夜の会話・蒼とやよいの場合



 場所を戻して百元邸では、話し合いの途中で百元が血相を変えて私室に引っ込んでしまったため、ここは一時解散して夜の見回りまで各自休息を取ろうということになっていた。


 彼が部屋を立ち去る際に口にしていた最凶の武士団や幽仙という言葉に引っ掛かりを感じる一同であったが、それらに関する情報を握っている百元にこちらの話を聞く余裕がないことを察しているため、今はその追及を諦めている状況だ。


 しかし、やはりその部分が気になっていることは確かで、答えが判らずとも独自に考えを深めようとしている者たちもいる。

 一同の中で参謀役を務める蒼とやよいはその筆頭で、互いの意見を交換し合っていたのだが、どうもしっくりと来る答えが出せずにいた。


「……色々とわからないことだらけだな。妖刀のことに関しても、最凶の武士団というものに関しても……」


「本当になんなんだろうね? それに、幽仙って誰なのかな? 百元さんやおばば様の知り合い?」


「わからないよ。でも、百元さんの口振りから察するに、浅からぬ因縁がある人みたいだよね……って、そういえば、僕も君に聞きたいことがあったんだ」


「ん? なあに? おっぱいの大きさ? それともお尻の方?」


 ふと、気にしていたことを思い出した蒼は、停滞している話し合いの雰囲気を払拭すべく、その疑問をやよいにぶつけることにした。

 いつもの調子で自分をからかってくるやよいに流されぬように空気を切り替えた蒼は、それでも隠しきれない気恥ずかしさに頬を赤らめながら昼間の彼女の態度について質問する。


「なんで昼間、燈の友達を挑発するような真似をしたの? あのタクトって人は、明らかにやよいさんに想いを寄せてた。そんな彼にあんな嘘をついたら、何かしらの騒動が起きるってことくらい、君ならわかってただろうに」


「ああ、あれね。う~ん……調べたかったから、かな? あの人が、どういう人間なのかってことを。それがわかれば、ひいては燈くんのお友達が今現在、どんな感じなのかがわかる気がしたからさ」


 その質問に対して少し悩みながらそう答えたやよいは、首を軽く捻りながら自分の考えを語り始めた。


「人間ってさ、突然大きな力を手に入たら性格が歪むことってあるじゃない? 異世界から召喚されて、いきなりあなたたちは英雄です~、って祭り上げられた人たちがどんな性格をしてるか、ちょっと調べときたかったんだよね~」


「別に、性格を調べるだけならあんな真似をする必要はなかったじゃないか。あの人は多少問題があることは、僕が斬りかかられなくても十分に判断出来たと思うけど?」


「まあね。でも、あたしが知りたかったのは、あの性格が元来のものなのか、はたまた力を手に入れたせいで歪んじゃったからああなったのか、ってところなの。だからまあ、少しあのタクトって人の鼻っ柱を折る必要があった。蒼くんに全力で斬りかかって、その攻撃を防がれた時、激高して周囲の言うことも聞かずに更に攻撃を仕掛けてきたら、元々がああいう性格だったってことになる。逆に意気消沈してしまったら、元々は弱気な性格をしてたけど力を手に入れて調子に乗ってた人間ってことになるじゃない?」


「今回の場合は後者だった。彼は調子に乗っていた人間だったってことだね。でも、それがどうしたっていうの?」


「判断基準になるかなって。燈くんのお友達は、今後あたしたちが信頼して良い相手なのかどうかっていう部分のさ。タクトって人は学校っていう勢力の中核を成す人材なんでしょう? そういう立場の人間が、やみくもに女の子にちょっかい出したり、不用意に武神刀を持ち出して相手を斬り殺そうとするっていうのは流石にマズいでしょ。蒼くんは、そんな人たちを信用出来る?」


「……彼が特別だった可能性はあるよ。腕はあるけど、性格に難がある人間だったってこともあり得る」


「そうかもしれないね。でも、少なくとも燈くんやこころちゃんを陥れた順平って人も、学校では何の罰も与えられずに仲間面してるんでしょう? となると、あたしとしてはまともな性格してる燈くんやこころちゃんの方が特別側の人間だって気がしちゃうんだけどな。あっちの人たちは基本的に性格が悪くて、力を手に入れたことで増長しちゃってる人が多い……そう考えちゃうのもおかしくないでしょ?」


「………」


 決して、間違っているとは言い切れないやよいの言葉だが、それを納得出来ない蒼は憮然とした表情を浮かべて押し黙った。

 そんな彼の様子に軽く溜息をついたやよいは、おどけながら口を開き、こう述べる。


「今の蒼くんがあたしに何を言いたいか、大体はわかるよ。無暗に人を疑うのは良くない、燈の友達を疑うことは燈のことを傷つけることに繋がるかもしれないんだから……でしょ? ま、そういう性格だから気に入ってるんだけどさ、無暗に人を信じ過ぎるのもよくないと思うけどね。少なくとも、昼間の彼は本気で蒼くんを殺そうとしてきた。あの人が恋人のいる女の子を好きになったとしたら、また同じことをするかもしれないよ? 今回は相手が蒼くんだったから大事には至らなかったけど……ちょっと考えたら、怖くない?」


「……そうだね。君のいう通りだ。順平って人も含めて、燈の友達には問題がある人が多いってことは認めるよ。でも、絶対にそうじゃない人もいるはずだ。少なくとも、僕はそう信じてる」


 やよいの意見を認めつつ、自分の考えも曲げない。

 やはり性格の甘さが見え隠れする蒼の反応であったが、やよいはむしろ彼のその言葉に何処か嬉しそうだ。


「う~ん、やっぱり甘い! あたしの大好きなあんみつくらいに甘々だね! でも、そこが蒼くんの良いところだと思うから、信じたいように信じればいいと思うよ! 見過ごせない時は、全力で叱るから!」


「はは、前はその甘さを捨てろって言ってたけど、今はある程度は許容してくれてるんだね」


「まあね~! 暫くはあたしが蒼くんをお尻に敷いた方が色々と上手く回りそうな気がするし、何よりその甘さを貫き通すことが蒼くんの理なんでしょ?」


 そう言いながら立ち上がったやよいは、そのまま背中を蒼に向けると胡坐をかく彼の足元へと飛び込んでいった。

 どすん、と音を立ててすっぽりと組まれた蒼の脚の間に小さい体を収めた彼女は、にへらにへらと笑いながら上を見上げ、言う。


「まあ、蒼くんを巻き込んじゃったことに関しては素直に謝るよ、ごめんね! 次からはああいう手合いは自分でどうにかするから、安心して!」


「……そう言うのなら、誰かに見られたら誤解されそうなこの状況をどうにかしてほしいんだけど」


「ん~? 自分でどかしてみたら? 蒼くんが女の子の体に自分から触れられると思えないけどね!」


「うっ……!?」


 図星を突かれ、照れるやら怒るやらの複雑な感情を入り混じらせた表情を浮かべる蒼の様子に、彼をからかって楽しむやよいは満足したように微笑むのであった。


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