銀華城と鬼


「……さて、改めて会議を始めたところで、本題に入ろうか」


 暫らくして、完全に空気を払拭したとはいえない微妙な雰囲気の中、団長(仮)となった蒼が取り仕切る形で会議が再開された。

 上座に位置する彼は仲間たちの顔を見回してから、今回の会議で話し合おうとしていた本題について切り出す。


「みんなも既に耳にはしてるかもしれないが、この昇陽から少し離れた位置にある拠点……銀華城ぎんかじょうが妖の軍勢に攻められ、落城した。電光石火の攻勢で、守備隊もほぼ機能しなかったみたいだ」


「……すまん。話の腰を折っちまって悪いんだが、その銀華城ってのはどういう代物なんだ? いや、城だってことはわかるんだけどよ」


「う~んとね……幕府にとって、相当に重要な拠点ってところかな? 西の大都市である昇陽からも近くて、ここから南下する際の橋頭保ともなるお城。南の大名たちが反乱を起こしたりした時なんかの事態に備えるための防御拠点であり、逆にそれを征伐するための根城にもなるとっても大事なお城だよ!」


「げえっ!? そんな大事な城が妖に奪われちまったのかよ!? どんだけの大勢の敵に攻められたんだ?」


「数はそうでもないらしいよ。ただ、その種族が問題だ。銀華城を落としたのは、鬼の軍勢らしい」


 やよいの説明を受け、大いに驚いた燈の言葉に蒼がまた言葉を返す。

 鬼、という名前を聞いた一同の間にぴりりとした緊張感が走ったことを感じ取った燈は、その脅威度が相当なものであることを悟ると共に、再び蒼の解説を待った。


「鬼……人間を遥かに超える身体能力と並みの妖とは比べ物にならない知性を併せ持つ、最強格の化物たち。戦うことに対する意欲と死を恐れないその精神性もかなり恐ろしいけど、最大の脅威はそれぞれが全く別の能力を持っているという点だ」


「全く、別……?」


「あたしたち人間と一緒で、力も素早さも千差万別ってこと! 栞桜ちゃんみたいに力自慢の巨大な鬼がいたかと思えば、涼音ちゃんみたいに細身で滅茶苦茶俊敏な鬼もいたりするし、あたしみたいな小賢しい策を練る鬼もいる。つまり、その種族に一貫して適応出来る対抗策が無いってこと!!」


「あ、なるほどな。得意とする戦法も弱点も全員が違うから、戦いの度に勝ち方を模索しなきゃなんねえのか。そいつぁ――」


「厄介だろう? 加えて、さっきも言った通り、鬼の身体能力は人間のそれを遥かに超えている。そんな奴らが軍団を形成するってことがどれだけ恐ろしいことか、燈も想像出来たんじゃないかな?」


「ああ、まあな。そりゃあ、その銀華城ってのも落ちちまうわけだ」


「……まあ、それだけが原因だとは思えないけどね」


 大和国の重要拠点である銀華城がどうしてあっさりと落城したのか?

 その疑問に対する答えとして蒼たちが挙げた鬼の恐ろしさを聞いた燈は、納得した様子で何度も頷いている。


 だが、彼にその話を聞かせた蒼がぼそりと意味深な呟きを漏らしたことを、近くに座っていたやよいは聞き逃さなかった。


「……話を戻そう。鬼の軍勢に落とされた銀華城だが、この重要拠点が妖の手に落ちて何もしない幕府じゃない。今現在、奪還のための軍が編成され、この昇陽に向かってるみたいだ。その数、千五百。鬼の数が五百と聞いているから、その三倍の数がある」


「千五百だあ!? 狒々の時の約五倍じゃねえか!」


、だからね。平野戦だった狒々との戦とは規模も違うさ。それに、数はまだ増える。今朝方、こんな高札が掲示場に立てられた。これによれば、鬼たちとの戦に参加する武士たちを幕府軍が募集しているらしい」


 そう言いながら、蒼が仲間たちへと高札の写し書きを手渡す。

 自分の下に回ってきたそれを読み、報酬やら武士たちに対する発破やらが書かれているそれを軽く目にした燈たちは、会議を取り仕切る蒼へと笑みを見せながら言った。


「大体、話の流れはわかったぜ。俺たちもこの戦に参加して、手柄を立てる……だろ?」


「願ってもない機会だ。大規模な戦で活躍すれば、私たちの名も大和国中に広がるだろう。そうすれば、次の活動への足掛かりにもなる」


「幕府に協力するのは癪だけど……こんな好条件をみすみすドブに捨てる理由はないわ。せいぜい手柄を立てて、山ほど恩賞をぶんどってやりましょう」


「いきなり正念場……ですね。戦はちょっと怖いですけど、私も出来ることを精一杯頑張ります!」


 武士団を結成したばかり状況で転がってきた、美味しいにも程がある状況。

 これを見逃すなんて選択肢が燈たちに存在するはずもなく、一同は口を揃えて戦への参加を快諾した。


「全員異議なし! 満場一致で参戦決定だね! よ~し、やっちゃるぞ~! ……で? どうしたらその戦に参加出来るの?」


「数日後に手続きが始まるみたいだから、幕府が設置した仮本部に顔を出して、募集兵に参加する手続きをすればいいみたいだよ。それまでの間に、みんなには戦に参加する準備を整えておいてほしい」


「りょ~かい! そんじゃあ結果も出たし、話し合いはここまでにしよっか? ここからは鬼との戦いに備えて、各々が出来る限りの準備をするってことで!」


「一応、各人で連携を取れるようにはしておいてね。準備期間中、ずっと引き籠って何をしてるか秘密っていうのは、集団の足並みを乱すから無しにしよう」


「ん!! 数日の間に準備を進めつつ、それを蒼くんや他のみんなに報告する! やるべきこと、把握したよ!」


 普段よりもハイテンションな様子のやよいと、そんな彼女にも落ち着いて対応する蒼。

 先のやり取りが後を引いているのか、二人の間にはややぎくしゃくとしたぎこちなさが感じられる。

 だがしかし、それを踏まえた上でも、こうして二人のやり取りを見る燈にはその相性の良好さが感じ取れていた。


 先ほどからずっとそうだが、蒼の話の内容に誰かが付いていけなくなった時、その人物について真っ先に反応を見せるのはやよいだ。

 彼の話を判りやすく噛み砕いて伝えた上で、その後に蒼が話を続けられるようなスムーズなバトン渡しを見せているだけでなく、仲間たちの反応や意見を一纏めにして蒼へと伝える役目も担っている。


 ついつい一人に構い切りになってしまいそうな蒼を手助けしつつ、団員全員がすべきことを理解出来るように手回しする彼女の手腕は、仲間たち全員を……特に蒼をよく見ているからこそ、発揮される部分なのであろう。


 判っていたことだが、やはりこの二人は相性が良い。

 若干の不和がありながらもこの連携を見せるのだから、平常運転だともっと凄いのだろうと思いつつ、燈は同時にこうも思う。


 性格や才能的に蒼が団長に打ってつけだとするのなら、それと同じくやよいは――


「……燈? どうかしたのか? ぼーっとして、もう私たち以外は誰も残ってないぞ?」


「うえっ!? あ、ああ、悪い。ちょっと考え事してたわ」


 ――そんな風に、珍しく思考を深めていた燈は、不意に栞桜から声をかけられたことで我に返る。

 そして、部屋の中に自分と彼女以外の人影がないことに気が付くと、周囲の状況にまるで目がいかなかった自分自身に苦笑しながら栞桜へと答えた。


「これから鬼との戦が控えているというのに、なんだその体たらくは!? 気合を入れ直してやるから、道場に来い!」


「へいへい。てか、それ、お前が俺に相手してほしいだけなんじゃねえの? まあ、俺も組手の相手がほしかったから構わねえけどよ」


 苦笑を続けながらそう言った燈が栞桜と連れ立って部屋を出て行く。

 今度は個人ではなく、武士団として戦に参加することに意欲を燃やしながら、同時にあることも楽しみにしている燈は、銀華城奪還戦への意欲を熱く燃え上がらせ、仲間と切磋琢磨し合うのであった。

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