第7話 Naked

「名前を呼ばれたら返事して、前に来て。」

“はい”と全員の揃った声が遠くまでこだました。

「ナギサ、ルカ、アイ、ヨウ、メイ。」

 ・・・やっぱりだめだったか。そう肩を落とした。

「リザーブ要員で他4人、スティーブ、ジュリ、ミク、アキ。以上。今呼ばれた9人は残って。」

 リザーブでもよかった。可能性があるのなら、コンサートの裏側が見れるのなら、それだけでも十分だと思った。

「今日はだいぶ早いけどここまでにします。みんな、いっぱい練習しただろうからご褒美!」

 一気に緊張感が解けた。レッスン室に残ってライ教授の説明を聞いた。

 1ヶ月の練習日程、衣装合わせやゲネプロの今後のスケジュールと当日について聞きながら、隣に座っていたメイを見つめていた。


 よかった・・・メイとまた一緒に過ごす時間ができる。


 放課後、スタジオでメンバーとジェルミー・フランツの前座の話で盛り上がった。

「うおぉぉぉぉ!アキすげぇ!」

 一番興奮してるのはマサだった。普段は冷静なクウも興奮しているようだった。

「リザーブでもジェルミーの舞台の裏に行けるっていうのは、いい経験になるな。」

「俺らも自主企画成功させないとだな。」

 スタジオに鼓舞するように何枚も貼ってあるフライヤーをトニーが指差した。

 メンバーのやる気になれたんだったら、もうやるしかない。

 自信ないとか言ってらんない。

「そういえば、“crisis”ってオケできた?」

 ミクがオープニングアクトで歌う俺たちの曲。

「できたよ。もう昨日ミックスダウンしてミクに渡してある。」

「さっすが!クウ!」

 トニーが勢いよくクウの肩を叩いた。

「ミクのリハもこれからはしないといけないな。」

 これからの未来に明るい兆ししかなかった。


 桜の実が落ちてアスファルトがところどころ赤く染まる季節を感じながら、自分の夢に向けてほぼ毎日リハと週3日の放課後のダンスの練習に明け暮れた。

 そして、朝はまたメイと過ごす様になっていた。


「おはよう、アキさん。」

「おはよ。」

 日課になっているベンチでの朝のデート。いつもの様に朝の挨拶をして、冷たい缶コーヒーを開けた。

「あと5日だね。」

「うん。俺は“補欠”だけど、ジェルミーのワールドツアーに参加できるっていうのが、夢に一歩近づいた気がしてる。」

「アキさんはリザーブだけど、全力で頑張ってるの知ってるから。」

 そう言って少し視線を下げたメイと一緒だから頑張れる。そして、バンドもいろんな想いを形にしたい。特に・・・メイへの想いは新たな俺を切り開いた。

「メイ・・・。来月の自主企画ライブ、来て欲しい。」

「もちろん。行かせていただきます。」

 メイは俺が大好きな笑顔で答えて、じゃれるようにお辞儀をした。

 頭を上げたメイと目を合わせると、二人で笑いあった。

 穏やかな十数分の時間を過ごした後、一緒にレッスン室へ向かった。


 レッスン室に入ると、ミクが一生懸命掃除をしていた。

「ミク、何してんの?」

「アキ君、おはよ!スポドリこぼしちゃって。べたべたしちゃうからあれやこれやって拭いてるんだけど・・・。」

「ミクってたまにわけわかんないドジするよな。」

 てへっとミクは笑ってみせたけど、すぐに拭き掃除に夢中になった。すぐに俺とミク二人だけだったレッスン室に人が入ってくる。

「よし。終わった。」

 拭き終わったミクが掃除道具を片付けて、レッスン室から出て行こうとするのを引き止めた。

「ミク、あと10分だぞ。」

「大丈夫。飲み物買ってくるだけだから!」

 ミクはバタバタと廊下を走って行った。


 まもなくしてライ教授が涼しい顔して入ってきた。

「おはよう!ストレッチ終わってるよね?今日はヒップホップやろうと思うんだけど、俺の友人でジェルミー・フランツの振付とバックダンサーのシン君に特別授業してもらうからみんなよろしくー。じゃあ、シン君、カモン。」

 入口に視線が集中した。明らかにキラキラとした、いや、ギラギラとしたオーラをまとった体の小さな男の人。ライ教授の隣に立っても存在感は“カリスマ”という言葉がぴったりな程だった。

「シンです。アメリカでダンサー・振付してます。今日はちょっと今までにない難しさと楽しさをみんなでシェアできればと思ってます。よろしくお願いします。」

 緊張感から全員が口を揃えて“よろしくお願いします”と復唱した。少し倍音が聞こえるぐらいに。

「シン君は、BBAとかシェンディーとかの振付・ダンサーしてるダンス界では有名な日本人です。じゃあ、シン君あとよろしく。」

 シン先生の動きは、ライ教授のダンスとはまた違って足の動きの転換が多く、ついていくのがやっとだった。

「じゃあ、次は1列目から順番にいきまーす。」

 グループ指導の間、体を休めながらしっかり動きを見ていた。2列目が回ってきてメイが立ち上がろうと床に手をついた・・・瞬間・・・。

「あっっ!」

 メイは手を滑らせて立ち上がる前に仰向けに転んだ。1列目で踊り終えたミクがすぐにメイに駆け寄る。

「メイちゃん大丈夫?」

「っ!」

 声もでないほど痛そうにしているメイに思わず駆け寄った。

「手首痛めたか?」

 周りの目を気にせず、メイの手首を触った。

「痛いっっっ。」

「ごめん。医務室行こう。」

「アキ君、私が連れてくよ。」

 そう言って、メイはミクに付き添われて医務室へ行った。

「大丈夫かな?じゃあ、2列目から再開するよー。」

 確かに子供じゃない。でも、シン先生のさらっとした対応に少し腹が立った。

 その後はメイのことが気がかりで集中できないまま、レッスンを終えた。


 レッスン室を飛び出るとそのまま医務室に向かった。着替えなんて後からすればいい、そう思った。

 医務室に飛び込むように入ると、手当て済みのメイがミクと医務室で談笑していた。

「あ、アキ君!」

 その声にメイが笑顔で振り向く。

「メイ大丈夫?」

「うん、たぶん軽い捻挫みたいだから、何日か冷やして無理しなければ大丈夫だって。」

「よかった。」

 ミクの存在も気にせずメイの手をそっと両手で包んだ。

「メイちゃんごめんね。」

「ミクさんのスポドリとは全然関係ないから大丈夫。たまたま私が転んだ場所が同じだっただけだから。」

 メイはにっこりと微笑んだ。

「着替えなきゃ。」

 3人で着替えをしに医務室を出た。

「アキさん、ミクさん、ライ教授に報告してから更衣室に行くので先に行っててください。」

 まるでケガの痛みがないかのようにいつものメイだった。

 俺はミクと二人で更衣室に向かった。

「アキ君って、メイちゃんのことが好きなんだね。」

 ミクのその問いかけに何も答えなかった。

「じゃ、またスタジオで。」

 言い捨てる様にそう言い残してミクはスタスタと更衣室へ入って行った。


 メイが掴んだチャンス無駄にならなさそうでよかったと心からほっとした。


 ジェルミー・フランツの公演当日。

 朝のリハから俺も参加していた。

 ステージには立っていないが、会場の雰囲気、舞台裏の様子を直に見れていることにテンションがあがった。

「ルカもメイちゃんもかっこいいね!」

「そうだな。」

「ミクもステージ立ちたかったな~。」

 袖から見るメイはいつもにも増して輝きを放っている。体つきが細くても動きが大きく力強い。

 ステージ下で見ていたライ教授とシン先生が立ち位置を指示する声が聞こえる。


 3回目のリハが終わって後ろからライ教授の声が聞こえた。

「ジェルミー来たから挨拶しに行くよ!」

 心が弾んだと同時に心拍数が上がっていく。分野は違えどジェルミーと肩を並べられるアーティストになりたい。改めて想いを認識した。


 楽屋のドアをシン先生が軽く2回ノックして流暢な英語でジェルミーを呼んだ。

 すぐにドアが開いてシン先生とライ教授にハグをした。

 ライ教授もネイティブ並みの英語で俺たちを紹介してくれる。

 ジェルミーはアーティストの時のクールなイメージを崩すぐらい満面の笑みで応えた。

「ハジメマシテ、ジェルミーデス。ヨ・ロ・シ・クー!」

 カタコトの日本語に茶目っ気を感じた。つられて緊張が解けた。

「よろしくお願いします。」

「タノシンデネー!」

 目を見開いて知ってる言葉を投げかけてくるジェルミーがとても滑稽に見えた。


 楽屋に戻ってしばらくはリラックスした時間を過ごしていた。右向かいに座っているメイに目を向けた。

 緊張しているのか、浮かない顔をしていたメイにこっそりと送る。

『メイ、ちょっと抜けようか?』

 すぐに気付いてメイはスマホを手に取った。

『どこに?』

 返事を見てすぐに椅子から立ち上がり、部屋を出てレスポンスをした。

『裏口出て左側の自販機のとこで待ってる。』

 着いてすぐにメイが裏口から出てくるのがわかった。


「緊張してる?」

「うん。すこし。」

「じゃあ、目瞑って、7数えて。」

 こくりとうなずいてメイは目を瞑って数え始めた。

「いーち、にー、さーん、よーん・・・」

 メイのおでこにキスをした。

「ごー。」

 メイの鼻にキスをした。

「ろーく。」

 メイの左耳を指先で撫でた。

「なーな・・・。」

 そっと顎を持ち上げ、口づけをした。


 メイはゆっくりと目を開けて、今度は自分からキスをしてくれた。

「緊張解けた?」

「・・・別のことで緊張しちゃった。」

 はにかんでから上目遣いで微笑む。たまらなくメイが可愛かった。

「戻ろう。誰かに気付かれる前に。」

 じゃなきゃ、俺が自分の欲求を止められない。

 夢のためには、自分の欲をコントロールしないといけない。そう昔聞いたことがある。鵜呑みにしているわけじゃなくて、本当に今はそう思える。

 梅雨空に夕立ちなのか、雨が降り出した。

 バレない様にその自販機でいつもと違う缶コーヒーを買ってから戻った。


 本番前、衣装に着替えて袖裏で待機していた。

「ステージ組は全力で楽しんで!リザーブ組も全力で楽しんで!」

 いたずらっぽい最高の顔でライ教授が全員を送り出した。リザーブの俺たちも関係者席へ移動した。

 遠いけど、会場全体が見渡せる席で待っていると隣に座っているミクが耳元で話しかけてきた。

「メイちゃんって、男なんだってね。」

 メイから初めて聞かされた時から、誰かにその事を言われても何も言わない事にしていた。黙っている俺にお構いなしにミクは続けた。

「アキ君がメイちゃんのこと好きってことはゲイってこと?」

 突然、現実を突きつけられた。メイのことは男とか女とかそういう区別じゃなく、人として恋している。

 ふつふつと怒りのような感情が湧き上がる。それでも、何も言わずにいた。何かを言えば別の何かを否定してしまいそうだった。

 まもなくして、メイたちのダンスが始まるブザー音が鳴った。


 華々しくスポットライトがステージに当たる。

 会場全体を見渡せる関係者席からでもメイを目で追った。苛立ちを忘れてメイを正面から見つめる。

 心なしか、メイの笑顔が無理をしているように見えた。4分のステージを終えて、袖にはけるメイの顔色は二階席から見てもよくないのはわかった。

 無意識で席を立ちあがる俺の裾をミクが引っ張る。

「アキ君、どこ行くの?」

 声を出さずに問いかけるミクを振り払い、俺は楽屋に向かった。


 楽屋のドアの前で息を整えて、ゆっくりとドアを開いた。

 部屋の中を見渡したがメイの姿はなかった。通路の真ん中でうろついているうちにジェルミーのライブが始まった。

 遠くに聞こえる重低音を体で感じながら、裏口に向かった。

 途中にあるトイレから出てきたメイにばったり会って、思わず駆け寄った。

「大丈夫か?」

「何が?」

 きょとんとしたメイに俺まで拍子抜けする。ただの勘違いだと気付いて急に恥ずかしくなった。

「ごめん、何でもない。」

「着替えたら私も関係者席行くね。」

 少し疲れた顔でメイが笑う。


 俺はそのまま関係者席に戻ってジェルミーのライブを楽しんだ。

 圧巻のパフォーマンスにすっかり虜になって、ライブが終わる頃には今日の出来事はすっかり忘れていた。

「今日はお疲れ様。ステージに立てた子もリザーブの子もエンターテイメントとしての収穫はあったはず。また月曜日会おう!解散!」

 ライ教授の合図で一つの挑戦が終わった。

 メイと数時間前に過ごした自販機の横で見えない天の川を見ていた。

「ふぅ・・・。」

 裏口のドアが開く音が聞こえたかと思うと軽い足音が俺の前で止まった。

「アキ君、みんなで花火しようって話になってるんだけど行かない?」

「ごめん、今日は帰るわ。」

 俺にはまだ2週間後に控えたライブがある。それに向けて集中しなければ。自分に言い聞かせた。休んでる暇なんてどこにもない。

「わかった。じゃあ、また来週ね。」

 ミクが走って行く足音を横目で見ながら自販機と向き合う。

 一息入れようとボタンを押した缶コーヒーがガタンと落ちた。前かがみになって缶を取ろうとしたら、誰かが近づいてくるのがわかった。

「アキさん、お疲れ様。」

「お疲れ。なんか飲む?」

「大丈夫。持ってるから、ホラ。」

 手に持っていたペットボトルを顔と同じ高さまで上げて笑う。

 自販機の裏の人気のないところで、2人並んで今日という一つの挑戦が終わったことを静かに労った。

 何も言わずにうつむくメイ。

「メイ?どうした?」

「え?どうもしないよ?」

 そう言って笑って見せたメイの表情に、何か違和感を感じた。

 うつむいたままのメイの顔を下から覗き込んだ。

 泣きだしそうな目をしたメイを見て、何かわからないまま確信に変わった。

 喧騒が遠くから聞こえるのをBGMにして、引き寄せられるようにキスをした。

 離れた躰を追うように、メイの腕が俺の肩に回る。再び唇を重ねる、今度はメイの舌が俺の中に入ってくる。応えたい気持ちをそっとしまって、メイを抱きしめた。

「大丈夫だ。俺がいるから。」

 何があったのかはわからないけれど、小さく震えるメイの頭を落ち着くまで撫でた。

 しばらくして落ち着いたメイが、顔を上げていつもの笑顔をくれた。

「なんてね。」

 ペロっと舌を出して見せる目は、涙目のままだ。

 気持ちに添いたくて、また並んで甘めの缶コーヒーを飲み干した。

「今日、七夕だね。織姫と彦星ってあれかな?」

 メイが指をさした空を見上げると、さっきまでかかっていた雲が切れて俺とメイの上に瞬いてもない星がいくつか見える。

「帰ろうか。」

 好きになるってこんなにも清々しいものなんだろうか。こんな気持ちになるのは初めてだった。


 メイへの気持ち。俺の夢。事実と真実。

 全てを受け入れたら、怖いものなんてなかった。

 毎日メイと会って

 毎日ライブのリハをして

 毎日好きだと思えて

 それでよかった。


 ライブの2日前の朝。いつものようにベンチでメイを待っていた。

 熱でも出たのかと心配になって思わず電話をかけた。

 2分鳴らし続けてもメイは出なかった。

『おはよう。今日はどうした?体調でも悪い?』

 送ったメッセージは既読がつくことはなかった。


 午前の講義が終わって食堂へ行くとクウと会った。

「どうした?浮かない顔して。」

 すかさずクウは見抜いた。

「メイ、今日見てない?」

「見てないけど。朝来なかったの?」

 察しが良いからクウとの会話は早かった。

「うん。電話したんだけど出ない。」

「最近メイちょっと痩せたから心配・・・。」

「!?」

 気付かなかった。メイが少しやせていったことに全く。

 何浮かれてんだ、俺。

「ごめん、クウ、俺ちょっと家帰るわ。」

「あ、うん。」

 持ってたトレーをクウに押し付けて、メイの家に向かった。

「リハには戻る!」


 何浮かれてんだ、俺。

 ほんと、バカだ・・・・。

 自分に絶望しながら、メイのところへ急いだ。

 アパートについて、部屋を片っ端から当たった。

 2階の2つ目のチャイムを鳴らした時、その隣のドアが開いた。

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