悩んで、迷って……お馴染みのあれ

(考えろ、見つけ出せ。僕が間違えるわけにはいかないんだ……!!) 


 指揮官である自分が選択を間違えれば、大勢の人たちが死ぬ。

 大量の兵を投入しながらも実質的に戦に敗北した幕府の権威は失墜し、それが新たな混乱を生み出すことに繋がるだろう。


 村人たちを救わなければならない。鬼の南下を止めなければならない。銀華城内部の匡史を助け出さなければならない。

 そのために、どう兵を動かすのか? その分配は? 各部隊の指揮は誰に取らせる?

 それらの判断を下すのは三軍の指揮官である自分だ。そして、その判断を誤るわけにはいかない。


 自分が失敗すれば、大勢の人が死ぬ。

 自分のせいで、救えるはずの命が消えてしまう。


(優先すべき事項はどれだ? 完敗の状況から辛勝まで持っていくために聖川殿の捜索と金沙羅童子の討伐を優先するか? だが、そうなれば村人たちはどうなる? 鬼たちに蹂躙され、殺されてしまうのを看過するのか?)


 戦が終わった後のことを考えるならば、優先すべきは鬼の討滅と匡史の保護であろう。

 南下する鬼を全滅させ、金沙羅童子の首を取り、匡史の生存を確定させれば、まだギリギリ勝利と言えなくもない戦果が手に入る。


 しかし、それは無辜の民を犠牲にして得た勝利だ。

 勝つためには、彼らを見殺しにする判断をしなくてはならない。


 では逆に、人道的な選択を下し、村人たちの救助を優先したらどうなるだろうか?

 村を襲う鬼を倒し、その被害に苦しむ人々を救えば、この場の犠牲は抑えられるかもしれない。

 だが、生き残った鬼の精鋭部隊が勢力を盛り返して再起すれば、今日救った命以上の犠牲が出るかもしれないのだ。


 自分のせいで、誰かが死ぬ。

 戦火に巻き込まれた村人が死ぬ。遠くの地で幸せに生きている人々が死ぬ。半壊した銀華城で助けを待っている兵たちが死ぬ。

 自分が見捨てろと、部下たちにそう命じたせいで……死ぬ。


 人殺しになるのだと、蒼は思った。

 直接手を下すわけではない。だが、救えるはずの命に手を伸ばさずにいることを人殺しと呼ぶ以外に何と呼べばいいのだ?


 言葉一つで部下たちを危険な戦場に送り出し、命の重さを天秤にかけてどちらか片方だけを救う。

 選ばれなかった者がどうなろうとも、見向きもしない……その冷酷で合理的な判断は、蒼が最も忌み嫌う男がしてきた行動であった。


 そうなるしかないのか? 自分も、忌むべきあの男と同類になる以外に道はないのだろうか?

 だが、もう、迷っている暇はない。こうして自分が悩んでいる間にも、戦場では多くの人々が傷付いているのだから。


 うるさいくらいにざわめく陣中の声が、何処か遠くから聞こえているような感覚を覚える。

 自分の名を呼ぶ声が何度か響いた気がするが、込み上げる吐き気を懸命に堪える蒼には、それが誰の声なのかも、あるいは自分の心が生み出した幻聴であるかどうかすら、判断がつかないでいた。


(決めるしかないんだ、僕が……! みんなを指揮する者として、僕が……!!)


 力を持つ者には、相応の責任が課せられる。

 たとえそれが厄介事を押し付けられたような形であったとしても、一つの部隊を率いる指揮官としての立場に就いた蒼には、部下たちの行動に対する責任を負う役目を課せられていた。


 彼らに何をさせるのかを決める権利は自分にある。

 彼らが起こした行動によって生まれた責任を負う役目も自分にある。


 指揮官の判断を受けた彼らが誰かを見殺しにしたとしても、それは命令を下した者がしたことに他ならない。

 彼らが救えなかった命は、見殺しにした命は、全て自分がそうさせたのだと、その重圧に喉をカラカラにしながら、蒼が声を絞り出そうとした時だった。


「……は?」


 何かが猛烈な勢いで接近する気配に顔を上げた蒼が、目の前にまで迫った丸い物体を目にして呆然とした声を漏らす。

 これは回避も防御も出来ないなと、狂乱の中でも何処か冷静な部分が残っていた頭でそう判断した彼は、それが直撃した瞬間にこれまで何度も聞いたあの台詞を耳にしながらくぐもった悲鳴を上げた。


「お尻、どーーんっっ!!」


「ぶふうっっ!?」

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