親友二人
「もうこの戦も終わりか。なんか、思ったよりも早く終わっちまうんだな」
そうして深夜、蒼と共に第二軍陣地の警備を行っていた燈は、大きく腕を伸ばしてあくびをしてから相棒へと話しかけた。
陣の内側から聞こえてくる兵士たちが食事を取る物音を聞きながら、ちらりと燈の方を見た蒼が首を鳴らしながら答える。
「その口振りだともう少し戦が続いて欲しかったみたいだね。まあ、気持ちはわからなくもないけど、人の生き死にがかかった戦いなんて早く終わるに越したことはないじゃないか」
「ま、そうだな。また椿が襲われた時みたいなことがあってもよくねえし、終わるなら終わるでとっとと終いにしちまった方が良いわな」
軽く肩を回し、首を捻りながら、もうもうと炊事の煙が立ち上る陣地の様子を眺める燈。
明日の決戦に備えて普段よりも多くの兵糧を用意したことが一発で見て取れるその様を見つめながら、小さく鼻を鳴らして彼は言う。
「これ、鬼の奴らにも見えてんだろ。飯を焚く量が普段より多いことに気付かれたら、こっちが何か仕掛けようとしてることがバレちまうんじゃねえのか?」
「おお、目の付け所が良いね。燈も、少しは戦のことがわかってきたかな?」
「いやぁ、何かの漫画で似たような話を読んだことがあるだけだって……」
蒼からの褒め言葉にはにかみながら、燈が鋭い視点のネタバラシをする。
確かあれは、小学生用の歴史漫画か何かの話で、武田信玄と上杉謙信の有名な戦である川中島の戦いだったはず……という、少しだけ懐かしい記憶を思い返した燈は、浮ついた気分をそこで断ち切ると真摯な表情を蒼へと向け、こう尋ねた。
「なあ、戦はもうすぐ終わるみたいだけどよ……武士団の団長、このまま続ける決心はついたか? この戦で五百人の部下の命を預かる軍団長の役目を全うしたんだ、多少は自信がついただろ? なら、このまま……」
期待を込めた燈からの言葉に、蒼は困ったように笑う。
彼の顔から視線を逸らし、正面の暗闇をじっと見つめた蒼は、軽く息を吐いてから自分の正直な思いを吐露した。
「……ごめん、やっぱり踏ん切りがつかないよ。そんな覚悟、僕には出来ないさ」
「どうしてだよ? お前の指揮は見事だし、聖川の奴よりも頼りになってる! もっと自分に自信を持てよ、蒼!」
「……慣れないんだ。人を煽って、利用して、自分の命令を聞かせるってことに。今は命を懸けた戦いに臨むことがないからいいけど、過酷な戦いに身を投じることになった時、僕の命令で燈や他のみんなが死ぬかもしれないって考えると、どうしても怯えちゃうんだよ。誰かの命を預かるなんて、僕には……無理だ」
苦しみを吐き出すようにして本心を吐露した蒼は、燈と目を合わせぬまま瞳を閉じた。
こうして、自分の情けない姿を弟弟子である燈にも見せられるようになったことは成長といえば成長なのだろうが、まだ誰かの命を預かる覚悟を固められていない彼に対して、燈も視線を合わせないままにポツリと呟くようにして言葉を贈る。
「……俺が前に言ったこと、忘れてねえよな。何でもかんでも一人で抱えようとするのは、お前の悪い癖だって……頼れよ、俺たちのこと。そんなに信用ならねえか、俺たちは?」
「そんなんじゃないさ。ただ、これは僕自身の問題なんだ。頼るとか、信じるとか、それ以前の問題で……自分でもどうすべきかよくわかってないことなんだよ」
自嘲気味に笑った蒼は、無言で自分を見つめる燈をちらりと一瞥して、陣から離れていった。
「……少し見廻りに行ってくる。ここの警備は任せたよ」
「……ああ」
まだ少し、この話題に関しては蒼の警戒が解れていない。
なんでもこなせる優等生だと思っていた彼も、自分とさほど歳の変わらない人間であり、乗り越えるべき問題を山ほど抱えているのだと実感しながら、去っていく背を燈は見送る。
「なあ、蒼! 本当に、万が一のことがあった時は……俺は、お前のことを全力で頼る! だからお前も、いざって時は俺のことを頼ってくれ!」
その背に投げかけた言葉に軽く手を挙げて応えて、蒼は答えの出ない自分の心を表すかのような闇の中を歩んでいく。
自らの責任と、嫌悪している男の姿に胸を押さえつけられるような苦しみを感じながら、それでも彼は前へ前へと進んでいくのであった。
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