計略、発動

「では、行ってくる。本陣のことは任せたぞ、栖雲」


「はっ! ご武運を……!」


 翌朝、一軍、二軍の兵士たちを集合させた匡史は、自身も出撃の準備を整えると留守を任せる栖雲に一声かけてから軍団の前に立つ。

 部下が用意したお立ち台の上に乗り、自分へと視線を向ける兵たちの顔を頼もしく眺めた彼は、最終決戦を前に兵士たちの士気を上げるために演説を行う。


「諸君! ついにこの時がやって来た! 鬼の手に落ちた銀華城を取り戻し、悪しき妖たちを根絶やしにする時はもう目前である! これより我々は全力を以て総攻撃を仕掛け、銀華城の内部に突入し、敵の総大将金沙羅童子の首を取る! 諸君らも存分に力を発揮し、思うが儘に手柄を挙げてくれたまえ!」


「おおーーっ!!」


 勝利と手柄、そしてその先にある栄光に対して意欲を見せる兵士たちの姿に大きく頷き、匡史が自身の武神刀である『白羽扇びゃくうせん』を高く掲げる。

 それを合図として反転した武士たちは攻撃目標である銀華城を見据えると、匡史の言葉を合図に戦場へと鬨の声を上げて駆けだしていった。


「全軍、突撃ーーっ!!」


「うおおおおおおおおおおおっっ!!」


 平野を駆け抜け、一気に城門の前へ。

 兵士たちの歓声に反応して姿を現した鬼たちの邪魔を受けながらも、幕府軍は門をこじ開けるべく戦いを続けていく。


 頭上からは岩石や城内に備蓄されていた武器が降り注ぎ、命を捨てて城門前に立ち塞がった鬼たちの決死の防戦によって少なからず犠牲を出してはいるものの、大方は幕府軍が優勢のようだ。


「外から門をこじ開けるのではない! 内部に侵入し、内側から開門させよ!」


「ははっ!!」


 大した勢いのない鬼たちの防戦っぷりを見た匡史は、もう敵側には戦力がほとんど残っていないことを看破した。

 彼らを奮い立たせているのは鬼としての矜持であり、その気力こそが死の淵ギリギリに立っている敵軍に戦意を与えているのだと判断した匡史は、正面衝突ではなくまずはその気勢を削ぐことを優先する。


 固く閉ざされている銀華城の城門。それを開くことが出来れば、鬼たちの意志は一気に揺らぐはず。

 言葉通り、最後の砦となっている自分たちの根城に敵兵が一気に雪崩れ込んで来た瞬間に鬼たちが抱く敗北感は相当なものであるはずだと、この戦いの勝敗はこの城門を如何に迅速に開くことに成功するかにかかっているかを理解している匡史は、鬼の戦い方に付き合った正面からの突撃ではなく、内部に侵入して開門させる搦め手を選択する。


 『白羽扇』の能力を発動し、精鋭である『大和国聖徒会』のメンバーを強化。

 匡史の気力を受け取り、身体能力を向上させた彼らは颯爽と戦場を走り抜けると、高くそびえる銀華城の城壁を俊敏な動きで駆け上り、見事に城内へと侵入してみせた。


「よし! こちらも攻勢を強め、城中に潜入した兵たちを援護する! 勝利は目前だ、気合を入れよっ!!」


 内側に潜った兵士たちが門さえ開けてくれれば、この戦は勝ったも同然だ。

 ここが勝負の決め所だと判断した匡史の鼓舞と武神刀による強化を受けた兵たちは、雪崩のように城門へと殺到していく。


 並ぶ鬼たちを斬り伏せ、道を切り開き、勝利へと邁進していく幕府軍の勢いは、もう止められそうにない。

 瞬く間に城門を守護していた鬼たちを全滅させた彼らが、外側から門を叩き壊そうとした時だった。


「おおっ! 見よ! 門が、門が開くぞーーっ!!」


 ぎぎぎ、と軋む音を立て、ゆっくりと開いていく城門を見た将の一人が、それを指差しながら歓声を上げた。

 敵の最後の防衛網である城門を攻略したことに湧き立つ兵士たちであったが、そんな彼らを更に熱狂させるものが門の向こう側から姿を現す。


「あ、あれは……っ!!」


 開いた門の先、そう遠くなく、されど簡単に手が届くわけでもない天守の頂上に立つ、一匹の鬼。

 黒い体に金色の角を生やし、同じく金色の長い髪を靡かせる敵の大将、金沙羅童子の姿を目にした匡史が、兵たちの士気を爆発させるようにして叫ぶ。


「奴こそが我々が討ち果たすべき敵の大将、金沙羅童子だ! もう奴に逃げ場はない! 銀華城の領民や兵たちを無残にも殺めたことの報いを、諸君らの刃によって受けさせてやれ! 奴の首を持って来た者こそがこの戦の一番手柄! 望む褒美を約束しようじゃないか!」


「うおおおおおおっっ!」


 最大の山場である城門の攻略をあっさりとこなせたことが、匡史をはじめとする将兵に自分たちの勝利を確信させた。

 戦力もこちらが上で、状況も確実にこちらが優位。これから城に雪崩れ込み、敵を討ち果たすだけのこの状況で、どうやったら敗北することが出来る?


 兵士たちの頭の中にあるのは、ここから如何に多くの鬼を討って手柄を立て、より多くの恩賞を貰うかという考えだけだ。

 城の内部には殆ど鬼は残っていない。これより先は敵との戦いというより、味方との手柄の奪い合いとなる。


「どけっ! 俺が金沙羅童子を討つんだ!」


「俺だ! 俺は鬼たちを殺して、一気に武将の座を手に入れるんだ!」


「領地! 金品! 官位! 全てを手に入れるのはこの俺だーーっ!!」


 熱狂と、欲望。

 燃え盛る感情と本能に駆り立てられた将兵が我先にと銀華城へ雪崩れ込む様は、さながら子供が見つけた蟻の巣に水を流し込む様子とよく似ていた。


 ここからはもう、掃討戦。陣形も策略も何もない、こちらが敵を叩き潰すだけの戦い。

 勝った……自分は初めての戦で、見事なまでの大勝を収めたという恍惚感に酔い、笑みを浮かべていた匡史へと、息を切らせた兵の一人が報告を行う。


「聖川殿! 鬼の将を一体追い詰めました! 銅戈と名乗る老将です! 我が兵が奴を討ち取る様を、どうかご覧になってください!」


「うむ、そうだな。万が一ということもある。僕が武神刀で兵を強化してやれば、こちらの損耗も少なくなるだろう。憎き鬼が無様に死ぬ様を楽しんで見物させてもらおうじゃないか」


「ははっ! では、こちらへ!」


 案内する兵に連れられた匡史は、側近である大和国聖徒会の面々と共に悠々と銀華城の内部を突き進んでいく。

 輿に乗せられ、勝利の喜びに笑みを浮かべながら、城内に入り込んだ兵士たちが鬼たちを抹殺していく様子を目にする匡史は、完膚なきまでに敵を叩き潰す自軍の光景に止まらない胸の高鳴りを覚えている。


 あとは全軍で金沙羅童子を追い詰め、その首を取るだけでいい。

 鬼たちを一匹残らず駆逐して、銀華城を取り戻して、そうすれば……自分は世間から賞賛され、王毅に代わって英雄の代表の座を勝ち取ることが出来るのだ。


(そうだ。僕こそがその座に相応しい人間なんだ。少し見てくれと能力があるだけの神賀王毅じゃない。この僕こそが、生徒たち、ひいては大和国を導く英雄の長として最適な人間なんだ!)


 自分自身に言い聞かせるように、王毅を超える実績を作り上げた自分を賞賛するように、心の中で匡史が叫ぶ。

 三の丸を通り過ぎ、二の丸へと辿り着いた彼は、そこで多くの兵たちに取り囲まれている小柄な老鬼の姿を目にして、それを嘲るようにして語り掛けた。


「敵将、銅戈だな? 我が名は幕府軍総大将にして、お前たち妖を討滅するために神より遣わされた英雄たちの長、聖川匡史である! 既に勝敗は決した! 大人しく裁きを受け、その命を差し出すが良い!」


「ふ、はっ! そうか、お前さんが敵の大将か……随分とわしらを苦しめてくれたな。本当に、厄介な能力を持っておるわい」


「褒め言葉として受け取っておこう。だが、今更僕のご機嫌を取ったところで、お前を討ち取ることは変わらないがな」


 ふん、と鼻を鳴らし、銅戈を見下すような笑みを浮かべたまま匡史が吐き捨てる。

 だが、銅戈はそんな彼の態度をおかしくて堪らないとばかりに大笑いしており、匡史の嘲笑は圧倒的に不利な状況でそんな態度を取る目の前の鬼への不快感で一色に染まった。


「……最後の抵抗がその程度とは、虚しいものだな。死ぬ前に言いたいことがあるのなら聞いてやるから、とっとと言うといい」


「はっはっは! お優しい総大将さまだのう! では、お言葉に甘えてお前さんの勘違いを二つほど指摘させてもらうとするかの」


「なに……?」


 意味深な言葉を口にして、ニタリと笑う銅戈へと匡史が訝し気な表情を向ける。

 そんな彼に対して堂々とした態度で接する銅戈は、細長くしわがれた指を二本立て、言い聞かせるようにして言う。


「一つ目じゃ。先の言葉はお前さんへの賞賛の言葉などではない、むしろその力に反してお前さん自身の能力が足りてないことを嘲ったのよ。この城の中を進んで来て、何か気が付くことはなかったか? んん?」


「気が付くことだと……? 意味のない質問をして、金沙羅童子を逃がすための時間を稼ごうとしても無駄だぞ。我が兵は既にこの城に雪崩れ込んでいる。逃げ場なんて何処にも――」


「ほっほっほっほっほ! また一つ勘違いが増えたのお! ……逃げ場は、あるぞ。ただ、あの方はそんなものを使う鬼ではない。弟である牛銀さまの仇を取るため、この戦で真の勝利を掴むために、わしらと共に命を捨てる覚悟をなさっておる。既に勝ったつもりでいるお前たちを地獄の底に引き摺り込むために、な……!」


「何を強がる! お前たちは敗北し、この銀華城で我々に討ち取られる! それがお前たちの末路だ!」


「舐めるなよ、小童。この銅戈が、金沙羅童子さまの片腕としてその生誕からを見守り続けたわしが、貴様ら人間に殺されるはずがなかろうが。……さあ、幕引きといこう。この命と引き換えに、一世一代の奇策を仕掛けてやろうではないか!」


 吼える匡史を、銅戈が一笑に附す。

 圧倒的に優位である自分が精神的に見下されているという屈辱に拳を震わせる匡史であったが、目の前の老鬼が眼を見開くと共にその両手を地面に叩き付けた瞬間、彼を中心として自分たちの足元に面妖な模様が浮かび始めたではないか。


「な、なんだ!? 貴様、何を……っ!?」


「感謝しますぞ、金沙羅童子さま。あなたのお傍でその雄姿を目の当たりに出来たことは、この爺めの一生の誇りですじゃ。そして……最期の最期に、このような大役を仰せつかったことに、心の底からの敬意を! さあ、人間ども! 共に地獄への旅路といこうぞ!!」


「だ、誰でもいい! 奴を止めろっ! 奴が何かをする前に、殺――」


 匡史が知ることはなかったが、彼らの足元に広がっている模様は銀華城のほぼ全域にまで浮かび上がっており、鬼たちを虐殺、あるいは金沙羅童子が待つ本丸を目指して疾駆していた兵たちは、突然の異変に目を点にしてその動きを止めていた。


 そうして、二の丸に匡史の焦る声が響く中、無数の兵に包囲された銅戈の体が紅蓮の炎に包まれる。

 燈の放つ火柱と同等の火力を誇るそれが天まで延び、青い空を赤く染める光景を匡史が目の当たりにした瞬間、彼の足元で何かが爆ぜた。


「う、うわ、うわぁぁぁぁぁぁっ!?」


「ひ、聖川殿ーーっ!!」


 爆発、爆発、また爆発。

 側近の兵たちに庇われ、その衝撃を緩和してもらいながらも、断続的に続く爆発の勢いを殺し切ることは到底不可能なことだった。


 数度の爆発音を耳にした時、匡史の耳はその轟音に鼓膜が破れたのか、キーンという甲高い音しか聞き取れなくなってしまう。

 それまで聞こえていた兵たちの悲鳴も、城が崩れる音も、何もかもが消え去った無音の世界で、自分の存在を確かめるようにして、匡史が叫ぶ。


「こんな、こんな馬鹿なことがあって堪るか! 僕は、僕は……英雄に――っ!!」


 その悲痛な叫びを聞く者は誰もいない。

 城中の誰もが自分のことで精一杯で、匡史の悲鳴を聞いている余裕などないのだ。


 つい先ほどまでの勝利が、栄光に輝く未来が、炎の中に消えていく。

 瞳の奥に映るそれを諦められず、懸命に手を伸ばす匡史であったが、その体を一際大きな衝撃が襲った。


「う、うわああああああっ!」


「た、助けてくれぇぇっ!!」


 そうして、将兵の叫び声がこだまする銀華城の中で、強く体を打ち付けた匡史は意識を失う。

 残された兵たちも爆発と炎に巻き込まれ次々と命を落とし、先程までの楽勝ムードは完全に消え失せてしまっていた。


「嫌だ! 死にたくない! 俺はこの戦で手柄を立てて、将軍に……ぐあああっ!」


「何が起きているんだ!? 何処に逃げればいい!? 指示を、指示をくれよっ! ぎゃぁっ!!」


 爆発に、城の倒壊に、燃え盛る炎に、一人、また一人と兵が巻き込まれて命を落とす。

 地獄絵図と化した銀華城の内部で死んでいく人間たちの姿を、燃え盛る天守を背にして金沙羅童子だけが見つめていた。

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