第2話 Lose myself

「アキ、おはよー!」

威勢のいいおはようが後ろから飛んできた。

「おはよ。」

「なんだよー。相変わらず愛想なさすぎっ!」

バシッと肩を叩いて隣に並んだのはジュリだった。

「朝からそんな元気出るかよ。」

「朝だけじゃないでしょ、アキの愛想のなさは。」

そういってケタケタと笑い飛ばす。

ジュリはいつもそうだ。こっちの気も知らないで、コロコロ転がる様に笑ってる。

「そういえば、急にダンスの教授変わったんだってね。」

「あ?そうなの?」

「連絡来たでしょ?」

「あー・・・見てねーわ。」

「ほんとそーゆーとこある!」

と言ってジュリはまたコロコロと笑った。

俺は何も答えなかった。このあっけらかんとした笑いがいつも俺をイラつかせる。


「あ!ルカ、おはよー!」

そう言うとジュリはルカのところへ飛んで行った。

ほんと・・・なんも知らないとは言え、あの無邪気な明るさにイライラする。


授業が始まる前にギターをスタジオに置いて、俺はいつものレッスン室へ向かった。


「おはよ。」

ドアを開けていつものメンバーにいつも通りの挨拶をして・・・。ん?

一人見慣れない女の子が後ろの方でストレッチをしていた。

いや、見慣れないけど会ったことがある。

「・・・あっ。」

思わず声が出た。その子が顔を上げて目が合った。でも、彼女はにっこりと穏やかに笑っただけだった。


その後はいつも通り定位置に座り、俺もストレッチを始めた。

2つ隣のその子を横目で何度か見た。やっぱりそうだ。髪を束ねているけど、あの日出会ったキレイな髪の女の子。


「みんな、おはよう。準備できてますか?」

そう言いながら新しい教授が入ってきた。

「おはようございます。よろしくお願いします。」

それぞれがその新しい教授に挨拶をした。

「急きょ、このレッスンを担当することになりました ライ です。よろしくお願いします。」

「よろしくお願いします。」

声を揃えて返事をした。

「楽しい授業にするのでみんなよろしく!始める前に新しい仲間がいるから自己紹介してもらおうかな。」

そういうと初めてではないキレイな髪の彼女が立ち上がった。

「メイです。夢を叶えるために復学しました。よろしくお願いします。」

そういうと微笑んでぺこりと頭を下げた。会うのは3度目だけど、声を聴いたのは初めてだった。

「じゃあ、早速レッスン始めようか。」

一斉にみんな立ち上がり、レッスンはあっという間に終わった。

・・・ただダンスが楽しかった。初めてかもしれない、ダンスの授業を受け始めてそう感じたのは。


以前の授業はまるで洗脳でもされているかの様にアメとムチが交互にやってきた。ただ認めてほしい一心で頑張ってた。

しかし、お初にお目にかかるその教授の作られていない爽やかさに、自然とみんな笑顔で素直にレッスンを楽しんでいるようだった。そして、俺も。


・・・簡単に忘れるもんなんだな。ふと我に返る。

そう、何もなかったかのように。


ふと視線を感じた方へ目をやるとルカがこっちを見ていた。

すぐに体の向きを変えたその向こうにいたジュリと目が合った。

「アキ君、今日もスタジオだよね?」

「まぁ・・・」

「どうしてもマスターしたいフレーズがあるんだけど、練習付き合ってくれる?」

逆サイドから突然話しかけられてジュリとぶつかった視線をそのまま流した。

「俺ちょっと売店行くから先行ってて。」

「うん!待ってるね!」

相変わらず屈託のない笑顔で返して見せるミクになんとなく後ろめたさを感じながらも、宣言通り売店へ向かった。

知ってか知らずか先に売店にいたのはジュリだった。

そこにいることに触れることもなく、ミネラルウォーターを買った。

そのまま売店を出ようとしたが、ジュリが邪魔をする。

「ルカと別れたって?」

面倒な質問。答えずにそのまま売店を出た。

後ろから小走りで追いついたジュリがだいぶ不機嫌な顔で

「ねえ!シカト?!」

「いや。誰かに聞いたんだったら俺が答えるまでもないだろ。」

「だからってシカトはないでしょ!」

「ごめん。スタジオでミク待たせしてんだ。じゃあな。」

ジュリを振り切るように足早にスタジオに向かった。

「ねー!アキー!!」

いつもそうだ。ほっときゃいいのにいちいち口うるさい。

幼い頃はもっと仲良かったはずなんだけど、知らぬ間に志が同じ方向向いてからは喧嘩が多くなった。ほんっと、めんどくさい。よく喋る女ってどうも苦手。


スタジオから歌いなれた曲が聞こえてきた。でも、声は・・・俺じゃない。

透き通る声に一瞬聞きほれてドアの前で立ち止まった。すぐにハッとした。


誰!?


急いでスタジオのドアを開けた。・・・歌ってたのは・・・ミクだった。

瞬きを忘れて聴いていた。


「アキ君、おつかれさま。」

その声でやっと我に返った。平常心を精いっぱい保とうとしていた。

「・・・おつかれ。」

「アキ、ミクの声いいだろ!」

そうバンドメンバーに言われてやっとバックバンドが俺のバンドだったと気付いた。

「う、うん。いい声だな。」

声を出すのが臆病になるくらい、いい声だった。普段のミクからは想像つかないくらい透明感があってのまっすぐな声量だった。


「実はコソ練したんだぁ!」

そう言ってミクははにかみながら視線をちょっと落とした。

「これでギターもうまくなったら人気出るよなぁ?アキ」

「ギター持たなくても十分だと思うけど。」

嫉妬した。声はトレーニングだけではどうにもならない。だから、絶対勝てるギターを奪いたくなった。男のプライドってやつ。そんなことは知っている。

「えっ。アキ君、練習はお願いしたいんだけど・・・。」

と上目遣いでおずおずと素直にお願いしてくるところがまた妬ましい。


そんな醜い感情を振り払って、いつもの椅子に座った。

続くようにミクは隣に座った。

「教えて欲しいところなんだけど・・・。」

言いながらペラっとスコアを開き、そのページの一部分を指で指した。

「このソロフレーズなんだけど、どうしてもうまく押さえられなくて。」

「弾いてみて。」

譜面台にスコアを置いて、ミクはゆっくり構えた。

「Tu Tu Tu~♪」

ミクのいつもの独特な出だしのリズムの取り方ですら少し苛立ちを覚える。


組んでるつま先でリズムを取りながら弾き始めた。

左手と右手の動きを俯瞰的に集中して見ている。その意識の裏でなぜか一瞬メイがよぎる。軽く素通りしてまた視覚で捉えることに集中した。

急にギターの音が止まる。

「あ~、ここでやっぱりつまずく。」

「そこだけゆっくり弾ける速さで弾いてみて。」

「うん。」

音符の長さを変えず一音一音確かめる様に、ミクはピックで弾いていく。

弾き終わるまでまた集中して見ていた。

「・・・ピックもう少しだけ短く持って弾いてみて。」

「これぐらい?」

「真ん中よりちょっとはみ出るぐらい。」

「こんな感じ?」

「もう一回弾いてみて。」

こくっとうなずいて

「Tu Tu Tu~♪」

さっきより少しゆっくり目に弾き始める。


「できたっ!」

嬉しそうにはしゃぐミクにつられて、俺も微笑む。

「ありがとう!アキ君!」

満面の笑みを浮かべて、ミクはその後も何度か繰り返し練習していた。

ミクの顔を見てたら楽しくなって、その後はフレーズに合わせてセッションを楽しんだ。


何の前触れもなく我に返って、ギターを置いた。

俺がテーブルに座るとそれぞれ音を鳴らしてたバンドメンバーも集まった。

「なんで歌ってた?いつも絶対歌わないのに。」

何気にミクに訊いていた。けど、答えたのはメンバーのトニーだった。

「スタジオ来たらミクが一人で歌ってたのをたまたま聞いちゃって!そりゃあの声聞いたらちゃんと歌ってるの聴きたくなるだろ。」

恥ずかしそうにミクが続けた。

「ミクね、自分の声あんまり好きじゃないんだ。アキ君みたいに声でないしさ。」

「で、その後たまたまメンバー揃ったから歌わせてみたわけよ。」

しばらくいつものメンバーでいつもの中身のない話題で盛り上がった。本当はもっとミクに訊きたいことも言いたいこともあったけど、感情を隠せる自信がなかった。


休憩からの再開はミクの一言だった。

「飲み物買ってくる~!」

「俺らも音合わせしようか。」

珍しく俺から発信した。立ち上がってそれぞれの楽器を手にする。

スティックのカウントでゆっくりピックをおろす。

「えっ。」

「あっ・・・ごめん。」

コードを間違えたのは初めてだった。

・・・まだ少し混乱してるか。少し口に水を含む。一息おいて、マサに目で合図を送った。

再びスティックでカウントをする。今度こそE♭を押さえた。少しアンニュイなこの曲は今の足元定まらない俺自身に重なる。サビのところで今の自分をぶつけた。

書いた時とは違う強い感情。それが今の俺。奥底から湧き上がる感情を言葉とメロディーに託した。


「今日のアキいつもより感情出てたな。」

さすがにトニーにはわかるか・・・。

少し渋い顔をしてみせた。ゆっくりと機材の片付けをしながら次の新曲の話になった。

「次の曲は?アキ今書いてんだろ?」

「あ~・・・。書きたい曲はあるけど、まだ書けてない。」

マサだけはピンときてなさそうだったが、クウとトニーにはなんとなく伝わっている。

正直、今までにない感情をどう表現していいのかわからない。でも、書きたい・・・。伝えたい・・・。

「楽しみにしてるね!」

ミクが楽しみにしてます感全開出してきた。

「リリック先に書いたら?」

たまにインスピレーションをくれるのはいつもクウだった。

「まだ。」

でも、詞なら書けるかも。クウのヒントでいつもとは違う曲の作り方しよう。そう思った。


気付けば外は薄暗くなっていた。

「あっ。ヤバい!バイト行かなきゃ!」

ミクがバタバタと片付けをして

「アキ君ありがとう!また明日ね!」

そう言ってスタジオに一人残った。


急に一人になったら心が疲れていることに気付く。

この1週間で俺が今まで感じたことのない感情や強い感情に支配されかかっていた証拠だ。

「ふぅ~・・・。」

小さく息を吐いてどうにか自分をリセットしようとした。

・・・知ってる。そんなの無意味だって。


冷静でいられないはずの時には冷静で、男のプライドってやつで苦しんで、認めたくない心の奥底に触れそうになって誤魔化したり、急に素直になってみたり・・・。

ブレないのは、ポテンシャルを感じてもらえるアーティストになること。

ただ歌が上手いだけじゃない、ただギターが上手いだけじゃない、未知の可能性を感じてもらえる表現者。

今は、そこにだけしがみついてる。

・・・じゃないと、自分の本性が剥き出しになってしまいそうで。


変わりたい。


それは俺にとっては必要なことだ。ただ変わりたいだけでどうなりたいかっていうのはなかった。でも、ただ変わりたい。


ふと虚しさを感じてその日、俺はスタジオにギターを置いて帰った。

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