
「……来るのが遅いんだよ、ゴリラ女」
「随分とお疲れみたいだな。英雄さまも、流石にこれだけの数の鬼の相手は骨が折れたようだ」
磐木の地で拳を交えた二人が憎まれ口を叩き合う。
武士たちに討ち取られる鬼や、保護した村人たちが安全地帯まで誘導される様子を目にして安堵の息を吐いた慎吾に向け、『比叡』を構えたままの栞桜は、振り返ることなく彼へと賞賛の言葉を送った。
「よくやってくれた。お前たちが来てくれていなかったら、この村の人々は助からなかっただろう。三軍の一員として、お前に礼を言わせてもらう」
「……へっ! 別に礼を言われることなんざしてねえよ。この国の奴らを救うのが、俺たち英雄の役目なんだからな」
鼻をすすり、拳を打ち鳴らした慎吾は、そう言いながら栞桜の前に出る。
まだまだ自分は戦えることをアピールし、鬨の声を上げて戦いの渦中に飛び込んでいくその大きな背中を、くすりと笑う栞桜が見つめていた。
「ぐっ!? ぎひっ!?」
「ぎゃああっ!!」
同時刻、また別の村では、鬼たちの断末魔の悲鳴が響き渡っていた。
胴を、首を、綺麗に叩き斬られ、何が何だか判らない内に命を落とす鬼もいれば、圧倒的な暴風に飲み込まれ、全身をズタズタにされてから地面に叩き付けられてあの世へと旅立つ鬼もいる。
その鬼たちの中心に立つ二人の少女は、お互いの技を確認し合ってから小さな声で話をしていた。
「へえ、あなたも風属性の剣士なのね? でも、随分と私とは技の雰囲気が違うわ」
「その暴風、悪くない。こういう大勢の敵相手は助かるでしょうけど……周囲に防衛目標があると、少し使いにくそうね」
「まあ、ね……そう言うあなたは疾風というか、捉えどころのない風みたい。磐木でも少し見させてもらったけど、剣士としての腕前は私より格段に上だわ」
「ええ。だって私、天才だから」
そう、会話をしている最中にも数体の鬼を斬り捨てた涼音の腕前に舌を巻く冬美は、改めて彼女の剣才に圧倒されていた。
以前からその差は感じ取っていたが、ここまでの実力の開きがあることに愕然としながらも、今は自分のやるべきことをやるだけだと思い直し、武神刀を握り直す。
「……こういう場面では、あなたの技が効果的。私のことを気にする必要はないから、思う存分にやっちゃって」
「確かに、あなたなら私の風に巻き込まれる心配はなさそうね。OK! 風使い同士、共闘と行きましょう!!」
互いに背を預け、自分たちを取り囲む鬼たちを睨み付ける涼音と冬美。
たった二人の少女を包囲しているという、如何にもな美味しい状況なはずなのに、その圧倒的な強さを目の当たりにしている鬼たちの心には、一切の油断も慢心も浮かべることは出来ていない。
荒れ狂う暴風に巻き上げられるか、形の無い疾風に斬り裂かれるか、道は二つに一つ。
その死を予感しながらも、一分の意地を見せるためだけに、彼らは風を操る美少女剣士たちに挑みかかっていった。
(凄い……多くの兵たちがスムーズに動いている。指揮を執る者の思考にまるで淀みが感じられない……!!)
目の前で鬼たちを討滅し、同時に昇陽への防衛ラインを敷いていく兵たちの動きを目にした王毅は、彼らを指揮する者の能力の高さに舌を巻いていた。
自分が率いたことのない人数の兵たちを自在に操り、鬼への対処と村人たちの避難誘導、更には防衛線の構築までもをこなさせるその手腕を見た王毅は、熟練の武将がこの部隊の指揮を執っているのだと思い込んでいたのだが……。
「あ、どうも~! 磐木で顔を合わせて以来だね! 英雄さん!」
「あ……! 君は確か、虎藤くんと一緒にいた……」
「西園寺やよいで~すっ! この一団を率いてる指揮官代理として、あなたの手助けに心からの感謝を! 本当に助かりました!」
「えっ!? き、君が、この部隊を……!?」
「うん。そうだけど、何か問題があった?」
「い、いや、特には……」
一応は顔見知りであるやよいの登場と、子供にしか見えない彼女がこの練達された部隊を率いていることを知った王毅が意外さに驚く。
そうして、この感情が彼女に対して失礼なものであることに思い至った王毅が必死になってその驚きを隠そうとするも、鋭いやよいがそんなしどろもどろの態度を見抜けないはずがなかった。
「……まあ、本来の指揮官は別にいるんだけどね。今は手が離せないから、あたしが代わりをやってるだけだよ」
「指揮官、って……君の仲間にいた蒼って青年かい?」
「うん! まあ、燈くんの性格を知ってたら、彼が指揮官になるはずもないって思うもんね! 消去法で出てくる名前としては、正しい正しい!」
にこにこと笑いながら王毅の言葉を肯定するやよい。
この会話を燈が聞いていたら怒るだろうなと思いつつ、ならば彼もこの場に来てくれているのではないかと、燈と肩を並べて戦えるかもしれないという可能性に表情を綻ばせて周囲を見回した王毅であったが、そんな彼に対して申し訳なさそうな顔をしたやよいが言う。
「あ~……ごめんなさい。燈くんはここには来てないんだよね……他の場所で戦ってるっていうか、一番重大な仕事をしてるっていうか……」
「そうか……虎藤くんの腕前を考えれば、それも当然か。それに、彼が戦っていたら炎のお陰で目立つだろうから、すぐにわかっただろうしね」
「……やっぱり、一緒に戦いたかったりします?」
「ああ。だが、彼は今、自分のすべきことを成すために戦っているのだろう? なら、俺もそうするだけさ。自分の願望より、全体の意志を優先する……磐木ではそれで間違ってしまったが、今回はそれで正しいはずだ。俺の役目は、昇陽に続く最終防衛線を死守して、一人でも多くの村人たちを安全地帯に運ぶこと。今はそれに全力を尽くすさ」
そう、王毅が自分の決意を口にした瞬間、遠くの方で炎が燃え上がった。
紅蓮の火柱が立ち昇り、真横に倒れていく様を目にした王毅は、そこに自分の友がいることと、彼もまた戦いを始めたことを理解して、一人呟く。
「……こちらは任せてくれ、虎藤くん。君は自分の役目を果たすために、真っ直ぐ突き抜けるんだ!」
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