飛車角落ち、されど――

 迷いを振り払った蒼が、仲間たちと共に目の前の困難へと立ち向かう。

 勝利のために一丸となる三軍を纏めつつ、策を練るために必要な情報を集める彼は、次々と仲間たちへと指示を飛ばしていった。


「椿さん! 負傷兵の状況を教えてほしい! 戦えなくても構わない。具足を纏って、陣に立てる人間はどれだけいる!?」


「それなら全員大丈夫です! 激しく動いたら危ない人は何人かいますけど、ただ立つだけなら平気なはずです!」


「ありがとう! すまないが彼らを呼んで、支度をしておいてくれ! 栖雲さん、最後の通信の時、聖川殿がどの辺りにいたかわかりませんか?」


「え、ええっと……確か、二の丸に向かうと言っていたような……」


「なら、救助部隊はそこを中心に探索を行うべきか。周辺の村への救援は……栞桜さん! 涼音さん! 部隊員の編成を! 足が速い者は同じく速い者と、遅い者は遅い者といったように、移動速度が同じ程度の人間同士で一緒になるよう、三軍の兵を数名ずつの小隊に分けてくれ!」


「わかった!」

 

「了解」


「それから、やよいさんは燈と一緒に銀華城周辺の図面に各軍の大まかな配置を駒で示して! 敵の数は直感と大体の概算で大丈夫! 微調整は僕の方で行う!!」


「おうっ!」


「あいあい! まっかせて~!」


 荒削りで散らかっていた三軍の動きが、蒼の指示によって作戦遂行に相応しい形へと磨き上げられていく。

 使える戦力を総動員し、部隊を動きやすい状態に整え、戦況を明確にすべく情報を整理していくことを、今度は一人ではなく仲間たちと共に行う蒼。

 潤滑に、迅速に、彼の指示を元に状態を整えていく三軍の動きは、何年も厳しい訓練を共にこなしてきた精鋭部隊のそれと何ら変わりないように思える。

 

 勝てるかもしれないと、その様を見ていた栖雲は思った。

 戦における勝利の三原則……天の時、地の利、人の和が、今の三軍には全て揃っている。


 この途轍もない危機的状況で、王毅たちが援軍に駆け付けてくれたという事実が、天が蒼たちに味方してくれていることを物語っている。

 地形に関しても、毎日のように銀華城の周辺を見廻っていた三軍の方が鬼たちよりも詳しいことは間違いがない。そこで生まれる有利不利も、彼らなら自在に操ることが出来るはずだ。


 そして、そこに最後の人の和が加わった。

 絶対的に絶望な状況で、勝利を掴むための条件が整ったことに驚愕する栖雲の表情は、どうにも不思議なものになっていただろう。


 幕府軍の主軸を成す一軍、二軍は壊滅し、逆に鬼たちはその勢いを増した。

 将棋で例えるならば、飛車角落ちどころか金も銀も全て失ってしまったかのような不利な状況で、一時は勝利など絶望的だと思っていたのに、それがここまで持ち直したのだ。


 一つ、また一つ……栖雲の目の前で、蒼が取るべき策を見つけ出していく。

 仲間を信じ、協力し、共に勝利を掴むための道筋を水が流れる如く淀みない速度で進んでいく三軍の中心に在る蒼の手腕は、指揮官としての適性には、もう疑う余地はないだろう。


 そうして、ほんの数分の間に情報を纏め、軍の出撃準備を整えてみせた蒼が、地図を乗せている机を指で強く叩く。

 それはまるで将棋の駒を動かし、敵の王将を詰みの状況まで追い込んだかのような……その、軽快な音に一瞬で視線を指揮官へと向けた兵たちに向け、蒼は静かな声で告げた。


「これより、作戦を伝える。苦しく、厳しい戦いになるだろう。だが、それでも……この戦に勝つために、みんなの命を僕にくれ」

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