第6話 Ride on the wave

「アキさん。こっち・・・見て。」

メイに応えようと覚悟決めてゆっくり振り返る。

それと同時にメイもゆっくりと立ち上がった。首から下は男そのものだった。

・・・その辺の女より色白でよっぽど色気があって、ただただ見とれた。

お互い裸のまま・・・躰は男のまま・・・抱きしめた。

「やっぱり・・・メイ、我慢できない。」

一度壊れた恋心はもっと進んで、また始まった。

いつ誰が来るかわからないスリルと戦いながらも、今は“ここまで”とブレーキをかけた。でも、これ以上近づけないところまで近づくと、メイの息が激しく荒れた。


いつか自分を見失ったあの日と同じように、唇を重ね続ける、今度は裸で。

湯舟の中だからなのか、心の熱なのか、躰が触れる度に熱を帯びていく。

メイのしなやかな腕が首に絡んだ。もっと絡ませるように顔を近づけた。

のぼせそうになっているメイが愛おしく感じて、自分から浴場を出るようにエスコートした。

「アキさん、今日は、ここまで。」

「メイ・・・。」

「誰かくるかもしれないし・・・、それに・・・声・・・・、」

目線を右下に落として頬を赤らめた。

「きっと、出ちゃうから・・・。」

そのいじらしい顔もたまらなくて、体中の血液が股間に一気に集中する。

今すぐ抱きしめて自分のモノにしてしまいたい欲求と心の底から大事に思う愛おしさで葛藤から逃れられずにいた。

急にふらつくメイを慌てて抱き留めた。

「大丈夫?メイ。」

「のぼせちゃったかな。アキさんに。」

そう言って弱々しく笑顔を作ってみせる。

「ちょっと待ってて、飲み物とってくる。」

急いで着替えて食堂でグラスに水を入れて、脱衣所に戻った。こんなに、人が大切だと思えることは今までなかった。

躰が男でもメイが好きだ。好きになった人が、性的魅力を感じた相手が、たまたま女装している男だっただけ。そこに性としても生としても好きで、大切で、儚ささえ感じる。

薄々気付いていた自分の気持ちが、自分の本能的な行動で確信に変わった。

「アキさん、ありがとう。もう大丈夫だから・・・先に部屋戻って。」

「いや、でも・・・。」

「大丈夫だから。」

後ろ髪ひかれる思いで押し切ることができないまま俺は部屋に戻った。


部屋に戻ると寝静まっていた。

何か心に引っかかる。無意識でそっと部屋を出て、メイがいた脱衣所に向かう。

今、メイを求めている。心が向かうのはメイだった。

「メイ!」

既にメイはいなかった。胸の中に隙間風が吹いている。

途方に暮れて180度方向を変えた。廊下の先の食堂にうっすら人影が見えた。

静かに食堂へ向かい、開いてる扉からそっと覗いた。

テーブルに肘をついて指の甲をおでこにつけて座っているメイがいた。

「・・・大丈夫?」

声を掛けると怯えた表情をしながらこちらを見た。

「うん。」

俺の顔を見てにっこりと頼りない笑顔を向けた。座ろうと隣の椅子の背もたれに手をかけると、メイが立ち上がった。

「アキさん、心配かけてごめんね。」

そういうメイに心配を押し付けることができなかった。一緒に階段を昇って、それぞれの部屋の前で「おやすみ」を言って一日が終わった。


まだ全身に残る裸で“男の躰”を抱きしめた感覚に、どうしようもない男としての反応が止まらず布団の中で眠れず朝を迎えた。


「アキおはよぉ・・・。」

寝起きが一番悪いマサが起きていつもメンバーで食堂へ向かった。

食堂の前でミクとルカに会った。

「おはよ!」

元気よく挨拶してくれるミクと対照的にほとんど声が聞こえないぐらいの大きさで唇だけ動かすルカ。

並んでる列にメンバーの一番後ろに立った。


「アキさん、おはようございます。昨日ありがとうございました。」

愛おしささえ覚えるその声が後ろから聞こえて慌てて振り返る。

「おはよう、大丈夫か?」

「はい。もうすっかり。」

いつものメイの微笑みを朝から間近で見れて幸せな気分になった。

朝食を持って座った席の前にはたまたまジュリがいた。

「おはよ。」

「珍しいね、アキから朝のあいさつしてくるなんて。」

そう言って俺の隣に座ろうとするメイを見る。

「普通だろ。むしろ、朝のあいさつしないジュリの方がおかしいんじゃない?」

「は?びっくりして言うの忘れただけだけど?」

いつもより当たりが強いジュリとのやり取りを見てレンとメイがくすくす笑う。

「仲いいよね、相変わらず。さすが幼馴染だね。」

「アキさんとジュリさんって幼馴染なんですね。羨ましいです。」

久しぶりのジュリとのバトル。見慣れてるはずのレンも見慣れないメイも楽しそうに笑っていた。ミクもみんなに合わせているかのように笑っていた。

「ルカ、相変わらずクールだね。」

その様子を俺の隣で見ていたクウが、黙々と食事をしていたルカに向かって言った。

「いつも通りよ。」

「でもさぁ~、ルカちゃんってアキと付き合ってた頃はもっと笑ってたと思うんだよな・・・。」

マサの余計な言葉にみんな一瞬黙った。

「マサ・・・全員笑えない事言ったよね・・・。」

こういう時、ジュリは意外といいツッコミをする。キョトンとしてアタフタしてるマサを見てみんなが笑う。

みんなと一緒に笑っているメイの顔を見て、安堵感を覚えた。


なんだかざわつく・・・。

バンド仲間、幼馴染、元カノ・・・そんな俺の周りの人間とメイが一緒に笑っていることに、少し胸騒ぎがする気がして、俺はこの穏やかな時間から取り残された。


合宿2日目の夜、俺はメンバーとスタジオにいた。

「“Get away”のアレンジなんだけど、サビから始めてみようか。」

「ピアノとボーカルで始めるのがいいかも。」

セトリ案通り一度通して演奏した後で、トニーがアレンジの提案をしてくれた。

「マサ、カウントくれ。」

クウが目くばせをすると、マサのカウントからピアノ音で演奏が始まる。

何度も演奏してる曲とはいえ、急にアレンジを変えても演奏できてしまうこのメンバーだから、一緒にバンドをやり続けたい。


メンバー全員がリハに集中していた。テーブルに集まって、昨日の夜の続きの話をしていた。

ミクが買ってきてくれた缶コーヒーを飲みながら、ふとメイとベンチで過ごした日を思い出す。

「なあ、アキ。」

「ごめん、何?」

突然トニーに話を振られて、上の空だった自分が“ここ”に戻ってきた。

「聞いてなかったのかよ。」

呆れたトニーにクウがフォローした。

「CLiCK POPみたいな衣装とかどう?」

「ああ、いいと思う。」

「じゃあ、次の土曜みんなで衣装買いに行くか。」

「ミクも行きたーい!」

何かを見透かしたかのように一瞬俺の顔を見たクウが口を挟んだ。

「男だけの買い物だから、ミクはやめとけ。」

ミクの空気が変わったかと思ったら、珍しくトニーがクウに賛同した。

「そうだな、ミクにはオープニングアクトの練習してもらいたいしな。」

「はぁい。じゃあ、ミクはスタジオに籠って練習するぅ。」

残念そうなミクがおとなしく引き下がった。

「じゃあ、続きやるか。」

リーダーの一言でリハを再開した。


9時に宿舎に戻ってからは、また部屋に籠ってミーティング・・・の予定だった。

「そういやさ、メイちゃんとアキって付き合ってんの?」

「付き合ってないけど、なんで?」

「二人で会ったりしてるって聞いたからさ。」

突然メイの話が出てドキッとしたと同時に謎に包まれた。

「誰に聞いた?」

その一言にトニーはマサを見た。“なんでオレ?”とでも言いた気な顔したマサが口を開いた。

「確かミクが言ってたよ。」

何の疑いもなく素直に答えるマサにそれ以上訊くことはなかった。

「風呂行くかー!」

空気読んでか読まずかトニーの誘いにメンバーと浴場へ向かった。


風呂に浸かりながら、昨日の出来事を思い出す。

・・・朝以来会わなかったな。

そんな淋しさにさいなまれて、風呂を出た。

「先戻ってるわ。」


デジャヴでも起こらないかと、食堂を通った。誰もいない食堂を素通りして、部屋に戻っておもむろにリリックを書き始めた。


メイとの出会い。

重なる偶然。

近づく距離感。

止められない欲望。

突きつけられた事実。

それでも募る想い。


俺とメイのストーリー、そして、俺の変化。

あっという間にリリックは完成した。


部屋のドアが開いて、俺は完成したリリックを隠した。

「ちょっと外の風当たって来るわ。」

今すぐメロディーが浮かびそうで、できたばかりのリリックを持って外へ出た。

スタジオが開いてないからではなく、“あの”ベンチに向かった。

周りにも誰もいないベンチに座り、隣にメイの存在を感じながら鼻歌をスマホで録音した。


「・・・できた。」

すぐにふわりと花の香りが俺の鼻をくすぐる。気配がする方を見るとメイが目の前に立っていた。

「こんな時間にここ?」

そう言ってクスリと笑うその笑顔がもう愛おしくて仕方がなかった。

「メイ、今、新曲できた。」

「え?」

「ここで、作りたかった。」

きょとんとした顔をしたメイはすぐに笑顔を向けた。

「そっか。」

「メイは?こんな時間になんでここ来た?」

「ん~・・・なんとなく?」

そう言っておどけた顔をした。

「俺、アーティストになるのが夢なんだ、世界回るぐらいの。」

なんとなく、メイには知って欲しかった。急に語りだした俺の話をメイは、静かに聞いていた。

「ダンスレッスンも、その夢に近づけるためだったらって思って受けてる。巡ってきたチャンスは何であれ、掴みたい。それから、自分がやりたい音楽を広げていけたらいいなって思ってる。」

「アキさんの夢・・・だね。」

「今は、自分の夢叶えるためにエンカレで修行中。」

本当は恋なんてしてる暇はない。だけど、メイとの恋があったから今、この曲ができた。そう伝えたかったけど、まだ言えなかった。

「うまく自分の考えてることを出せないから、音楽でしか俺は表現できない。そう思ってる。」

「アキさん、かっこいいね。」

一言呟いて、メイはうつむいた。

「・・・メイ?」

「・・・・・・私は・・・性同一障害で、自信持てなくて、苦しくて・・・。」

心の闇が見えた気がした。それでも受け止めたかった。

「私と同じそんな思いを持っている人に、役者として前向きになって欲しいって思ってる。」

気付けばメイを抱きしめていた。それでもメイは話を続けた。

「だから・・・躰は男のままなの。」

胸に突き刺さったようで苦しかった。男とか女とかそんなことにこだわって、絶望していた自分を恥じた。

そんな俺の想いを感じ取ったのかどうかはわからないが、メイは立ち上がって背中を向けたまま1歩踏み出した。

「部屋、戻ろ?」

最高の笑顔で振り向いた“彼女”は美しかった。そんな1日の締めくくりが永遠であってほしいと心から願った。


翌日の放課後、俺はスタジオでアコギを弾いていた。

遅れてやってきたメンバーがすぐに気付いた。

「新曲か?」

「トニー、できた。間に合うなら、セトリに追加したい。」

全員の目の色が変わるのがわかった。すぐにいつもの様にトニーがスタジオの鍵をかけて3人とも俺の前に立った。

新曲を真剣に聞き終わると、それぞれがスタンバイして阿吽の呼吸でセッションが始まる。気分が高まるメンバーと共にアレンジ、コードの確認をしながら曲は完成した。


スタジオを出た帰り、新曲の話題で盛り上がった。

「今回の新曲、マジで新境地だな!」

嬉しそうに言うトニーとテンションマックスのマサが前を歩く。

隣を歩いていたクウが小さな声で鋭い言葉を俺に投げた。

「まるでラブレターだな、あの歌詞。」

「生ものだから。」

“生もの”、今の等身大の自分。そして、俺とメイのストーリー。きっと、クウは察してる。でも、否定するつもりも言及するつもりもなかった。


新曲という一つの壁を乗り越えた。次は、来週のダンスユニットのテスト。

何か乗り越えた後の目の前の試練や壁は、エンジンでもついているんじゃないかってぐらい勢いで乗り越えられる気がする。

これほど前向きになれたのもメイと出会えたから・・・かな。


ダンスユニットのテストまでの4日間はダンスと新曲の練習に明け暮れた。

バンドがメインの俺にとってはダンステストはかなりプレッシャーだった。ただ、ジェルミー・フランツのワールドツアーの舞台にはどうしても立ちたい。

・・・できれば、メイと。だけど、その舞台の切符は4枚。リハの合間に必死に練習した。


テスト前日の夜。公園で独り練習していた。

「アキ君。」

後ろから声を掛けられて足が止まった。

「なんでここいんの?」

「たまたま通っただけだよぉ。」

ミクは口を尖らせた。時計はもう10時を回っていた。

帰り支度を始めるとミクが近づいてきて、隣にしゃがんだ。

「アキ君ってさ、なんであんまりしゃべらないの?」

「え?」

あまりに突拍子もない質問に思わず声が出た。

「口から出てくる言葉はすっごく冷たいのに、リリックは情熱的だからなんでかなって。」

「・・・あんまり喋るとネガティブな言葉が出るから。」

「じゃあさ、ミクには愚痴っていいよ。」

満面の笑顔で俺にそう言うミクに愚痴なんて言うつもりは毛頭ない。

「考えとくわ。」

「えー!?なんで?」

再び口を尖らせたミクがうざったく思えた。

「明日テストだから帰るわ。じゃ。」

早く関わりを断とうと夜だというのにミクを公園に置いてとっとと帰った。


家につくなり、明日のテストの緊張感からかミクへの苛立ちからかメイに電話した。

『もしもし。』

「おつかれ。」

『どうしたの?』

「いや、明日ダンスのテストで緊張して・・・メイの声が聴きたくなった。」

『私も緊張してる。がんばろうね。』

電話越しのメイの言葉から、俺が好きな笑顔が浮かぶ。

「夜にごめん。じゃ、また明日。」

『うん。またね。』

ほんの1分ちょっと、声が聞けただけで、明日うまくやれる気がする。

緊張がなくなって、夜はぐっすり眠れた。


「みんな、おはよう!じゃあ、早速だけどテスト始めます。名前呼ばれた人は真ん中にきて踊ってください。」

今ここにいる19人は全員、俺のライバルとなった。たった4分、踊るだけなのに、この1週間必死で振りを覚え、今までこんなに練習したことないってぐらい踊った。

これでダメならしょうがない。でも、選ばれたい。

ぎゅっと握ったこぶしを額に当てて、「大丈夫だ」そう自分に言い聞かせた。


最初の3グループが終わって、名前を呼ばれた。

イントロから振りの動きが大きく、緊張感もあってかテストが終わった頃には頭が真っ白になるほど息が上がる。

そのままフロアの端に戻ると、最後のグループの名前が呼ばれた。

「はい、最後。カエデ、メイ、ミク、レン。」

ライ教授の声に心にもやがかかった。たぶん、今まで感じたことのない嫉妬。メイの名前を他の男が呼んだだけで、嫉妬するなんて思いもよらなかった。

俺は4分間、ずっとメイを目で追っていた。見とれていたと言う方がしっくりくる。


そして、10分の休憩を挟んで、再びライ教授がレッスン室に入ってくる。

緊張感がある空気に変わった。

「じゃあ、発表するから座って。」

テストは終わったのに、ピリピリとした真剣な眼差しがライ教授に集まる。

「ジェルミー・フランツのワールドツアーの前座ユニット合格者発表します。」

静まり返るレッスン室には何か魔物がいるような気がした。

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