「For You:放浪息子 ED」 今なら、胸を張って歌える気がしますわ

「わたくし、歌えませんわ!」

 舞台袖からアリーナを覗いて、唱子さんは青ざめた。


 おばさまを見つけたからだろう。


 唱子さんのおばさまは、着物姿で体育館の入り口に立っている。唱子さんを大人っぽくしたらこうなる、というそのままの姿だった。


 おばさまの隣には、おじさまが肩を抱いている。


 舞台に、キーボードが用意された。


 けれど、唱子さんは決心がつかない様子である。


「どの面下げて、母の前で歌えばいいのか!」

「私が呼んだの!」

「優歌さんが?」


 唱子さんの家に行った際、おじさまに頼んで呼んでもらったのだ。


「まさか優歌さん。こうなることを見越して?」

「うん」

「わたくしと母を、和解させるために?」


 私はうなずく。

「余計なことだと思ったけど」


「いいえ。ありがとうございます」


 私たちは、二人で舞台に上がった。


「今なら、胸を張って歌える気がします。母の前で」


 そう私に告げた後、唱子さんがキーボードに指を付ける。


 最初の一曲は、『放浪息子』のEDテーマ、『For You』を歌う。もちろん、アニメ版の出だしで。


 唱子さんのおかげで、私は友だちと仲直りできた。


 今度は私が、唱子さんの中にあるわだかまりを解消する。


 本当は、いつもお世話になっている唱子さんのために、何かをしたかっただけ。

 何もかも、自分のエゴだ。


 この歌詞のとおり。


 二曲目こそ、みんな知っている『奏』だ。

 が、これも『一週間フレンズ』のEDである。


 私たちは、どんどんとギャラリーを置いてきぼりにしていく。

 知らない曲ばかり歌うから、みんなはさぞ退屈しているだろう。


 だが、もうちょっとだけ待って。


 何も、観客を突き放したいわけじゃない。自分たちの主張を貫きたいわけでもなかった。


 あの一曲のため。


「みなさん、ありがとうございますわ。次が最後の一曲となります」


 私たちがラストまで取っておいた曲を、いよいよお披露目する。


「わたくしはこの曲を、家族のために歌いたいと思いますわ。それでは聴いてください、『壊れかけのRadio』ですわ」


 唱子さんが告げた瞬間、お母様がハンカチで目元を押さえた。


 弾き語りで、唱子さんがキーボードを叩く。


 観客の表情もいい。やはり、聞き馴染みのある曲だと反応が違う。


 唱子さんは、この曲から一度逃げた。

 けれど、今は『あかねさす少女』のEDである。

 立派なアニソンなのだ。


 曲が終わった途端、会場から割れんばかりの拍手が。


 舞台袖に移動すると、おばさまが待っていた。


 唱子さんが、おばさまと抱き合う。


 よかった。仲直りできて。


「もう、どうして優歌さんが泣いてらっしゃるの⁉」

「えっ? 泣いてないよぉ」

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