深夜、銀華城の鬼たちは……
「見事なまでの負け戦だな、これは」
深夜、銀華城に撤退した金沙羅童子は、昼の戦いで傷ついた部下たちを見ながら一言呟いた。
多少の手傷は鬼が持つ生来の回復力で何とかなるだろうが、中には片腕を失っていたり、治癒が不可能な重傷を負っているものもいる。
鬼である自分たちが、人間を相手に、正面切っての戦いで力負けした。
兵力の差はあれど、これまでそんなものは幾度となく覆してきた金沙羅童子にとっては、相手の軍の予想外の精強さは素直に驚きに値するものだ。
だが、不思議とあの軍が強敵であるという気はしていない。
本当に、あの軍の将兵に弟である牛銀が討ち取られたのかと疑問を抱く彼の背に、二つの声が飛んだ。
「どうしやす、お頭? こりゃあ、相当に厳しい喧嘩になりそうですぜ」
「ククク……この老いぼれの生涯の中でも、指折りの苦境ですな……」
やや粗暴な敬語で話すのは、金沙羅童子の右腕とも呼べる存在である配下きっての猛将
もう片方の、随分と小柄のよぼよぼとした雰囲気の鬼は、相談役であり軍師としての立場を務めている
流石は自分が頼りにしている鬼の傑物だけあって、二人は欠片も傷を負っていない。
瞳にも闘志を宿しており、口振りとは反して戦う意欲を失ってはいないようだ。
「……妙な敵であった。精兵と呼べるほどに鍛え上げられている風ではないのに、ぶつかり合うと強い。だが、数と己の力を頼みにしているきらいもある」
「確かに、そんな感じですね……俺が夜襲を仕掛けた時も、警備はザル当然だった。そん時は数ばっかの雑魚どもだと思ってたんですがねぇ……」
「武神刀、という奴でしょうな。おそらくは敵の中に味方を強化する刀を持つ者がいる。それが、あの粗が目立つ兵たちを我々と互角に立ち合える程の強さに仕上げているのでしょう」
銅戈の言葉に頷いた金沙羅童子は、この城を落とす際に敵対した武士たちが使っていた武神刀の力を思い返していた。
火を放ち、水を生み出し、ある者は刀としての形を捨てて別の姿へと生まれ変わり、またある者は想像だにしていなかった力を手に入れる。
厄介な力だったと、今でも思う。
しかして、それを使う人間の練度が足りなかったからこそ、銀華城は陥落し、鬼たちの根城となったのだ。
しかして、今回はその武神刀の力で強化された兵たちが、更に己の武神刀の力を振るうのだ。
当然、数で劣る自分たちが劣勢になり、苦境に立たされる……兵の力が互角である以上、数が戦いの明暗を分けることは至極当たり前の話であった。
「なら、その刀を持ってる奴をぶっ殺しちまえばいい! 幸い、あの光を辿っていけば居場所はわかる! あとは、そいつを殺して――」
「この阿呆め。それが出来たら苦労はせんわ。敵もそのくらいのことは考えておる。敵の総大将の周囲には精鋭が揃えられているじゃろうし、そこに近付くまでに奴の能力で強化された雑兵どもを蹴散らさねばならんのだぞ? 仮に敵を討ち取れたとしても、その頃にはこちらも壊滅的な打撃を受けておるわい」
「それじゃあ、どうしろっていうんだよ!? 何の手も打たなけりゃ、こっちがずるずる負けるのは目に見えてるだろうが!」
苛立った黒鉄が銅戈に吼えるも、彼はそんな叫びをまるで意に介していないかのように肩を竦めるだけだ。
我らが誇る頭脳もこの状況にはお手上げなのか……と、憤慨して鼻息を荒くする黒鉄に向け、金沙羅童子は諭すように言う。
「落ち着け、黒鉄。既に策は講じてある。厳しい戦いにはなるが……勝てない戦いではない」
「本当ですか、お頭!? いったいどうやって、あいつらをぶちのめすんで!?」
「落ち着けと言っているだろう。……銅戈、あれの首尾はどうなっている?」
「まあ、急ぎに急いであと五日ほどで完成、といったところですかな。それまでこちら側が時間を稼げるかどうかが勝負でしょう」
「そうか……ならば、我々は明日より徹底的に防御を固め、気が熟すまで守戦に徹する。敵の挑発に乗って外に出て行かぬよう、全員によく言って聞かせよ」
「ははっ!!」
深く頭を下げた黒鉄と銅戈は、即座に金沙羅童子からの布令を鬼たちに伝えるべく下がっていった。
そうして、銀華城の天守閣から空を見上げながら、金沙羅童子は思う。
この戦い、一筋縄ではいかない。おそらくは自分も含めた大勢の仲間が命を落とすことになるだろう。
だが、それでも……自分たちは、負けない。
戦って、勝って、そして死ぬ。命を賭しても暴れまわり、その恐ろしさを人間に知らしめてこそが鬼の生き方というものだ。
「待っていろ、弟よ。俺も、すぐにそちらに行くぞ。お前を討った男の首と、戦勝の報せを土産にな……!!」
月の色と同じ金色の瞳を輝かせながら、金沙羅童子が黄泉の国に旅立った弟へと一人呟く。
追い詰められ、苦境に立たされている者としての苦悩を一切感じさせない堂々とした態度を執り続ける彼は、胸の燃える復讐の炎のままに、眼下に見える幕府軍へと決意に満ちた眼差しを向けるのであった。
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