あれも、これも、どれも

「……いいえ、この問題の非は僕たち全員にあります。僕もまた、常識の範囲内で物事を考えてしまっていた。僕たちにとっては重要な拠点である銀華城も、鬼たちからしてみれば一時の寝床に過ぎない……命を懸けて守る必要性は勿論、あんな風に致命的な損害を与える罠を仕掛けてもなにも困ることはないということを、失念していました」


 城を守る者と、落そうとする者との戦いであるという固定概念が、その大前提を蒼たちの頭の中から消去してしまっていた。

 かつて匡史に話した鬼は常識を外れた行動を取るという考え方を、自分自身も知らず知らずのうちに失念していたことに蒼が歯噛みする中、苛立った様子の燈が呆然とする栖雲も含めて二人に叫ぶようにして言う。


「色々と後悔する気持ちもわかるけどよ、今は動かなきゃマズいだろ!? 背後の村が襲われてるってんなら、急いで助けに行かねえと村人たちが全滅しちまう! 動ける奴連れて、急いで救援に――」


「待って、燈。それ以上にマズいことがある。そっちを優先しないと、駄目」


「んだよ、涼音!? その優先すべきことって!?」


「……鬼の南下、よ」


 そう言いながら、筆を手にした涼音が地図を指差す。

 周辺の村々を囲むように円を描き、その対極に位置する方向にも筆を走らせた彼女は、それを用いて燈たちに説明を行った。


「多分、今、村を襲っている鬼たちは囮。鬼たちが本当に優先したいのは、この戦で傷をあまり負っていない、精鋭部隊を生き延びさせること。仮に金沙羅童子を討ち取ったとしても、三千の幕府兵を撃退して生き延びたなんて武勇伝を持った鬼たちの足取りを見失えば、南の方でまた勢力を盛り返しかねないわ。東平京からも遠い南の地で暴れ回られたら、対処だってしにくい。こいつらを逃がしちゃ、駄目」


「でも、だからって村人たちを見捨てられるかよ! それに、南に逃げる鬼たちを優先して叩きに行ったら、今度は東方向に向かう鬼たちを止められなくなっちまうだろ!? こっから東には昇陽の都がある! 万が一でもあの街に鬼たちが入ってみろ、それこそ大災害じゃねえか!」


「それは、そう。だから、部隊を二つに分けて、個別に対処を――」


「お、お待ちを! 銀華城に向かった兵たちの中にもまだ生き残りがいるはずです! それに、総大将である聖川殿もお救いしなければ! なにとぞ! なにとぞ銀華城へ将兵の救出部隊をお送りください!」


「待て待て待て待て! 周辺の村を襲う鬼たちに対処しつつ、その東進を阻止する部隊に、精鋭部隊の南下を防ぐ部隊。それに銀華城に取り残された将兵を救出する部隊の三つを用意しろだと!? 私たち三軍の総勢は五百名、それも負傷兵を加えてその数だぞ!? それを三つに分けてこの戦況に対処しろだなんて、無茶が過ぎる!」


 三軍は今、大混乱に陥っていた。

 一軍と二軍がほぼ壊滅した状態という、最悪の事態に直面した上で唐突に訪れた出番で自分たちは何をすべきなのかが、まるで判断がつかないのだ。


「銀華城の周りにある村は一つや二つじゃねえ! そこ全部を回るには部隊をバラバラにしなきゃいけねえし、そこから鬼と戦う奴と村人の避難誘導を行う奴、東に向かう鬼たちを止めに行く奴も必要なんだろ!? 百名やそこらで足りるはずねえだろうがよ!」


 燈の言う通り、今まさに鬼たちの襲撃を受けている村を救うには、三軍の大半を送り込まなければならないだろう。

 この鬼たちを放置すれば大和国西の大都市である昇陽にその魔の手が伸びる可能性があるし、そもそも戦に巻き込まれた民を見捨てることなどあってはならない。


「でも、ここで鬼の精鋭を逃せばこれまでの戦の意味が何一つとしてなくなる。せめて敵を全滅したっていう功績を挙げないと、本当にただ兵と銀華城を失っただけの戦になってしまうわ。将来の被害を防ぐためにも、優先すべきはこっちのはず」


 涼音の言うこともまた正しい。

 奪還目標であった銀華城は鬼の策略で爆破炎上し、それに巻き込まれた将兵二千名以上が命を落とした。

 どこからどう考えても大惨敗であるこの戦に少しでも戦果を挙げるためにも、敵の最大の目的である精鋭の生存だけは防がなければならないという意見は、至極尤もだ。


「どうか聖川殿と兵たちの救護をお願いします! 総大将である聖川殿が討ち取られてしまえば、それこそこの戦は我々の敗北となってしまう! それを避けるためにも、生き残った兵たちを救うためにも、どうか銀華城へ救助部隊を……!!」


 そして、栖雲が言っていることもまた正しかった。

 戦の勝敗として最も明確なのは、総大将の首級を挙げることである。

 幕府軍の総大将である匡史の首を鬼たちに取られれば、それは言い逃れの出来ない明確な敗北の証となり、例えここから鬼たちを全滅させようとも、幕府軍が敗北したという印象はどう足掻いたって拭えなくなってしまうだろう。


 誰が言っていることも正しい。全ての意見が間違っていない。

 その中から何を優先し、どれに力を尽くすべきなのか? その判断がつかない三軍の面々は、半ば恐慌状態に陥りながらただただ自分の意見を叫ぶだけになっていた。


「こうしている間にも村人たちがやられてるんだ! 俺は行くぜ! 動ける奴は俺に続け!」


「待て、燈! 勝手に動くな!! 兵の数も分配も考えずに好き勝手に動けば、それこそ崩壊を招きかねないんだぞ!?」


「まずは南下を止めないと。銀華城の生き残りを救うのは、断念した方が――」


「お願いです! まだ生き残っている将兵はいるはずです! 救援が来ることを信じ、聖川殿をお守りしている者もいるやもしれません! 彼らを見捨てないでください! どうか、どうか……っ!!」


 ざわめく、渦巻く、濁っていく。

 明確な答えが出ないまま、自分たちが何を優先すべきかも判らぬままに、ただただ混乱を深めていく三軍の陣地内で、蒼は必死になってこの状況への対策を思案していた。

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