裏に潜む野望
「……おう、戻ったか、蒼。随分と疲れた顔をしてんな。なんかあったのか?」
「まあ、色々とね……そっちは機嫌がよさそうじゃないか。良いことでもあった?」
「まあ、色々とな。……んじゃ、早速情報交換といくか」
約束の時間、百元邸にて合流した燈たち一行は、昼間の調査で判明した事実をそれぞれ報告し、共有し合っていた。
燈たちは奉行所が涼音の身柄を拘束しようと彼女を付け狙っていることや、磐木に来ている異世界召喚組の情報と、彼らの背後にいる幕府の真の目的を。
蒼たちは実際に自分たちが見聞きした現場の情報やそこから推察される事象。そして自分たちが邂逅した冬美とタクトのことについて、出来る限り詳細に報告を行い、今後の自分たちの活動方針を決める材料としていく。
その話し合いには屋敷で待機していたこころと百元も参加しており、燈たちの報告を受けた彼らも驚くと共にそれぞれの反応を見せている。
「ここに、神賀くんも来てるんだ。それもあの竹元くんと一緒に……」
「土蜘蛛の一件で出会ったあの男か。また良からぬことを考えてなければいいがな」
こころは当然ながら、学校の仲間たちに紛れて自分を遊郭に売り飛ばした順平がこの磐木に来ていることに怯えの感情を見せている。
彼女の心境を考えればそれは当たり前の反応であろう。
自分がいなくなったことを仲間たちにどう報告しているかは判らないが、順平が十分に警戒を払うべき対象であることは間違いない。
そんなこころの不安そうな顔を見つめる燈は、ふうと軽く息を吐いた後、神妙な表情で彼女へとこう切り出した。
「なあ、椿……そろそろ、あの野郎をとっちめる頃合いだとは思わねえか?」
「え……? それって、どういう……?」
「……この事件が解決したら、武士団を結成するメンバーが揃って、本格的な活動が始まることになる。武士団として活動する以上、多くの人間の前に出るのは当たり前だ。だとすると、このまま正体を隠し続けて活動するにも限界があると思うんだよな」
「それってつまり……神賀くんに正体を明かして、竹元くんがしたことを告発するってこと?」
「ああ、そのつもりだ。この事件が片付いて、あいつらが学校に戻る時が来たら、その時に全てを打ち明けようと思ってる。竹元の奴も、あいつに味方した奴らも全員を一網打尽に出来るタイミングで事を起こさねえと、余計な問題が生まれる可能性があるからな」
「……そっか。そう、だよね……。いつまでもこのまま身分を隠して活動し続けるなんてことは難しいもん。私も、覚悟を決めなきゃ……!!」
遂に、順平に自らの罪を償わせる時が来た。
彼が裏で何をしていたか知らないクラスメイトたちに全てを暴露し、彼の悪事を伝えることによって罰を受けさせることを決めた燈の想いに呼応するかのように、こころもまた覚悟を固めた様子で拳をぎゅっと握り締めている。
「椿、お前は裏方に回って、あんまり表に出ない立場だ。竹元の奴に恨まれるのが怖いんだったら、お前は王毅たちに会わなくてもいいんだぜ?」
「ううん、私も行くよ。竹元くんが何をしたのか、きちんと私の口からみんなに説明する。ここで逃げたら、みんなの仲間として自分に胸を張れないもん」
今後のことを考え、こころを慮った燈であったが、そんな気遣いは無用だったようだ。
戦う力を持たない身でありながら、精一杯の勇気を振り絞って順平の告発へと踏み切ろうとしているこころの決意を感じ取り、燈はこれ以上彼女を気遣うのは逆に失礼であるとその覚悟の強さを悟る。
「決まりだな……この事件が解決したら、少し付き合ってくれ。面倒だが、俺たちなりにけじめを着けに行ってくる」
「ああ、わかったよ。僕たちに出来ることがあれば、何でも言ってくれ」
燈とこころ。異世界出身の二人が、自分たちを陥れた仇敵と対峙する時が来た。
彼らの決意と覚悟を尊重し、その手助けになることは何でも言ってくれと協力を申し出てくれた蒼を始めとする仲間たちに燈が感謝の気持ちを抱く中、話は次のステップへと進んでいく。
「でも、その前に嵐と妖刀の一件を解決するのが先……先生、一つ伺ってもよろしいでしょうか?」
「……幕府が行おうとしている妖刀の実験について、だね?」
「はい。仮に幕府が陰陽師を総動員させ、その他の技術を注ぎ込み、さらにその状態で使い手を英雄と呼ばれる者たちに設定した場合、妖刀を制御下に置くことは可能なのですか?」
正弘が語っていた、幕府の真の目的。
『禍風』は回収された後、浄化と祓いの儀式を経た後で、その力を英雄たちが制御出来るか判断するための実験に回される。
ただでさえ強力な力を持つ生徒たちに更に強力な武器を持たせることで、強力無比な兵を作り出すための実験に妖刀が使われることを聞いた百元は、その是非を問う弟子の言葉に大きく首を横に振りながら答えた。
「不可能だ、絶対に。妖刀の邪気はそんなことで祓えるものではない。どんな手段を用いようとも、どんなに心が強い持ち手が扱おうとも、妖刀は必ず手にした者の心を歪ませ、破滅へと導く……それ故に、妖刀と呼ばれているんだ。幕府の人間も、そんなことはわかってるだろうに……!」
「だとしたら、燈の仲間たちに妖刀を使わせることは最大級の愚策だ。この世界の人間よりも圧倒的に気力が多い彼らが妖刀を手にしたら、尋常じゃない被害が出る」
「……それこそ、嵐のように人を殺すことに快感を見出すようになるかもしれない。磐木はまだ人口が少ない方だけど、人が多い東平京で妖刀持ちが暴れたら、どれだけの命が奪われるかわかったものじゃないわ」
「ああ、その通り……他にも幕府が保管している妖刀は無数に存在しているが、『禍風』はその中でも格段に強力な武神刀だ。あれを幕府に渡すわけにはいかない。妖刀を用いた実験など、絶対に止めさせなければ……!!」
天元三刀匠として、妖刀の恐ろしさを重々に理解している百元は怒りを滲ませる声でそう呟いた。
その声からは幕府に対する本気の憤りと、どうしてそんな危険な橋を渡ろうとしているのかという疑問が感じられる。
そんな中、前からとあることを考えていた燈は、思い切ってその答えを百元に尋ねるべく質問を投げかけた。
「あの、すいません。思ったんすけど、妖刀ってぶっ壊しちゃいけないんすか? へし折っちまえばもう二度と使われないし、使ってる奴ももしかしたら正気に戻れるかも……って、思ったんすけど」
「それは駄目だ。妖刀には、それを作り出した刀匠の執念や血に狂った使い手の狂気、その凶刃に討たれた者たちの怨念が邪気となってこびりついている。それらの依り代となっている妖刀を破壊するということは、宿っている邪気を世界に解き放つことに繋がってしまうわけだ。妖刀を破壊した結果、それよりもさらに恐ろしい妖が誕生してしまっただなんてことになったら笑い話にもならない。だからこそ、幕府は妖刀を厳重に保管し、誰の手にも渡らないようにしていたんだよ」
「そうっすか……まあ、ぶっ壊してそれで話が終わるなら、もうとっくに誰かがやってますもんね。すいません、馬鹿な質問しちまいました」
「良いんだよ。燈くんは異世界の民、この世界のことを知らなくて当然さ。だからこそ、誰かがその手を取り、学びを与えなくてはならない。……何も知らない者を利用する者の魔の手から、身を守れるようにするためにもね」
百元のその言葉は、暗に王毅たち異世界の人間を利用して自分たちの失態を隠蔽しようとしている幕府を批判していた。
十分に危険性を理解しているはずの妖刀を引っ張り出し、それを年端もいかない子供たちに使わせようとした上に、あまつさえその危険な代物を奪われてしまうだなんて、いくら何でも失態が過ぎる。
無知なる者を利用し、己の目的を果たすための人柱にする。
それはもしかしたら、実際に刀を振るって命を奪うことよりも数段悪辣なことなのかもしれない。
自分は手を汚さず、傷つきもせず、自らの失態すらも利用している者に収拾させようとしている幕府のやり口に憤りを覚える百元であったが、自分もまたその悪行の一端を担っていることに深い自責の念を抱いてもいた。
「いや、僕に幕府を非難する資格はないか……僕がしっかりと嵐のことを育てられていたら、あの子の苦しみを癒してあげられていたら、あの子が『禍風』に手を出すこともなかっただろうに……」
嵐の苦しみを軽視した結果、彼を破滅の道に進ませてしまった責任を感じている百元が俯きがちにそう呟く。
涼音もまた、嵐が凶行を起こす一因を担っていることに罪悪感を覚え、目を細めてぐっと歯を食いしばった。
どことなく、重い雰囲気。
百元と涼音の師弟が感じている責任がそのまま反映されているかのような重々しい空気の中、燈が次に発する言葉に悩んでいると……
「あのさ、ちょっといい? あたしも前々から考えてたんだけど、嵐くんって妖刀を何処から手に入れたのかな?」
「うん? 何処って、燈の話を聞いただろう? 『禍風』は幕府が東平京で保管していたんだ。なら、嵐はそこから盗んだに決まってる」
「でも、それっておかしくない? あたしたちが昇陽からこの磐木に辿り着くまで、おおよそ五日の時間がかかってる。東平京は昇陽よりかは近いけど、それでも往復で一週間はかかるでしょ? だとすると、嵐くんが消えてから最初の辻斬りが起きるまでの感覚が短過ぎると思うんだよね」
「……確かにそうかもな。でも、気力で全身を強化して全力で突っ走ったら、そう時間がかかる道程ってわけでもねえんじゃねえか?」
「いや、言われてみれば確かに……少し、違和感がある。どうにも腑に落ちない部分が多すぎるな」
「え? どういうことです、蒼さん?」
不意に投げかけられたやよいの疑念に対してそれぞれが自分の考えを述べる中、彼女の意見に同調した蒼が思いついた違和感について仲間たちに話をした。
「燈の後輩くんの話じゃ、『禍風』は移送のために警備が薄くなったところを強奪されたって話だったでしょう? もしもこれが嵐くんの犯行だとしたら、偶々東平京まで家出した時に、偶々妖刀と出会って、偶々その警備が薄くなってたから盗み出した……っていう、不自然なくらいに偶然が重なり合った展開じゃないとあり得ないんだ」
「妖刀の実験の話は幕府が極秘で進めてた。その話が遠く離れた磐木にまで届くとは考えにくい。何処かでこの話を聞きつけた嵐くんが時期を見計らって東平京に向かったっていうのもなくはないけど、可能性はかなり低いよね。って、考えるとさ……辻斬りの犯人と妖刀盗難の犯人は、別人だって考えるのが自然じゃない?」
「この事件に黒幕がいるってのか? そいつが幕府から『禍風』を盗んで、わざわざ嵐に届けてやったってことか? いったい、何のために?」
「実験、じゃないかな? 多分それが一番しっくりくる言い方だと思う。強い力を持つ妖刀を高い能力を誇る剣士に渡したらどれだけの力が発揮されるのか? 黒幕にあたる人物は、それを確かめるために嵐くんに『禍風』を渡したんだと、あたしは思うよ」
「……まあ、無きにしも非ずって感じだな。でもよ、わざわざ危険を冒してまで手に入れた強力な妖刀を実験のためとはいえ他人に渡しちまうってのはどうなんだ? ただ暴れたいなら自分で妖刀を使えば良いだけの話だし、一本しかない妖刀を手放すってのも勿体ない話だと思うんだが……」
「……一本だけじゃないとしたら?」
「え……?」
「盗まれた妖刀が、本当は『禍風』だけじゃないとしたら? 実は妖刀が他にも盗み出されていて、それを幕府が隠そうとしていると考えたら……今の二人の推理も、筋が通るんじゃ……!!」
蒼とやよいの話を黙って聞き続けていたこころが、青い顔をしながら言う。
燈の言う通り、盗み出された妖刀が『禍風』一本だけだとするならば、その犯人である人間が手に入れた妖刀を嵐に渡す理由は薄い。
単なる興味を満たす実験のため、あるいは妖刀を手にした人間が破滅する様を鑑賞するためにリスクを払い、警備が薄くなるタイミングを見計らって妖刀を盗んだとして、それを簡単に手放すというのは、単なる愉快犯にしてはどうしても矛盾した考えとしか思えないからだ。
だが、盗まれた妖刀が『禍風』以外にも存在しているというのならば話は別だ。
その場合、嵐に妖刀を渡して実験を行うという行動の意味が大きく変わってくる。
嵐の行動は、あくまでテスト。この後に控える本番に備えた、試験的な実験。
どうすれば妖刀を安全に使えるのか? どうすれば妖刀の力で破滅せずにすむのか?
それを調べるためのモルモットとして、才能と気力が溢れる嵐が選びだされた。
黒幕の手に他の妖刀が存在しているというのならば、『禍風』と嵐を失ったとしても惜しくはない。
いつかデータが十分に揃い、彼が求める情報を得られた時点で、計画を次のステップへと進めればいいだけの話なのだから。
「おい、ちょっと待て……ってことは、もしかして俺たちはその黒幕に乗せられてるんじゃねえのか? 嵐と俺たちを戦わせることで、妖刀の力がどれだけのものかを調べるっていう目的に利用されてるんじゃ……!?」
「そうかもしれない。でも、黒幕の標的はあたしたちじゃあないと思うよ。黒幕が敢えて強力な妖刀である『禍風』を嵐くんに渡してこの磐木で暴れさせたのは、彼と妖刀の力量を図るうってつけの相手を呼び寄せるためだと考えれば辻褄が合うもの」
「神賀くんや、学校のみんな……!! く、黒幕が調べようとしてるのは妖刀の力だけじゃない。神賀くんたち、英雄として幕府に頼りにされてるみんなの実力を図るために、お互いをぶつけようとしてるんだ……!!」
「でも、何のために? その実験の先に、黒幕は何をしようとしている?」
「……まさ、か……!!」
妖刀の力を図り、その力に飲まれぬ方法を見つけ出すための実験。
幕府に召喚された英雄と呼ばれる戦力の強さを把握するための試金石。
そして、幕府の下から盗み出された妖刀たち。
それらの情報と力を得て、黒幕は何を企んでいるのか?
異様な緊張感に満ちる室内にて、心臓の鼓動を速めながら話し合いを続けていた燈たちは、何かに思い当たったように呟きを漏らした百元へと一斉に視線を向ける。
そんな弟子たちの眼差しに気が付く余裕すらない程に驚愕した様子の百元は、わなわなと様々な感情によって唇を震わせながら、誰に聞かせるわけでもない独り言を口にした。
「最凶の武士団の、結成……!!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます