爆発


「……感じられる妖気が強くなってる。嵐がいる羽生の村は、もうすぐそこだ」


「王毅たちとの距離も詰まってるはずだ。あとは、あいつらが嵐に会う前に追い付けりゃあいいんだが……」


「嵐……! 決着は、私の手で……!!」


 蒼、燈、涼音。強まる妖気に対して三者三様の反応を見せる仲間たちの姿を見つめながら、こころは無力感に苛まれていた。


 ここまで慎吾、タクトとかつての仲間たちを説得しようとしたが、それらは立て続けに失敗してしまっている。

 結局、自分は燈たちのお荷物になっているだけだと悔しさに歯噛みするこころであったが、そんな彼女の胸中を慮ってか、こころを背負う燈は振り返ることなく小さな声で励ましの言葉を口にした。


「椿、あいつらがお前の話を聞かないことを気に病む必要はねえよ。お前が悪いわけじゃねえ、巡り合わせが悪いだけなんだからな」


「でも、私、何の役にも立ててない。これだったら、百元さんのお屋敷に残ってた方がましだったんじゃ……」


「んなことねえよ。……まあ、なんだ。俺としては、戦いとは無縁のお前が俺たちのために戦場に出てくれたって時点で救われた気持ちになってるんだよ。同じ世界出身の仲間たちに敵認定される中でも、お前が味方してくれてるってのは大分心の支えになってる。あんがとな、椿」


「燈くん……!」


 静かに、噛み締めるようにしてこころへの感謝の言葉を口にした燈は、前だけを向いて進み続けている。

 その言葉から、やはり燈はまだ王毅たちと戦うことに完全なる踏ん切りがつけられていないことを感じ取ったこころは、何も出来ないなりに励ましの感情だけでも伝えようと、彼の背をぎゅっと抱き締めた。


「……また一つ、気配だ。三番目の相手は誰だと思う?」


「王毅と巫女が残ることはあり得ねえ。竹元の奴は実力不足……とくりゃあ、実質一択だろうな」


 やがて、自分たちの進行方向に待ち受ける気配を感じ取った燈たちは、その気配に近付くにつれて進軍の速度を落としていった。

 慎吾、タクトに続き、自分たちの足止めを任された三人目のクラスメイトと邂逅した燈は、ふうと息を吐くと彼女の名前を呼ぶ。


「よう、七瀬。今度はお前かよ」


「……久しぶり、と言っておきましょうか。こうして言葉を交わすの、いつぶりかしらね?」


 待ち受けていたのはやはり、現在の王毅一行の中でリーダーを除くと最大の戦力である冬美だった。

 クールな彼女は、燈に背負われていたこころが自分の前に姿を現しても、少し眉をひそめただけで平然としたままでいる。


「あなたは……確か、椿こころさん、だったわね? そう、花織が人の気配が一つ多いって言ってたけど、あなたも虎藤と一緒にいたの」


「……七瀬さん。あなたも石動くんや黒岩くんみたいに、燈くんのことを敵だと思っているのかもしれない。でも、それは違うの。お願いだから私の話を聞いて! そうすれば……!!」


「……誤解が解けて、仲間だとわかってもらえる、ってことかしら? ……意気込んでいるところ悪いわね、椿さん。あなたが話をする必要はないわ。少なくとも、私にはね」


「っっ……!」


 冷ややかに、こともなげに、自分との対話を断った冬美の反応にこころが表情を曇らせる。

 彼女もまた、慎吾やタクトと同じなのだろう。燈は敵であるという前提をありきにした考えを巡らせ、その燈に味方する者もまた敵であるとみなしている。

 だから彼女も自分の話を聞いてくれないのだと、三連続で仲間たちの説得に失敗したこころは俯いて悲しみに打ちひしがれていたのだが……続けて冬美が発したのは、予想外の一言であった。


「あなたが私に詳しい事情を説明する必要はないわ。だって、私はんだもの」


「えっ……!?」


 淡々としてはいるが、決して冷酷ではない冬美の声に驚いたこころが顔を上げれば、彼女は自分のことを見つめ返しながら小さく頬笑みを浮かべていた。

 その笑みに何処か信頼にも近しい感情が込められていることを感じ取ったこころが希望を抱く中、冬美は視線を燈へと向けて口を開く。


「田中正弘……彼のことは知ってるわね? 下働き組時代でのあなたの舎弟で、今は私の部下をしているわ。私は既に、あの子からあなたたちの身に何が起きたのかを聞いてる。改めてあなたたちの口から同じ話を聞かせてもらう必要はないわ」


「七瀬、じゃあ、お前……!?」


 数日前に再会した後輩の名を出した冬美は、こころと同じように驚き、少しずつ破顔していく燈へと、はっきりとした口調で告げる。


「ええ……私は、あなたたちの味方よ。100%あなたたちのことを信じるわけじゃあないけど、少なくとも竹元と花織よりかは信頼出来そうだしね」


「ほ、本当、なんですか……!? 七瀬さんは、私たちに協力してくれるんですか……?」


「そのつもりでいるわ。……ごめんなさい。本当はもっと早くに王毅を説得するべきだったんでしょうけど、花織と竹元の奴がべったり張り付いて離れないのよ。タクトも慎吾も完全に頭が凝り固まってたし、私一人じゃあ何も出来なかったの」


「それで、機会を待ってたと? 俺たちと合流してから王毅に話を聞かせようと考えて、そのタイミングを見計らってたってことか?」


「そんな所ね。昨日の夜、あなたたちと戦った後で、私は正弘あの子から話を聞いたわ。にわかには信じ難い話だったけれど……それ以上に竹元と花織の話はうさん臭かった。それに、私たちを除いて作戦会議を行っていたメンバーは、明らかに異様な雰囲気になっていたわ。妖刀の本数を黙っていたこともそうだけど、私たちは幕府に良いように使われてるとしか思えない。花織はきっと、都合の悪い情報を知ってしまったあなたたちを抹殺するためにあんな嘘をついたんだと思うわ」


 冷静な分析を重ねて出した結論を燈たちに告げた冬美は、真っ直ぐな視線を燈たちに向けながら尚も話を続ける。


「このままじゃ、真実が闇の中に葬られてしまう。それに、仲間の中に裏切り者と嘘つきを抱えたまま行動し続けるだなんてリスク、私は御免だわ。竹元と花織は排除しなくてはならない。そのためには王毅の説得が必要不可欠だわ。あなたたちの持つ情報と私の立場があれば、きっとそれも達成することが出来る。お互いのために、力を合わせましょう」


「は、はは……っ! やっと、やっと……! まともなことを言ってくれる奴と会えた……!」


「七瀬さん、本当にありがとう!! これで、希望が見えました! 王毅くんを説得出来れば、この事件の解決もぐっと楽になりますよ!」


「お礼を言われるほどのことでもないわ。これはお互いに益のある行動だし、私には狒々との戦の時にあなたたちに助けてもらった借りがある。この協力関係はお互いに助け合う形になるから、まだその借りは返し切れてないわね」


「それなら、正弘を拾ってくれた恩でチャラにしといてくれ。あいつのこと、気遣ってくれてありがとうな」


「……別に、それも大したことじゃないわ。私が個人的に気に入ったから、不遇な立場にあったあの子のことを引き取った。ただそれだけよ。でも、あの子が私とあなたたちを繋げたと考えるのなら、真に感謝されるべきなのはあの子なのかもしれないわね」


「ははっ、違いねえな! ……本当、頼りになる奴だぜ。まったくよ……!!」


 この場にはいない、されど自分たちに大きく力を貸してくれた後輩のことを思い浮かべた燈は、彼へと最大級の賞賛の言葉を送った。

 これまで自分を信じ続けてくれた正弘がいたからこそ、こうして冬美との協力関係を築くことが出来たのだ。彼女の言う通り、自分たちが感謝すべき人物は彼なのかもしれない。


 この戦いが終わったら、思いっきり褒めてやろう。

 これまでの努力を、様々な困難を乗り越えてきた根性を、それら全てを傍で見ていられなかった分の埋め合わせをするくらいに正弘へと賞賛の言葉を送ろうと考えていた燈は、同じようなことを考えて口元を綻ばせていた冬美と視線を交わらせた。


「悪い、今はお喋りしてる場合じゃねえな。急いで王毅たちの後を追おう。あいつらが嵐と出会う前に追い付ければ、色んなことが一気に片付く」


「そうね、急ぎましょう。幸い、私がここに残ってからあなたたちが追い付くまで、それほどの時間は経ってないわ。急いで追えば、十分に間に合――」


 燈たちへと話をしていた冬美の言葉が、不自然な所で途切れた。

 彼女自身も急に声が出なくなったことに驚いたのか、大きく目を見開いて何が起きたのか判らないといった表情を浮かべている。


 そこから、ゆっくりと視線を下に向けた冬美の表情が、一瞬にして凍り付いた。

 陸上部の活動と日々の摂生によって鍛え上げられ、細く引き締まっている自分の腹部から……何か、鋭い物が飛び出している光景を目にしたからだ。


「が、ふっ……!?」


「な、七瀬、さん……?」


 じわり、じわりと彼女の服が赤く染まっていく。

 苦し気に表情を顰め、悶えるような吐息を口にした彼女は、腹部から飛び出している刀を引き抜かれる感触と共に、背後から響く男の声を耳にする。


「へ、へへ……! 嫌な予感がして、引き返してきてよかったぜ……! 妖刀使いに協力しようとしてんじゃねえよ、七瀬!」


「た、けもと……!? あ、んた……!!」


 下劣な笑みを浮かべ、背後から武神刀で冬美を刺し貫いた順平は、思い切りその刀を引き抜くと脱力していた彼女の体を蹴り飛ばした。

 背中から腹までを貫通された冬美は、成す術なく順平の凶刃に倒れ、燈たちの下へと転がっていく。


 血に染まった武神刀を手にした順平と、彼の不意打ちを受けて腹部から大量の血を流す冬美。

 その両者の姿を目にして、光を失った冬美の瞳を見たこころが、何度も首を左右に振りながら悲痛な叫びを上げる。


「い、や……いやあああああっっ!!」


「七瀬っ! おい、しっかりしろっ! 七瀬っっ!!」


 地面に血溜まりを作り、ぐったりとした様子で倒れ伏している冬美の名を呼んだ燈が彼女の体を揺さぶる。

 先ほどまで自分たちと話をしていた彼女の体からは一切の力が感じらなかったものの、その体から僅かな脈動を感じた燈は冬美がまだ死んではいないことに安堵した。


 だが、夥しい量の血を溢れさせたままでは出血多量でどの道彼女は死んでしまうだろう。

 どうにかして手当てをしなければ……と焦る燈を押し退けるようにして、血相を変えた蒼が刺し貫かれた冬美の腹部とそこに残る傷を検分する。


「急所は外れてる、内部を抉られた痕跡もない。だが、出血の量が酷い。燈! 僕は気力を注ぎ込んで、彼女の自然治癒能力を引き上げる! 椿さんは止血のために傷口を抑えてくれ! 出血さえ治まれば、十分に助けられる傷だ!」


「すまない、頼む……! 七瀬を助けてやってくれ、蒼……!!」


「わ、私! 包帯とか応急処置用の道具、持ってます! あんまり役に立たないかもしれないけど、無いよりはましのはずです!」


 傷の手当てに多少の心得があるのか、蒼が率先して仲間たちに指示を飛ばすと共に冬美の傷の治療を始めた。

 表面の傷ではなく、内臓の傷を癒すために腹部に置いた両手を通じて気力を注ぎ込む彼の傍では、血を溢れさせる傷口を必死に抑えるこころの姿がある。


 一瞬にして、王毅を説得出来るかもしれない希望を打ち砕かれた燈であったが、その胸にあるのは悲しみや絶望ではなく、怒りの感情であった。

 自分を裏切り、こころを売り飛ばし、そして今、都合の悪い情報を知ってしまった冬美に刃を突き立てた仇敵へと、燈は激憤の炎を燃やした瞳を向け、吼える。


「竹元、お前だけは、お前、だけは……!! 絶対に、許さねえっ!!」

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