試し刀・気力・武神刀
そう言いつつ花織が懐から取り出したのは、真っ白な鞘に収められている短刀であった。
汚れ一つない鞘とは対照的な黒い柄を花織が掴み、ゆっくりと引き抜けば、短刀の刀身が淡い輝きを放ち、彼女の顔へと光を浴びせる。
「これは、いったい……?」
「私たちはこれを試し刀、と呼んでいます。これは引き抜いた者の内に眠る神秘の力、気力を測定するための道具です」
王毅の疑問に答えるようにして、花織が懐から紙人形を取り出す。彼女が目を閉じ、何か念を送るような仕草を見せれば、手にしている紙人形がひとりでに動き出し、ぴょこぴょこと花織の手の上で踊り始めたではないか。
「な、なにこれ!? すごっ!!」
「ほんの初級の陰陽術ですよ。こうした式神の使役の他にも、呪符を使った封印術や戦闘、治療行為にも気力が用いられています。人の内側に眠る、目には見えない生命の力……それこそが気力なのです」
「その気力っていうのは、この大和国の人々だけじゃなく、俺たちも持っているのかい?」
「もちろんです! というよりもむしろ、我々よりも皆様たちの方が多くの気力を有しているのです! だからこそ、異世界から英雄の皆様をお呼びしているのですからね!」
ぱん、と花織が手を叩けば、彼女の懐から巻物を手にしたもう一体の紙人形が飛び出し、先に呼び出されていた紙人形と共に教壇へと飛び乗った。二体の紙人形たちはそれぞれ巻物の左右を掴むと、それを広げるようにして左右へと歩いていく。
「人間を越えた身体能力と数々の奇怪な能力を操る妖に対抗するため、我が大和国は強力な武具を開発しました。特殊な鉱物を用いて作り出されたそれらの武具は武神刀と名付けられ、今日まで多くの武士たちが武功を立てるのに役立っています」
「武神刀、ね……それとさっきの気力ってものにどんな関係が?」
「武神刀には、文字通り神の如き力が宿っています。それを引き出すためには気力が必要なのです。つまり、強く多くの気力を持つ者は、より強力な武神刀を操れるということ。妖に対抗するための、強大な力を得ることが出来るということです」
「か、刀なんて、私たち使ったことないわよ! そんなの使ってって言われても、まともに戦えるかどうか……」
「それについてはご安心ください。武神刀を操る者は、通常の剣術とは全く違う戦い方を身につけることになります。各人が得た武神刀の能力を活かすための完全なる我流の戦術には、剣術の経験の有無には関係ありません。むしろ、無い方が剣に対する固定概念を崩すことが出来て好都合かと」
「運動が苦手な人間はどうすればいいの? 僕、正直言って戦いとか自信ないんだけど……」
「それも大丈夫です。気力を自在に操ることが出来れば、身体能力も飛躍的に向上します。そして、先ほども申し上げた通り、異世界の人間である皆様には、私たちを遥かに超える気力を有している方が殆どです。この気力の扱い方を覚え、武神刀を用いた戦術を身につければ、皆様は我が国の兵を難なく倒せる程の力を得ることが出来るでしょう」
すらすらと武神刀についての説明を口にした花織は、一度言葉を区切ると手にしている試し刀を王毅へと差し出した。
「刀の柄を掴み、意識を集中させながら引き抜いてください。それで、王毅さまの持つ気力が測れます」
「……わかった。やってみよう」
花織の手から試し刀を受け取った王毅は、深く息を吐いてから右手で刀の柄を掴む。そして、意を決したように顔を上げると、先ほど花織がしたようにゆっくりとした動きで鞘から短刀を引き抜いた。
「お、おおっ!? これは……!!」
その瞬間、花織とクラスメイトたちが大きくどよめく。王毅が引き抜いた試し刀の刀身が虹色に輝き、花織の時とは比べ物にならないくらいの眩い光を放っている光景を目にした彼らは、一目でこれがただ事ではないことを理解した。
「この眩さは、相当の気力量を有していなければ発せられない輝きのはず……! しかも虹色の輝きを放つだなんて、信じられません!」
「光の色にまで意味があるのかい? 俺のこの色は、珍しいものなのか?」
「もちろんでございます! 気力には属性があり、光の属性を持つ気力は白色に、火ならば赤色にと、それぞれ輝きの色で区別されるのです。王毅さまの虹色は、全ての属性を兼ね揃えた、極一部の者にしか与えられぬ天賦の才! それをこの気力量と併せ持つ人間など、古今東西記憶にありません! やはり、貴方様は真の英雄として選ばれし存在なのでしょう……!!」
先ほどよりも熱が籠った、我を忘れんばかりの大声でそう王毅へと告げた花織は、試し刀を鞘へと戻した彼の手を掴んで満面の笑みを浮かべている。その行動と表情からは、彼女からの王毅への絶大な信頼が感じられた。
一連の流れを目にしていた2-Aの生徒たちもまた、自分たちのリーダーである王毅の才能に感服し、彼について行けば厳しい戦いも切り抜けられるのではないかという希望的観測を得る。
同時に、自分たちもまた英雄としての才能を有している可能性に思い至った彼らは、それを確かめるべく我先にと試し刀へと手を伸ばし、自身の気力を計ろうと躍起になり始めた。
「つ、次は俺だ! 俺だって、きっと役に立てる力があるはずだ!」
「わ、私も! 気力って、男女で優劣が決まってるわけじゃないのよね? なら、私にも英雄になれる可能性はあるはずよ!」
試し刀を受け取り、それを鞘から引き抜く。生徒たちが簡単なその行動を取る度に、教室の中には色とりどりの眩い輝きが充満した。
王毅の親友であり、サッカー部でゴールキーパーを務める
ストイックな性格をしたクールビューティー、
逆に意外だったのが、クラス全員からオタク男子として見られている
その他のクラスメイトたちも試し刀を引き抜き、各々の気力量と属性を測定しては様々な反応を見せている。ただ一つ共通することとしては、多少の差はあれど彼ら全員が教室を照らすほどの眩い輝きを試し刀の刀身から放つことで、自分が持つ気力の量の膨大さを証明しているということだ。
そうして、たっぷり十数分を使って、2-Aのほぼ全員が自分の属性とおおよその気力量を測定し終えた。再び自分の元に戻ってきた試し刀を手に、王毅は気力の測定を終えていない最後のクラスメイトへとそれを差し出す。
「さあ、残るは虎藤くんだけだ。君が戦いに賛同していないのはわかっているが、これくらいのことはやっても構わないだろう?」
「……まあな。んじゃ、俺もやるとするか」
軽い口調で王毅から短刀を受け取り、改めて両手で掴み直す。やや困ったような、それでいて少し楽し気な表情を浮かべた燈は、他の仲間たちがそうしたようにゆっくりと鞘から試し刀を引き抜いていく。
2-Aの面々は、燈がどれだけの力を有しているのかを知れるこの儀式を興味津々といった様子で見つめていたのだが……彼らが目にしたのは、あまりにも予想外な事態であった。
燈が試し刀を完全に鞘から引き抜いても、その刀身が一切輝かなかったのである。彼が何かやり方を失敗したのかと思い、もう一度同じように鞘に収めた刀身を引き抜いても結果は同じ。銀色の刀身は、何の輝きも放たずにあるがままの姿を見せるだけだ。
「あ~……なんか、俺だけ他の奴らと違うみたいなんだが?」
「あの、その、えっと……ひ、非常に申し上げにくいのですが、その……貴方には、例外中の例外というか、王毅さまと同じくらいの低い確率の話で、ですね……」
困惑、驚愕、そして失望と忙しく表情を変えた花織は、最後に憐憫の感情を顔に浮かべながら燈へと口を開く。その表情がやや癇に障った燈ではあったが、彼女にとってもこの事態は予想外であり、そのあまりの確率に感情の処理が追い付いていないのであろうと思うことで心を落ち着かせると、黙って花織の話に耳を傾け――
「……貴方には、気力が一切無い……ということになるのだと、思います」
――彼女の優しく静かな声に反した、非情で残酷な宣告を突き付けられるのであった。
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