燈vs猿鬼


「グルオオオオオォォッ!!」


 燈の挑発的な態度に応えるようにして、猿鬼が咆哮を上げる。

 爆発にも等しい声量を誇る猿鬼の叫びは、文字通り空気をびりびりと震わせ、聞く者の身を竦ませるほどの威圧感を誇っていた。


 事実、間近でそれを聞いた正弘も、やや離れた位置にいる冬美も、生物の本能を刺激する恐怖感に身を包まれ、思わず体が硬直してしまっている。

 しかし、その叫びを最も近い位置で聞いているはずの燈はというと、そんなものに臆することはないとばかりに不敵な笑みを浮かべていた。


「おーおー、やる気十分じゃねえの。そんじゃ、始めるかっ!」


「グルフッ!!」


 正眼の構えを取り、武神刀の切っ先を猿鬼へと突き付ける燈。

 自分よりも二回りは大きい妖を相手しながらも、彼は何処か落ち着いた様子を保っていた。


 先ほどまで、戦の中で無数の狒々たちを蹴散らした高揚感もあるのだろう。

 しかし、それ以上に今の燈を落ち着かせていたのは、猿鬼が持つ武器の種類に理由があった。


(鬼に金棒、つーのはよく聞くが、要するにデカい金属バットだろ? そいつの相手なら、腐るほどしてきたんだよ!)


 赤の猿鬼の得物は、人の身の丈ほどはありそうな巨大な金棒。アニメや漫画作品などでよく見る、鬼の金棒といえばその形状が想像出来るかもしれない。

 持ち手も打撃部分も鋼鉄製の、至る所に棘が付いた、如何にも破壊力抜群でございますといった形の金棒であるが、究極的に突き詰めて考えてしまえば、かつて燈が相手した不良たちが武器で用いていた金属バットとそう変わりはないのである。


 確かに、不良たちが使っていた金属バットにはあんな大きさはなかったし、不良たちと猿鬼では倍以上も背丈が違う。だが、同じような武器を使っている以上、その攻略法もまた同じだ。

 長年の経験を活かし、こちらから仕掛けることにした燈は、ふっと短く息を吐くと一気に猿鬼との距離を詰め、その懐へと飛び込む。


「グギッ!?」


「はっ! あめぇんだよ!!」


 日村の突撃とは比較にならない速度で接近してきた燈に対して、慌てた様子の猿鬼が自身の武器を振り下ろす。

 しかし、既に完全に猿鬼の懐に入ってしまっている燈には最も威力の出るスイートスポットとでも呼ぶべき場所の打撃は当たらず、持ち手に近い部分での攻撃を武神刀で防がれながら更に間合いの中へと滑り込まれてしまう始末だ。


「そういう武器はなあ! びびって遠巻きに相手するのが一番あぶねえんだよ! 逆に言えば、相手に思いっきり近づかれちまうと、もう攻撃の手段がねえだろうが!」


 フルスイングされたバットが直撃した時、一番のダメージを喰らってしまうのは言わば芯と呼ばれる部分での攻撃だ。

 大きく膨らんだ太い部分で遠心力を活かした一撃をぶちかまされれば、それは勿論痛いだろう。

 しかし、骨が折れ、頭がかち割られるだけの威力を誇る金属バットでの攻撃を恐れるあまり、その間合いに踏み込めないというのは逆に悪手なのだ。


 バット然り、ナイフ然り、武器を使用して戦うことで得られる最大のメリットとして、攻撃力と攻撃範囲の増大というものが挙げられるだろう。

 拳で殴るよりもナイフで刺した方が殺傷能力は高く、射程に関しても持っている武器のリーチの分だけ伸びることが自然だ。


 しかし、それらのメリットを得る代わりに、武器を用いる人間は素手の時に有していた器用さを失ってしまう。

 武器を掴んでいる手では相手を掴み、投げることは出来ない。急接近された時、防御の構えを取ることも難しくなる。

 対武器での戦いにおいて重要なのは、恐れずに接近戦に持ち込むこと。その武器が最も威力を発揮する間合いを突き抜けることだ。


 武器を持つ者の体が大きく、腕が長く、扱っている武器が大きければ大きいほど、攻撃範囲は広がるが……逆に、何の攻撃も行えない間合いも大きくなる。

 自分の腕の内側。得物の芯での攻撃が繰り出せない範囲。その位置にまで踏み込んでしまえば、例え鉄製の巨大な金棒であったとしても何も恐ろしくはないのだ。


「せえええいっ!!」


 左側から繰り出される金棒での攻撃は、難なく防ぐことが出来た。

 受け止めるのではなく、受け流す。武神刀の刃が金棒の肌を擦り、ギャンギャンという耳障りな音と共に火花を散らしている様を見ながら、燈は攻撃の体勢を取る。


 突撃の勢いと、受け流しに利用した滑りの流れ。自身が取った全ての動きを繋げての切り抜けを振るい、猿鬼の胴を両断するべく一刀を繰り出す。

 幾ら猿鬼の肉体が頑健といえど、この無防備な腹に渾身の斬撃を喰らってはただでは済まないだろう。

 蒼と宗正に習い、完璧な習熟を成したとは言えない燈の剣技ではあるが、業物である『紅龍』と今の勢いがあれば、十分な痛手は負わせられるはずだった。


 しかし、この猿鬼は狒々たちとは違う、数々の戦いを潜り抜けてきた猛者である。

 そう容易く、彼が斬り伏せられるはずがなかった。


「グルルルウッ!!」 


「なっ!?」


 突如として、『紅龍』と猿鬼の胴体との間に太い腕が割り込む。先ほど、日村の一刀を防ぎ、弾いた具足付きの左腕が、繰り出された燈の一撃を見事に受け止めてみせた。


 そのまま、染みついた反撃の動きとして、猿鬼が左腕を振るい、燈の武神刀を払う。

 敵の反撃の気配を察知した燈は、その弾き返しの動きに逆らうことはせず、逆にその勢いを利用して後ろに飛び退き、一度猿鬼との距離を取った。


 瞬間、鼻先を掠める黒い鉄塊の振動が空気を揺らす。

 日村同様、燈の頭を叩き割るために繰り出された猿鬼の一撃は、あわやというところで空を切った。


「あっぶねぇ! そりゃあ、そうか。そう簡単に勝たせちゃくれないよな……!」 


 ズザザと地面を滑り、刀を構え直しながら、燈は忌々し気に吐き捨てた。

 どうやら、猿鬼は間合いの弱点への対策は済ませているようだ。あの左腕の具足は、相当に厄介な盾になっている。


 敵の戦術は至極単純。右手の金棒で攻撃し、盾と化した左腕で防御する。ただ、それだけ。

 だが、猿鬼の剛力と反射神経がそこに合わさると、単純であるが故に突破が困難な構えとなるのだ。


 巨体と長い腕を活かした金棒での一撃必殺の攻撃。超が付くレベルの馬鹿力と武器の破壊力は、猿鬼に叩きのめされた日村が証明してくれた。

 その猛攻を潜り抜け、懐に潜り込んだ者の攻撃も猿鬼の硬く太い腕の防御に阻まれる。

 盾よりも器用に操れる左腕の防御で攻撃を弾き返し、強引に相手を金棒の威力が出せる位置にまで押し戻すことで、これまた一撃必殺のカウンターを決めることが可能という攻防に優れた戦術となっているのだ。


 それは仲間内での戦いでは身に着けることが出来ない、戦闘の技術。人間との戦いを想定して編み上げられた、自身の強みを存分に活かした戦法。

 猿鬼は、戦い方を知っている。人を狩ることしか知らない狒々たちとは違い、人と戦う術を知っている。


 純粋に力が強いからでも、俊敏だからというわけでもない。他の個体が知らないことを知っているからこそ、猿鬼は狒々たちを率いる武将としての立場に就いているのだと、その恐ろしさと強さを理解した燈は、上位個体である妖の脅威を再認識すると共にその攻略法を模索し始めた。


(後ろに回り込む、また馬鹿デカい炎で攻撃する、防御を躱して攻撃する……どれもいまいちしっくりこねえな)


 シンプルな戦法に対抗するには、こちらもシンプルなのが一番。即ち、防御を無視出来る強烈な一発で決めるか、そもそも防御されないようにして攻撃するかの二択だ。


 だが、燈は自分が思いついた作戦に対して、猿鬼も対応出来るだけの策を練っているような気がしてならなかった。


 後ろに回り込もうとすれば、必要最低限の動きでそれに追いつかれる。そうなったとしたら、幾ら余裕があるとはいえ、気力と体力を無駄に使うだけだ。


 最初のように巨大な火柱を使っての攻撃もまた、回避に専念されて無駄打ちになる可能性が高い。そもそも、近くにいる正弘や冬美を巻き込む可能性がある以上、そう易々と使うわけにはいかないだろう。


 防御を躱すフェイントを入れるという選択肢が一番実用的だが、残念ながら今の燈にはそれだけの技量はなかった。これが蒼だったならば間違いなくこの択を取っただろうにと苦笑しながら、燈は改めて自分にも実行可能な突破方法を考える。


 宗正の下で学んだ技術。余りある膨大な量の気力。それを活かした身体強化。

 燈自身が持ち得る全てを重ね、この一か月の記憶を思い返して突破口を探っていた燈は、ふとあることを思い出し、ぽんと手を叩いた。


「そうだ。あれ、やってみるか。え~っと……確か、こんな感じだったよな……?」


 正眼の構えから、腕を上へ。真正面に構えていた『紅龍』を掲げるようにして持ち上げ、頭上に構える。

 左足を一歩前に出し、左手で刀の縁頭ふちがしらの部分を握り、見よう見まねで記憶の中にある宗正の姿を模倣した燈は『紅龍』へと気力を送りながらその体勢を維持した。


「はあぁぁぁぁ……っ!!」


 研ぎ澄まされる集中力。それに呼応して赤熱する刃。

 猿鬼の剛腕と咆哮によって震わされた戦場の空気が、焦げるように熱せられていく。

 上段に『紅龍』を構えた燈の周りには陽炎が生み出され、彼が発している熱が尋常ではないことを表していた。


「研ぎ澄まし、高める……振り下ろしの瞬間に、それを解き放つ……」


 宗正から聞いたコツを、技の原理を、何度も口ずさんで確認する燈。

 包帯の間から覗く双眸に炎を燃え上がらせ、その瞳で討ち果たすべき猿鬼を見やる彼は、どんな攻撃でも受け止めてやるとばかりに自分を待つ妖の姿に小さく笑みを浮かべ、そして――


「……行くか」


 そう、呟く。一直線上に見える猿鬼は、そんな燈の構えを見ながら自身もまた迎撃態勢を整えた。


 上段の構え……別名、火の構え。

 燃え盛る炎の如く相手を制圧する、完全攻撃型の構えであるそれは、決して初心者が手を出して良いものではない。


 刀を頭上に構えている以上、無防備な胴体を相手に晒すことになる。相応の重さがある刀剣を持ち上げる以上、腕にかかる負担もかなりのもので、持久戦にも向いていない。

 だが、それを以て余りある長所として、斬り下ろすという攻撃に関してだけ言うならば、全ての型の中で最速最強の行動が可能になるという部分が挙げられる。


 耐久を、防御を、全て捨てる。相手と相討ちになる覚悟を決め、ただ渾身の力を以て全力の斬り下ろしを叩き込むことだけを考える。

 それがこの型の全て。上段の構えという型が持つ、強みと弱み。


 それを猿鬼は知っていた。かつて、この型を構えた男と戦い、勝利した経験を持つ彼は、相手の攻撃力を理解しながらも左腕の具足で防御の構えを取る。


 確かに、この型から繰り出される攻撃は速く、重い。だが、刀の出所と軌道が見えやすくなるという欠点も抱えている。

 前にこの型からの斬り下ろしを防いだ時は、左腕の痺れが数日の間取れなかった。

 しかし、それでも……自分は、その一撃を防いだのである。


 要領はその時と同じだ。普段の弾き返しと同じように、相手の斬撃が勢いに乗る前に左腕で受け止め、そのまま弾いてやればいい。

 攻撃の出所はわかっている。斬り下ろしの軌道も読めている。防御において、最も困難なのは相手の攻撃の方法を看破することだ。逆に言えば、それさえ出来てしまえば、弾き返しを決めることはそう難しいことではない。


 だから、猿鬼は待った。燈が見え見えの攻撃を繰り出してくるのを待ち続けた。

 こういう時、妙に攻め気を出すのは逆に良くない。中途半端な攻撃と防御は、お互いがお互いの隙を生み出してしまう。そこを突かれ、痛手を負うくらいなら、最初からある程度の負傷を覚悟の上で確実な方法を選んだ方が良い。


 この後、左腕が暫く使い物にならなくなることは覚悟した。この後の戦いに参加することも諦めなければならないかもしれない。

 だが、それでも……猿鬼は、燈の斬り下ろしを自慢の防御で受け止める戦法を選んだ。それが、自分にとっての最も勝率の高い作戦だと考えたからだ。


 防御を捨て、攻めに全ての意識を注ぐ燈。

 攻撃を捨て、弾き返しからの反撃を狙う猿鬼。


 先の先を狙う者と、後の先を狙う者。両者の戦いの分け目は、ここから繰り出される最初の一発にかかっている。


「こおぉぉぉぉぉ……っ!」


「グ、ギッ……!」


 にじり寄る、燈が。先ほどのように一気に相手の懐に潜り込むのではなく、自分の一撃が最も威力を発揮する場所を探すかのように、じりじりと猿鬼との距離を詰めていく。


 研ぎ澄ます、猿鬼が。いつ、どの瞬間にも攻撃が繰り出されても良いようにと、一部の隙も無く左腕に力を込め、燈の挙動を鋭い眼光で観察しながら、その動きを一瞬足りとも見逃さないとばかりに集中力を高める。


 双方の動きを観戦する正弘は、静かな戦いの中で満ちる緊張感にごくりと息を飲んだ。

 瞬き一つ、その間に全てが決まってしまいそうな雰囲気を感じ取り、ただ燈の勝利を祈って拳を握り締める彼の前で、その時が訪れる。


「っらぁぁっっ!!」


 自身の集中力が、闘気が、最大限に高まった瞬間、燈が動いた。

 宗正の下で何万回と繰り返した素振りの動きと同じ、滑らかな斬り下ろし。それは正に天から降り注ぐ雷光の如き勢いと速さを持つ必殺の一撃となって猿鬼を襲う。


 だが、猿鬼もその動きは見えていた。軌道も、出所も、全てを把握している彼の左腕は予想通りの挙動を見せる燈の武神刀と自身の体との間に入り込み、その一撃を受け止める。


 ガギンッ、という鈍い音。それに続く、重い痛み。

 左腕の骨が折れたかもしれない。あるいは、砕けているかもしれない。だが、それでも、自分はこの強烈な一発を防いでみせた。

 後はいつも通り、これを弾き返すだけだ。そして、渾身の一撃を防がれ、隙を晒す相手の頭を金棒で叩き潰してやればいい。


 勝った。勝った。勝った!

 喜びが、猿鬼の胸を満たす。命を掛けたやり取りを制し、強者である相手を討ち取る快感に笑みを浮かべながら、彼は全力で左腕を払い――


「ウギ……ッ?」


 そこが、異様に軽いことに気が付いた。


 何かがおかしい。感じられるはずの具足の重みや、相手の攻撃の激しさが、今は一切感じられない。

 どう考えてもおかしい。自分はこの人間の一刀を防ぎ、弾き返すところだったではないか。


 ならば何故、何故、何故……この男の刀は、自分へと迫っている?

 赤熱した刃が、何かを焦がす臭いがはっきりと感じられる。目前にまで迫った刃の軌道は、間違いなく自分の顔面を斬り裂く動きを見せている。


 どうして? 何故? 斬り下ろしは確かに防いだはずなのに、その感触も確かにあったのに、どうして刀が迫っているのか?

 そんな疑問で頭を一杯にしている猿鬼は、そこでようやく自分の左腕が途中からすっぱりとなくなっていることに気が付いた。


 要は、単純な話だ。確かに彼は燈の一撃を左腕で防いだ。読み通りの軌道を見せた斬り下ろしに対して見事に反応し、それを防御してみせた。だが、防ぎ切れはしなかった。それだけの話だった。


 『紅龍』の赤熱した刃は、一瞬にして硬い鉄製の具足を溶かした。

 宗正が作り上げた名刀の切れ味は、凡百の武神刀のそれとは比較にならないほどに鋭かった。

 膨大な気力を持つ燈が練り上げた刀気が、これまでに何度も繰り返して身に着けた斬り下ろしの動きが、攻撃の威力を相乗効果で何倍も高めていた。


 そして何より、人との戦いに慣れたはずの猿鬼が知らない、ある要素があった。

 それが、技。武を追及する人間が編み出した、自身の力をより高次元に押し上げるための技術。


 単純な剣技と、武神刀という神域の力を生み出す武具を組み合わせて作りだされた、ほんの初歩ともいえるその技は、初歩的であるが故に突き詰めると絶大な威力を発揮する。

 火の武神刀 剣技【焔】……上段の構えから繰り出される、強力無比な一撃の威力を爆発的に向上させるための初歩の技。

 完全に極めたわけではない、撃ち慣れた技というわけでもない。ただ、燈という尋常ではない量の気力を持つ人間が、要点を抑えて放つだけで、それは文字通り必殺の一撃となるというだけの話だ。


 幾ら人より強靭といえど、具足で防御を固めたといえど、ただの腕一本だけで防ぎ切れる一撃であるはずがない。


 『紅龍』と猿鬼の左腕が接触した瞬間、勝敗は決まっていた。

 具足も、肉も、骨も、全てを熱しながら断ち切った刃は一瞬のつかえもなく、猿鬼の防御を突破する。


 自身の血を蒸発させ、眼前へと迫る武神刀を、それを振るう燈の姿を見て、猿鬼が恐怖した次の瞬間、彼の全身を炎が包む。

 振り下ろされた刀が纏っていた火の気力が地面へと激突し、猿鬼の足元から轟炎を着火させたのだ。


 同時に、燈の一刀が猿鬼の体を断つ。燃え盛るその肉体からは血が噴き出すこともなく、一瞬にして妖の命を奪った斬撃は断末魔の叫びすら許さず、炎が文字通り爆発する。


 その熱さに、激しさに、目を閉じた正弘は、一瞬の出来事を全く把握出来ないでいた。

 ただ、何か物凄いことが起きていることだけを理解している彼は、瞼の裏で感じる炎の激しさがようやく収まってきたことを感じ、恐る恐るといった様子で燈と猿鬼が立っていた場所を見つめる。


 もうもうと立ち込める黒煙が、ゆっくりと晴れていく。

 同時に、上空に舞い上がっていた猿鬼の左腕が煙の中心部分に落下していく様が見て取れた。


 心臓の鼓動がうるさく感じられる。燈がどうなったのか、早く知りたいような、知りたくないような、矛盾する気分が止められない。

 やがて、視界に広がっていた煙が晴れた時、正弘の目は、そこに立つたった一つの人影を目撃した。


 右手に、刃を赤熱させた武神刀を握る。左手に、討ち果たした敵の一部を抱く。

 あの爆発の中で猿鬼の体は燃え尽きていたが、それを生み出した張本人はまるで平気のようだ。顔に巻いてある包帯を煤で黒く染めながらも、二本の脚でしっかりと大地に立っている。


 ゆっくり、ゆっくりと……彼が、左手に抱いていた猿鬼の左腕を頭上に掲げる。

 戦いを見守っていた多くの狒々たちと、ようやくこの場に集まってきた増援の武士たちと、全てを目撃していた正弘に向け、燈は堂々とした声で叫びを上げた。


「敵将猿鬼、俺が討ち取った!!」

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