決戦前、彼と彼女
「頑張ったね、蒼くん。よく出来ました!」
「まだ何も成しちゃいないよ。無事に敵を倒して、戦を終わらせて、ようやくその言葉を受け入れられる。まだ最初の一歩を踏み出しただけさ」
「それでも、あなたはその一歩目を強く踏み出したじゃない! 立派に指揮官してたと思うよ! うん!」
出撃前、蒼はちょこちょこと歩み寄ってきたやよいとそんな会話をしていた。
これまでのように一人で抱え込むのではなく、仲間たち全員と協力して戦への策を考えた自分を褒める彼女をちらりと一瞥した後、蒼は首を左右に振って言う。
「だとしたら、それは君のお陰だよ。ずっと言われ続けてきた欠点を改めて指摘してくれたやよいさんの一発、正直に言ってかなり効いた」
「にしししっ! そりゃそうだ! あたしのお尻を舐めるなよ~! ま~た蒼くんが頭でっかちになってたら、何発だってお見舞いしてあげるかんね!」
「あはは、それは御遠慮願いたいな。ほんと、結構痛いんだよ」
ぺしん、と自分の尻を叩きながら胸を張るやよいの言葉に、苦笑を浮かべて蒼が返事をする。
それでも、あの一発が無ければ三軍の士気の向上も、現在の戦況に対しての冷静な対処も出来なかっただろうと考えると、やはり彼女には感謝しなければならないだろうと考える蒼に対して、やよいはこう言葉を続けた。
「負けないでね、一騎打ち。金沙羅童子も本気で来る。仲間や弟たちの仇を取るために、死に物狂いで蒼くんを倒しに来るよ。この戦の勝敗は、大将同士の一騎打ちに掛かってる。金沙羅童子の首を挙げれば、二千以上の兵の死も無駄ではなくせるから」
「……わかってるさ。表面的な戦の勝敗としてわかりやすい成果を挙げられれば、幕府としても一応の体裁は保てる。でも、この戦を大惨敗から辛勝まで持っていくためには僕の力だけじゃ駄目だ」
「ん! ちゃんとわかってるじゃない! あたしも、燈くんも、栞桜ちゃんも涼音ちゃんも、他の三軍のみんなも! 全員の力を合わせなきゃ、本当の意味で勝つことは出来ないもんね! それを理解して、口に出来ただけで今は合格だ!!」
ケラケラと楽しそうに笑い、数歩足早に前へと駆けたやよいは、そこでくるりと振り返って高い位置にある蒼の顔を見上げる。
そうした後、くいくいと手招きをした彼女の下へと歩み寄った蒼に向け、やよいは笑顔のままにこう言った。
「ね、ちょっと屈んでよ! あたしと目線が合うくらいまで!」
「えぇ……?」
何を妙なことを、と思いながらもその指示に従った蒼は、きらきらと無邪気に輝くやよいの眼を真っ向から見つめられる位置にまで自分の顔を落とす。
自分への信頼と、ほんのちょっぴりのいたずら心が混在している綺麗な瞳を覗き込み、その気恥ずかしさに一瞬だけ蒼が目を逸らした瞬間、小悪魔のやよいが動きを見せる。
「んっ……!!」
とんっ、と額に何かが触れる感触。
正確には、ふにっ、とした柔らかい感触を覚えた蒼は、一瞬だけ触れてすぐに離れたそれの温もりを確かめるように自分の額を触れようとする。
「あーあー! 駄目だよ~! それ、おまじないだからさ! あんまり擦ったりすると、幸運が逃げてっちゃうから……ね?」
その動きを制止するように言葉を発したやよいが、自分の唇に立てた人差し指を当てながら笑みを見せる。
ほんのりと染まった頬と、嬉し楽しそうなその笑みを目の当たりにした蒼が言葉を失って口をぱくぱくとただ開け閉めする中、やよいは一足先に待っている兵士たちの下へと駆け出していった。
「だいじょ~ぶ! 絶対に勝てる! 元々強い蒼くんに、あたしのありがた~いおまじないまで加わったんだもん! 絶対に大丈夫だよ! 東のことはあたしたちに任せて! 蒼くんは思いっきり、全力で……鬼の大将、やっつけちゃえ! 全部が上手くいったら、ご褒美におでこじゃなくて唇にしてあげるからね!!」
最後にそう言い残して足早に去っていくやよいの背を見送りながら、再び額へと手を伸ばそうとした蒼は……そこで、ぴたりと動きを止めた。
まったく、緊張で硬くなっていた気分を解れさせてもらったことは感謝するが、これはこれで別の意味で緊張してしまうではないか。
そんな、決戦前の人間には似つかわしくない考えを頭に浮かべ、蒼もまた自分を待つ部下たちの下へと歩き出す。
胸に師から与えられた力を。背には仲間たちからの信頼を。そして、額に幸運の女神からの寵愛を。
それぞれを抱き、背負い、戦場へと歩み出す蒼の口元にもまた、どこかで見たようないたずらっぽい笑みが浮かんでいた。
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